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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
55/96

計画は前向きに!

Cafe Lune 店長室。

 

海沿いの坂道を上った先、夜になって月のように静かな灯りがともるカフェの奥。

普段は誰も立ち入らない、アンティーク調の扉の奥にある「店長室」。

 

そこには、深夜にも関わらず煌々と明かりがつき、部屋の主が机の上で何かを見つめていた。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

姫野ルイは、片肘を机につきながら微笑を浮かべていた。

手元には、ピンクの紙で作られた花火大会の企画書。

 

表紙には、かわいらしいフォントでこう記されている。

 

『ドキドキ♡ラブラブ♡ロマンティック花火大会!』

 

「……ふふっ、ふふふ……あっははははっ!」

 

だんだんと笑いが大きくなり、ついには店中に響くような高笑いに変わっていく。

 

「ようやく、ようやくこの日が来るのね……!」

 

その笑顔は、清楚なカフェ店員の顔ではなく、完全に恋に狂う怪異の顔だった。

 

「ハルくんと――夜の浜辺で……二人きりの花火大会……!」

 

椅子から転がるように身を乗り出し、計画書を両手で抱きかかえながら、うっとりと頬をすり寄せる。

 

「浴衣……手を繋いで……空に咲く花火……キャッ……///」

 

【 最高のシチュエーションだと思わない? 】

 

「ふふ……でも、完璧に進めるには、ちゃんと根回ししておかないとね……」

 

指先で書類をぱらぱらとめくりながら、そこに挟まれた付箋を確認する。

 

・「課長→焚き付けてGOさせる(済)」

・「晴臣→花火大会を“自分の案”として出す(完璧)」

・「ミイナ→晴臣に“花火大会”を刷り込ませる(済)」

・「香奈→晴臣に“自然に誘導”する(済)」

 

「ぜ〜んぶ、計画通り♡」

 

小さな指が、リストの最後にチェックマークをつける。

 

「……あとは、ドレス……じゃなくて、浴衣を選ばなきゃ……!」

 

企画書を胸に抱え、くるりと一回転する姫野。

 

「ふふっ、ふふふふふふふふふ……!!」

 

窓の外、遠くに波の音が聞こえる。

 

その静けさの中、カフェの奥では、ひとりの男の娘神格存在が、

全力の“恋愛戦争”を始めようとしていた。

 

* * *

 

花火大会の開催が決定されてから、生活課は怒涛の忙しさに見舞われていた。

 

ポスターの配布、会場設営、屋台業者との交渉、警備計画、ゴミステーションの位置、トイレの設置場所、交通規制案内……。

 

朝から晩まで、課の全員が汗だくで駆け回る日々が続く。

 

「……なんで俺がやるんですか」

「人手不足だ、黙ってテントを立てろ!」

「ここの寸法、明らかに間違ってるんですが……」

「間違いもまた風情だ」

 

課長の言い分はめちゃくちゃだが、なぜか妙に納得させられてしまうのが生活課の怖いところだった。

 

晴臣はその日も、汗を拭いながら会場の杭を打っていた。

 

「はぁ……この準備が終わったら、本番も警備とかあるだろうし、休みなしだな……」

 

そんな彼の背後で、コソコソと何かを話す職員たちの姿。

 

「……で、例の計画通り?」

「うん、姫野さんの根回しすごいよ。まさか課長まで動くとは……」

「課長が『男には休みが必要だ』とか言い出して、ちょっと感動した」

「いやアレ絶対“違う意味”で動いてるからな……」

 

* * *

 

生活課の職員室には、花火大会仕様の「お疲れ様差し入れゼリー」が山積みになっていた。

朝から元気な声が飛び交い、バタバタと準備が続いている。

 

そこへ、いつも通りに出勤した晴臣が現れる。

 

「……おはようございます」

「おはよう!晴臣くん、今日休みだから!」

「え?」

「休みだから!もう帰っていいよ!!」

「は……?」

 

目を丸くする晴臣に、課長がどん、と書類を叩きつける。

 

「お前は今日、有給だ!」

「なんでですか!?」

「この日のために貯めた有給があるんだろうが!!今こそ使え!!使えなかったら買取すんぞ!?」

「買取はありがたいですけど、いやいやいやいや意味が……」

 

しかし、すでに課の他のメンバーが晴臣の私物をまとめ、バッグを持たせ、靴まで履かせる勢いで背中を押していた。

 

「さぁ晴臣さん、もうこんなとこにいてはダメです!」

「早く行ってください!あなたには“使命”があるんです!」

「浴衣とか、見てくるといいと思うよ……!」

「どこに!?」

 

わけが分からないまま、ズルズルと引きずられ、最後は課長に背中をドンと叩かれる。

 

「今夜が勝負だぞ、海堂!!」

「だから何の!!!?」

 

こうして晴臣は、花火大会当日に“なぜか”全力で休みにされ、

よく分からないままイベント会場から追い出された。

 

なお、そのころ姫野ルイは鏡の前で浴衣の襟元を調整しながら、

「ふふっ、全部うまくいってるわね……♡」とほほ笑んでいた。


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