妄想花火大会!
汐見市の商店街通りを抜けた先――海辺の見える開けた公園に、ひときわ目を引く姿があった。
夜風にふわりと揺れる、薄紫と金魚柄の浴衣。
赤い帯がリボンのように可愛く結ばれ、肩のラインはまるで女優のように華奢。
姫野ルイは、待ち合わせスポットのベンチにちょこんと腰かけていた。
(ふふふ……送っちゃった♡)
手元のスマホには、先ほど送ったメッセージ。
「ハルくん、花火大会会場の海辺の公園で待ってますっ♡ 一緒に見ましょうね♡♡」
ほんの数分前に送信したばかりだが、彼はもう待ちきれないはず。
「だってっ、だってっ、だってだって……っ!」
ルイはくるりと回って、満開の笑顔で星空を仰いだ。
「ふたりで……海辺で……花火……浴衣……それって……それってぇ……」
あれやこれや、甘い妄想が頭を駆け巡る。
一緒に屋台でたこ焼きとか買っちゃったり?
「一口食べます?」って差し出したら、「ん、じゃあ」って……間接キッス~~!?
うわぁああああ!
そしてフィナーレの大輪の花火――
「あっ……綺麗……」と目を細めるルイの肩に、ふと手を置いてくる晴臣。
「……君の方が綺麗だよ」とか言ってくるハルくん。
「バカですね、ハルくん……」と照れたふりをして、でも、そのまま――
「……ちゅー♡」
と、そこまで妄想したところで、ルイの鼻先から、ぽたたっ。
「……あ」
ルイはそっと鼻の下を拭いながら、カバンからハンカチを取り出した。
「……だめだめっ、ルイちゃんったら、欲望が前面に出すぎっ♡…でも来るよね? ハルくん絶対、来てくれるよね!」
目元をきらきらと輝かせながら、姫野ルイは夜空の下で待ち続ける。
まるで、それだけがこの宇宙の中心であるかのようで。
姫野が両手を胸に当て、うっとりと頬を染めていたその時だった。
「あ、変態だ。」
低く平坦な声が風に乗って届く。
思考の天国から現実に引き戻されたルイは、ピクリと肩を揺らし、グルリと顔を向けた。
そこにいたのは、白いワンピースに身を包んだ少女――いや、ミイナ。
左手に持った大きな綿菓子を抱え、右手の綿菓子をなんと、丸呑みしている最中。
そして、ヌルッとした指先が、姫野をズバリと指差していた。
「ずっと変態だった。変態、おかしは? 変態、お腹すいた。」
「変態じゃ、ないッッ!!」
姫野が思わず叫ぶ。
浴衣の袖を押さえながらジタバタとその場で跳ねる。
「ルイちゃんはっ! 恋する乙女でっ!! ただちょっと妄想が豊かでっ!! 鼻血が出る体質なだけですッ!!」
ミイナはそんな抗議などお構いなしに、モグモグと綿菓子を丸ごと飲み込みながら、ふらふらと近づいてくる。
「おかし……まだ? 変態……ルイ……おかし……買ってくれる……」
「買う! 買うから! もうやめてっ! その目で見ないでっ!」
ルイは敗北を悟った。
怪物に道理は通じない。
ここはもう、金の力で解決するしかない。
「変態じゃなくてルイちゃんって呼びなさい! ほら、財布! 財布財布財布!」
大急ぎで巾着を引き寄せ、出店の明かりへと逃げるように駆け出す姫野。
後ろには、満面の笑みでフラフラとついていくミイナの姿があった。
「やった……ルイ、いい変態……好き……」
「だから変態言うなァァァァ!!買ってあげたんだから、アンタはあっち! しっしっ! ほら、お菓子もあるでしょ!? ミイナはミイナで自由に楽しんできなさい!」
姫野ルイは綿菓子でベタベタになったミイナの頭を押しやりながら、必死に笑顔を取り繕っていた。
「ルイ……捨てられた……変態なのに……」
「変態言うなッ!!」
バシン!と手を振り切り、ミイナを出店の海へと押し流すと、ルイはすぐに髪を整えて、口紅のヨレを確認し、浴衣の帯を締め直す。
そのとき――
「おーい、姫野ー。お待たせ」
その声が、夜風に乗って届いた。
振り返る。
乙女スマイル、フル出力。
背景にはキラキラエフェクト、BGMは脳内でバイオリン。
妄想に突入する心の準備は完了していた。
そして見えた。
普段はスーツかジャージ、着る服に無頓着な男――海堂晴臣。
その彼が、見事に着こなした浴衣姿で、ゆるく結んだ髪と無防備な笑顔で立っていた。
「……は、わ……」
脳が一瞬停止する。
思考が空白になり、次に訪れたのは鼓動の高鳴りと、視界が淡く色づくような浮遊感。
完璧だった。浴衣なのに男らしい、でも少し抜けていて――なんなの!? もう!!
(今日、ここで死んでも……いい……いや、だめ! せめて手を繋いでから!!)
と、その時。
視界の端に、ひらりと揺れる黒い影。
艶やかな髪、シンプルなのに存在感ある装い。
そして、口元に手を添えてくすくすと笑う女――
幽谷カミエ。
「……は?」
その姿を目にした瞬間、姫野の心拍は急降下。
あたたかな妄想の炎が、一気に冷水を浴びせられる。
(な……なんでババアが隣にいるのよ……!?)
晴臣と並んで歩く、華やかで堂々としたカミエの姿。
まるで“絵になる大人のカップル”のようにさえ見えてしまう。
「ぶっ、可愛い浴衣ねぇ~♡」
そう言って手を振るカミエの声が、やけに遠く聞こえた。
姫野は、硬直した笑顔のまま、体温がスーッと引いていくのを感じていた。
まさかの予想外。
完璧な妄想展開に、まさかの実在系年上クソ強ババア乱入。浴衣の帯が、ぎゅうっと苦しく締まっている気がした。
(なんで……なんでババアが今日に限って……!)
――花火の始まりより先に、姫野ルイの恋心が爆ぜた音が、どこかで鳴ったような気がした。
「……なんかさぁ!」
出店の裏道、人目を避けるようにして歩きながら、姫野ルイは火花のような怒りを撒き散らしていた。
晴臣とカミエ、その姿がどうにも目障りなのだ。
「なんかこう……背格好も雰囲気も似ててさ! 落ち着いてるっつーか、うん、なんか……こう……お似合いっぽくない!? あれ腹立つぅぅぅ!!」
晴臣が祭の風に揺れる浴衣姿で歩き、カミエが肩を並べて時折笑いながら話しかける――それだけで姫野の心は嵐だった。
「いやあああああーッ!!!」
「姫野、喧騒より声が大きい」
「うっさい!!」
怒りのまま、姫野はふんすふんす鼻を鳴らしながら拳を握る。
「いい!? ハルくんと世界一似合ってるのは!
あたしとハルくん!世界一ラブラブで、誰もが見て悔しがるような、そういう運命の……――」
「……男色かい?」
「んぎぃぃぃぃ!!??」
奇声が夜空を貫いた。
カミエが唇に指を添え、涼しい顔で笑っていた。
「いや、悪気はないよ? でもあんた男だし、こいつはバリバリのノンケに見えるしえっちな妄想は自由だけど、脈は厳しそうよ?」
「そんなことないもん!! これは……これは魂と魂が引かれ合うやつなんだから!!」
「ふぅん。じゃあ、魂の性別はどっちなの?」
「黙っててぇぇぇぇぇッ!!!」
浴衣の袖を振り乱し、姫野は地団駄を踏む。
顔は真っ赤、目には涙、鼻から鼻血、感情が交通事故を起こしていた。
その横でついてきていたミイナが綿菓子を口に入れながらぼそっと呟く。
「ルイ……変態……」
「今は言わないでええええええッ!!!」




