美少年現る!
冬のある日。
休日を迎えた晴臣は、いつもの酒屋も休みだったため、「たまには違う店の酒も悪くない」と、いつもと違う道を歩いていた。
目に止まったのは、古びた木製の看板に「酒処 みなとや」と手書きで記された酒屋だった。細い路地の一角にあり、灯りの加減もあって妙に風情がある。初めて見るその店は、どこか時間の止まったような空気を漂わせていた。
「いらっしゃいませ!」
中に入ると、明るい声と共に現れたのは、まだ若いがどこか抜けてるような雰囲気の店主。名札には「店主:若林」と手書きされていた。
「注文と配達もお願いしたいんですが、まずは芋焼酎を5本、それとビールはこの銘柄を8ケース。あと、冷酒はおすすめを10本くらい。それで――」
晴臣の手慣れた注文に、若林店主は最初は笑顔だったが、次第に表情が強張っていく。
「え、えっと……業者の方で?」
「違いますよ、個人で」
「あっ、じゃあ……宴会の幹事さんとか?」
「いえ、家で飲む分です」
晴臣の即答に、若林は一瞬沈黙し、それから「こ、この量で!?」と小声でつぶやく。カウンターの奥で帳簿を出しながら、明らかに動揺している。
「配達の際に連絡お願いできます? 玄関前に停めてもらえれば」と晴臣は平然と話し、見積書に目を通してハンコを押す。
「……えっ、ほんとに個人の方、ですよね……?」
若林の戸惑いをよそに、晴臣は満足げに頷いた。
「ええ。冬は家で飲むのが一番なんです。配達よろしくお願いします」
そう言って晴臣は、寒空の下、晴れやかな顔で酒屋を後にした。
残された若林は、帳簿と伝票を見つめながら呆然とつぶやいた。
「あれ、もしかしてこの人、噂になってる酒の悪魔じゃない?」
* * *
契約書と見積もりの控えをポケットにしまいながら、晴臣は冷たい風に肩をすくめた。
「うー、寒い……あったかい蕎麦でも食って帰るか……」
一人ごちて、湯気の立ちのぼるのれんを探して歩き出したその瞬間だった。
トン、と柔らかい感触が袖口を引いた。
「ん?」
立ち止まって振り向くと、そこには――
「お兄ちゃん、ひまー? ボクと遊ぼうよ!」
金色の髪がふわりと揺れる。
凍るような空気の中にそぐわない、絵本の中から抜け出してきたような美少年が、にっこりと笑っていた。
年の頃は12~15歳。黄色のマフラーに、白いコート、そしてまるで猫のような、気まぐれな目つき。
「……へぇ」
晴臣は少し微笑んだ。だが、その目の奥にはわずかな警戒が宿る。
「君、汐見市では見かけない顔だね。観光で来たのかな? それとも――誰かの知り合い?」
少年は口を尖らせた。
「うわー、お兄ちゃん、すぐそうやって探ってくる~。もっとこう、わーい!ってなってくれたらいいのに」
「そりゃ、いきなり知らない子に『遊ぼう』って言われたらね。“君みたいな人”がこの街でウロウロしてるの、保護案件なんだけど」
晴臣はしゃがみ込み、目線を合わせた。
「それで……本当は誰かな? 君の正体は」
すると少年はくすっと笑い、胸の前で両手を組むと、わざとらしく「しーっ」と口元に指を当てた。
「んー、内緒。でもボクこう見えてけっこう偉いんだよ? ほら、神話とか、そっち系?」
「……やっぱりか」
晴臣は静かに立ち上がり、ポケットからカイロを取り出して彼の目の前に差し出した。
「ひとまず温まるかい? あとで課に来て、身元確認だけはさせてもらうからね。君が“どういう存在”でも」
少年はキラキラと目を輝かせ、ぴょんとその場で跳ねた。
「わーい! やっぱお兄ちゃん、優しい~! それじゃ、遊びにいこっ!」
こうして、冬の街に突如現れた謎の美少年と、海堂晴臣の奇妙な午後が始まった。
その背後、電柱の上で何かが「また厄介なヤツ引っ掛けてる」と呟いたかもしれないが、誰も気づかなかった。




