ラップ現象!
汐見市に陽が落ちるのは、早い。
職場の書類仕事を片付け、怪異の申請書に印鑑を押し終えた海堂晴臣は、その足でシオマートへと向かっていた。
「棚、もう限界だし新しいの買わないと…」
広い生活用品フロア。木目調のカラーボックスの前で、晴臣は腕を組んでうなった。
先週、ミイナがふらりと遊びに来た際になぜか積み上げ始めた石の重みで、棚の一段が見事にへし折れた。
「家具くらい……まともに整えたいんだけどなぁ」
ぼやきながら見つめていると、どこかで聞いたような声が響いた。
「いらっしゃいませー、お探しの家具は、ございますかー?」
どの店舗でも同じ顔、同じ声、同じ間延びしたイントネーションで接客してくる、シオマート名物の女性店員だ。
晴臣は軽く会釈し、目の前の棚に目を戻す。
「耐荷重三十キロ…きついかな……」
つぶやいたその時、誰かの気配がした。
嫌な予感がする。いや、怪異の気配というべきか。
だが晴臣は、もう慣れていた。
「ま、どうせこのあと何かある。家具は壊れる前提で安いのでいいか」
苦笑を浮かべながらカートを押し、適当なカラーボックスを手に取り、日用品コーナーへと足を向ける。
その瞬間だった。
「よし、これで――うわっ!?」
隣の棚でガタリと音がした。重なって陳列されていたカラーボックスが傾き、落ちかけたのだ。
反射的に腕を伸ばした晴臣は、それを受け止めると同時にバランスを崩し、派手に地面に倒れ込んだ。
「……いってぇ……」
手と肘を床にぶつけ、鈍い痛みに顔をしかめる。
商品は無事だ。棚も倒れていない。けれど、身体の方はまあまあダメージを受けた。
ぶつけたところをさすりながら起き上がろうとしたそのとき、視界の端に異様なものが映った。
「……ん?」
音もなく、ぬるりと現れたのは、シオマート店員が三人。
なぜか全員サングラスをかけており、フォーメーションを組んでいる。
センターの一人は、いつの間にか金属製のマイクを握っていた。
隣の二人は、ダンスバトル前のようなポーズで左右に揺れている。
「怖」
晴臣が身を引こうとしたとき、センターの店員が唐突にマイクを口元に持っていった。
「――ドンツー、ドンツー、ドンツードンツー♪」
店内に妙なリズムが流れ出す。音楽なんて流れていないのに、耳にビートが直接刻まれてくるような錯覚。
両サイドの店員がキレのいい動きで踊り出す。手足の角度、腰の動き、完璧なシンクロ率だ。
「転倒~注意、してくださーい♪ シオマートはお怪我をー保証してませーん♪」
「ドンツー! 鈍痛! 床は冷たい! ドンツー! ぶつけたとこは明日も痛い~!湿布も購入〜!」
晴臣は座り込んだまま、口を半開きにして見上げていた。
商品棚の陰から、子どもが手を叩いて喜んでいるのが見える。
違う、そうじゃない。
「……俺、怪我人だよな?」
どこからともなく、リズムに合わせて清掃用ロボがすーっと通り過ぎていった。
汐見市、シオマート。
怪異と人間と、おそらく店員も異常な世界では、転倒すらもエンタメになる。
お客様が転倒された際にー、鈍痛ラップの義務がありますー。




