攻防戦!
夕暮れが迫る商店街を抜け、3人は市役所方面へ歩いていた。
「……心配だから、あたしもついて行くわ。まさか、あんたがハルくんと2人きりとか、何が起きるかわかんないし」
ハクアの手をがっちり掴んだまま、姫野ルイは語気強めに宣言する。
手袋越しでもわかるほどの力の入りように、ハクアは口を尖らせた。
「えぇ〜? ボクたち、仲良くお出かけだったのにぃ〜……お姉ちゃん、邪魔〜」
「邪魔で結構! そもそもあんたとハルくんが“仲良く”なってるのが信じられないのよ」
姫野の声は若干、震えていた。怒りか、警戒か、それとも疲労か――。
晴臣はその様子に苦笑しつつも「まぁまぁ、姫野も落ち着いて。彼、まだ子どもみたいだし……」と軽くなだめる。
その瞬間――
「じゃあボク、反対の手でお兄ちゃんと手ぇ繋ごっかな〜♪」
ハクアが天真爛漫に晴臣の方へ手を伸ばした。
だが――ガシッ!
「ダメよッ!!」
即座に姫野がその手を引き戻す。
引っ張る勢いで自分がバランスを崩しかけながらも、ぐいっと引き寄せ、離さない。
「ボクの腕、ちぎれちゃうよぉ〜」
「上等よッ!」
少し間をおいて、今度はハクアが小さく「よいしょっと」と呟いて、ふらりと体を傾けた。
「きゃっ、転んじゃ……」
そして見事に、晴臣の胸に倒れかかろうとする――が。
「だからやめなさいって言ってるでしょおぉぉおおお!!!」
姫野が全身のリーチを駆使して、その襲撃をブロック。
自らをクッションにして晴臣との間に割って入り、見事にハクアを引き剥がす。
「お、おう……」
晴臣は呆気にとられつつも、真顔で2人を見つめた。
その一方で姫野は、肩で息をしながら叫んだ。
「もうッッ、なんなのよあんたはぁッ! どこからどこまで、全部問題行動じゃないの!!」
「んふふ〜、なんでだろ〜? つい、くっつきたくなっちゃうんだよねぇ~」
「悪質だわ……その顔で無邪気ぶってるのが一番怖いのよ……」
冬の風が冷たく吹く道を、
晴臣の左右で攻防を繰り広げる2人の姿が、やけに騒がしく、やけに眩しく、
そしてどこか「いつもの汐見市らしい」と思えてくる。
「……まあ、にぎやかなのはいいこと、かな」
晴臣がぽつりとつぶやくと、姫野はぜいぜい言いながら叫んだ。
「のんきなこと言ってんじゃないわよハルくん!! 今日一日で寿命3年は縮んだわよ!!!」
* * *
ふとハクアがふらりと晴臣の背中に近づき――
「お兄ちゃんの背中って、なんか落ち着く〜♪」
――そっと抱きつこうとした瞬間、
「何する気よ!この変態小僧ッ!!」
姫野のカバンが振り下ろされる。
ハクアはするりと回避し、「わぁ、危な〜い♪」と笑う。
だがその笑顔の裏にある確信犯的な光が、姫野の神経を容赦なく逆撫でする。
また数分後、今度は歩道の段差につまづくフリをして――
「きゃっ、お兄ちゃ〜ん!」
と勢いよく飛び込むハクア。
それを姫野が回り込んで、手でハクアの顔をグイィッと押し戻す。
「いいから真っ直ぐ歩けこの色ボケガキィッ!!」
「ひど〜い!お姉ちゃんの愛情表現って独特だね〜♪」
「誰があんたになんか情けかけるかァッ!!」
やや息を切らせて歩く姫野。
その横でハクアは「ん〜?こっちの道って違う方向じゃない?」と無邪気に晴臣の腕に手を伸ばす。
「ちょっとくらい、遠回りしてもいいよね?」
「だーめッ!」
そうして、さんざん道中でもめながらも、ようやく市役所の前に到着する。
「……流石に帰ってるか」
晴臣が扉を開けると、庁舎内はがらんとしていた。
すでに夕刻を過ぎ、他の部署もほとんど帰宅しているらしい。
「うん、誰もいないな。でもまあ、調書取るだけだし、俺だけで大丈夫だよ」
晴臣はいつもの調子で気楽そうに微笑む。
「さ、生活課こっちだから、ついてきて」
先導する晴臣の後ろで――
「……ふぅ。とりあえずここまで来たわ。戦いの前哨戦は終わりね」
姫野が汗を拭いながら呟くと、
「ボク的には、まだウォームアップかな〜?」
ハクアがにっこり笑いながら言った。
その顔は天使のように無垢で――
それ以上に、悪魔のように無防備だった。
「油断できないにも程があるわよ、このヒゲ…」
姫野の胃に、静かに鈍痛が走った。




