始まる予感!
カミエのスマホが小さく震える。
画面を一瞥した彼女は、にんまりと笑った。
「――あら、香奈がついたって」
姫野が「え?」と反応するより早く、カミエは晴臣の腕から自然に離れ、手を振る。
「というわけで、今日はここまで。香奈が来たから、おばさんはこれにて退場。ごゆっくり~」
「えっ、いなくなるの!? 今!? 今が一番邪魔してたじゃん!」
「ふふ、ちょっとサービス。今日は“若い子たち”のための日でしょ?」
にやりと笑ったカミエがふいっと振り向くと、近くで綿菓子をかじっていたミイナの肩に手を置く。
「さ、あんたも来なさい。」
「え、え……? 」
「だーめ。いいからおいで」
「おにばばこわい……おにばばこわい……」
ミイナはブルブルと震えながら、カミエに引っ張られて人混みに消えていく。
時折、遠ざかる声で「綿菓子まだあるのにぃぃぃぃ……」というミイナの悲鳴が夜空に溶けていった。
姫野はその背を呆然と見送りながら、ポツリと呟く。
「……何この、清々しい置き土産みたいな去り方……」
横では晴臣が「結構、強引な人ですね」と涼しい顔をしていた。
姫野はその横顔を見てふっと笑みを浮かべる――ようとして、また鼻血が出た。
「よしっ、ハルくん!花火会場こっちだから! いい感じの場所、ちゃんと確保してあるから! 急ご急ごっ!」
姫野は晴臣の手を引いて、夕闇に染まりつつある川沿いの会場へと進んでいく。
屋台の灯り、浴衣の人混み、遠くで鳴る太鼓とアナウンス。
祭りの空気が肌を包む。
「……ずいぶん張り切ってるな」
「うんっ! こういうのは勢いが大事なの! だって、今日は――」
“勝負の日”って言おうとして、グッと飲み込む。
代わりに笑って、
「――花火、ちゃんと見せてあげたいから!」
晴臣はそんな姫野を見て、少しだけ目を細める。さっき見た姿よりも、ずっと似合っている気がした。
やがて河川敷のシートに落ち着くと、晴臣はふと辺りを見回した。
(あれ? なんか一人足りないような……)
「どうしたの?」
姫野の問いかけに、晴臣はなんでも無いと答える。しかし晴臣の眉がわずかに寄る。
花火はまだ打ち上がらない。
空は茜色から群青へ。
心に引っかかるのは、さっきまで感じていた“視線”のようなもの。
だが、姫野は元気な声を出す。
「さあさあっ! 始まるまでにラムネ飲んで! 金魚すくいもまだ間に合うかもよ?」
「……じゃあ、ちょっとだけ付き合おうかな」
晴臣は目の奥の違和感を胸の奥にしまい、立ち上がった。
――花火の夜は、まだ始まったばかりだった。




