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汐見市生活課!  作者: ケン3
間話
64/96

美少年現る!

冬のある日。

休日を迎えた晴臣は、いつもの酒屋も休みだったため、「たまには違う店の酒も悪くない」と、いつもと違う道を歩いていた。

 

目に止まったのは、古びた木製の看板に「酒処 みなとや」と手書きで記された酒屋だった。細い路地の一角にあり、灯りの加減もあって妙に風情がある。初めて見るその店は、どこか時間の止まったような空気を漂わせていた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

中に入ると、明るい声と共に現れたのは、まだ若いがどこか抜けてるような雰囲気の店主。名札には「店主:若林」と手書きされていた。

 

「注文と配達もお願いしたいんですが、まずは芋焼酎を5本、それとビールはこの銘柄を8ケース。あと、冷酒はおすすめを10本くらい。それで――」

 

晴臣の手慣れた注文に、若林店主は最初は笑顔だったが、次第に表情が強張っていく。

 

「え、えっと……業者の方で?」

「違いますよ、個人で」

「あっ、じゃあ……宴会の幹事さんとか?」

「いえ、家で飲む分です」

 

晴臣の即答に、若林は一瞬沈黙し、それから「こ、この量で!?」と小声でつぶやく。カウンターの奥で帳簿を出しながら、明らかに動揺している。

 

「配達の際に連絡お願いできます? 玄関前に停めてもらえれば」と晴臣は平然と話し、見積書に目を通してハンコを押す。

 

「……えっ、ほんとに個人の方、ですよね……?」

 

若林の戸惑いをよそに、晴臣は満足げに頷いた。

 

「ええ。冬は家で飲むのが一番なんです。配達よろしくお願いします」

 

そう言って晴臣は、寒空の下、晴れやかな顔で酒屋を後にした。

残された若林は、帳簿と伝票を見つめながら呆然とつぶやいた。

 

「あれ、もしかしてこの人、噂になってる酒の悪魔じゃない?」

 

* * *

 

契約書と見積もりの控えをポケットにしまいながら、晴臣は冷たい風に肩をすくめた。

 

「うー、寒い……あったかい蕎麦でも食って帰るか……」

 

一人ごちて、湯気の立ちのぼるのれんを探して歩き出したその瞬間だった。

トン、と柔らかい感触が袖口を引いた。

 

「ん?」

 

立ち止まって振り向くと、そこには――

 

「お兄ちゃん、ひまー? ボクと遊ぼうよ!」

 

金色の髪がふわりと揺れる。

凍るような空気の中にそぐわない、絵本の中から抜け出してきたような美少年が、にっこりと笑っていた。

年の頃は12~15歳。黄色のマフラーに、白いコート、そしてまるで猫のような、気まぐれな目つき。

 

「……へぇ」

 

晴臣は少し微笑んだ。だが、その目の奥にはわずかな警戒が宿る。

 

「君、汐見市では見かけない顔だね。観光で来たのかな? それとも――誰かの知り合い?」

 

少年は口を尖らせた。

 

「うわー、お兄ちゃん、すぐそうやって探ってくる~。もっとこう、わーい!ってなってくれたらいいのに」

「そりゃ、いきなり知らない子に『遊ぼう』って言われたらね。“君みたいな人”がこの街でウロウロしてるの、保護案件なんだけど」

 

晴臣はしゃがみ込み、目線を合わせた。

 

「それで……本当は誰かな? 君の正体は」

 

すると少年はくすっと笑い、胸の前で両手を組むと、わざとらしく「しーっ」と口元に指を当てた。

 

「んー、内緒。でもボクこう見えてけっこう偉いんだよ? ほら、神話とか、そっち系?」

「……やっぱりか」

 

晴臣は静かに立ち上がり、ポケットからカイロを取り出して彼の目の前に差し出した。

 

「ひとまず温まるかい? あとで課に来て、身元確認だけはさせてもらうからね。君が“どういう存在”でも」

 

少年はキラキラと目を輝かせ、ぴょんとその場で跳ねた。

 

「わーい! やっぱお兄ちゃん、優しい~! それじゃ、遊びにいこっ!」

 

こうして、冬の街に突如現れた謎の美少年と、海堂晴臣の奇妙な午後が始まった。

その背後、電柱の上で何かが「また厄介なヤツ引っ掛けてる」と呟いたかもしれないが、誰も気づかなかった。


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