計画は前向きに!
Cafe Lune 店長室。
海沿いの坂道を上った先、夜になって月のように静かな灯りがともるカフェの奥。
普段は誰も立ち入らない、アンティーク調の扉の奥にある「店長室」。
そこには、深夜にも関わらず煌々と明かりがつき、部屋の主が机の上で何かを見つめていた。
「ふふ……ふふふ……」
姫野ルイは、片肘を机につきながら微笑を浮かべていた。
手元には、ピンクの紙で作られた花火大会の企画書。
表紙には、かわいらしいフォントでこう記されている。
『ドキドキ♡ラブラブ♡ロマンティック花火大会!』
「……ふふっ、ふふふ……あっははははっ!」
だんだんと笑いが大きくなり、ついには店中に響くような高笑いに変わっていく。
「ようやく、ようやくこの日が来るのね……!」
その笑顔は、清楚なカフェ店員の顔ではなく、完全に恋に狂う怪異の顔だった。
「ハルくんと――夜の浜辺で……二人きりの花火大会……!」
椅子から転がるように身を乗り出し、計画書を両手で抱きかかえながら、うっとりと頬をすり寄せる。
「浴衣……手を繋いで……空に咲く花火……キャッ……///」
【 最高のシチュエーションだと思わない? 】
「ふふ……でも、完璧に進めるには、ちゃんと根回ししておかないとね……」
指先で書類をぱらぱらとめくりながら、そこに挟まれた付箋を確認する。
・「課長→焚き付けてGOさせる(済)」
・「晴臣→花火大会を“自分の案”として出す(完璧)」
・「ミイナ→晴臣に“花火大会”を刷り込ませる(済)」
・「香奈→晴臣に“自然に誘導”する(済)」
「ぜ〜んぶ、計画通り♡」
小さな指が、リストの最後にチェックマークをつける。
「……あとは、ドレス……じゃなくて、浴衣を選ばなきゃ……!」
企画書を胸に抱え、くるりと一回転する姫野。
「ふふっ、ふふふふふふふふふ……!!」
窓の外、遠くに波の音が聞こえる。
その静けさの中、カフェの奥では、ひとりの男の娘神格存在が、
全力の“恋愛戦争”を始めようとしていた。
* * *
花火大会の開催が決定されてから、生活課は怒涛の忙しさに見舞われていた。
ポスターの配布、会場設営、屋台業者との交渉、警備計画、ゴミステーションの位置、トイレの設置場所、交通規制案内……。
朝から晩まで、課の全員が汗だくで駆け回る日々が続く。
「……なんで俺がやるんですか」
「人手不足だ、黙ってテントを立てろ!」
「ここの寸法、明らかに間違ってるんですが……」
「間違いもまた風情だ」
課長の言い分はめちゃくちゃだが、なぜか妙に納得させられてしまうのが生活課の怖いところだった。
晴臣はその日も、汗を拭いながら会場の杭を打っていた。
「はぁ……この準備が終わったら、本番も警備とかあるだろうし、休みなしだな……」
そんな彼の背後で、コソコソと何かを話す職員たちの姿。
「……で、例の計画通り?」
「うん、姫野さんの根回しすごいよ。まさか課長まで動くとは……」
「課長が『男には休みが必要だ』とか言い出して、ちょっと感動した」
「いやアレ絶対“違う意味”で動いてるからな……」
* * *
生活課の職員室には、花火大会仕様の「お疲れ様差し入れゼリー」が山積みになっていた。
朝から元気な声が飛び交い、バタバタと準備が続いている。
そこへ、いつも通りに出勤した晴臣が現れる。
「……おはようございます」
「おはよう!晴臣くん、今日休みだから!」
「え?」
「休みだから!もう帰っていいよ!!」
「は……?」
目を丸くする晴臣に、課長がどん、と書類を叩きつける。
「お前は今日、有給だ!」
「なんでですか!?」
「この日のために貯めた有給があるんだろうが!!今こそ使え!!使えなかったら買取すんぞ!?」
「買取はありがたいですけど、いやいやいやいや意味が……」
しかし、すでに課の他のメンバーが晴臣の私物をまとめ、バッグを持たせ、靴まで履かせる勢いで背中を押していた。
「さぁ晴臣さん、もうこんなとこにいてはダメです!」
「早く行ってください!あなたには“使命”があるんです!」
「浴衣とか、見てくるといいと思うよ……!」
「どこに!?」
わけが分からないまま、ズルズルと引きずられ、最後は課長に背中をドンと叩かれる。
「今夜が勝負だぞ、海堂!!」
「だから何の!!!?」
こうして晴臣は、花火大会当日に“なぜか”全力で休みにされ、
よく分からないままイベント会場から追い出された。
なお、そのころ姫野ルイは鏡の前で浴衣の襟元を調整しながら、
「ふふっ、全部うまくいってるわね……♡」とほほ笑んでいた。




