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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
54/96

思考誘導!

「文化祭……って言っても、学校じゃないしね。屋台を出すようなバザーもいいけど……」

市役所の会議スペース。晴臣はホワイトボードの前で腕を組み、姫野と向き合っていた。

 

姫野は椅子に腰かけ、テーブルに肘をついて顔を少し傾けながら、にこにこと晴臣を見ている。

その笑顔は穏やかで、しかしどこか妙に距離が近い。

 

(……なんだ、さっきから視線が熱いような)

 

晴臣が疑問を抱きつつも話を続けようとしたとき、姫野が小さく口を開いた。

 

「ねぇ、ハルくんは……どんなイベントが楽しいと思う?」

「俺?そうだなぁ、夏だし……花火大会とか?」

 

その瞬間――姫野の表情が、一瞬だけ「勝ち誇ったような笑み」に変わった。

 

(今、なんかすごい悪い笑い方しなかったか?)

 

晴臣が目を細める間もなく、

 

「素敵!最高!それに決定っ♪」

姫野は嬉しそうにパッと立ち上がり、両手を胸の前で握ってぴょんと跳ねた。

 

「えっ、決まり? 早くない?」

「うんっ、だって花火大会なんて、すごくロマンチックじゃない? 夏の夜空に、大輪の花……浴衣、屋台、手をつないで歩くカップル……いいと思わない?」

「……まぁそうだけど」

「ふふふ~ん♪」

 

まるで「計画通り(ニヤリ)」とでも効果音がつきそうなドヤ顔の姫野に、晴臣は頭を抱える。

 

(これは……いろいろ面倒なことになりそうな予感しかしない)

 

だがもう決まってしまったのだ。

 

汐見市生活課主催――“姫野ルイの恩返し☆どきどき花火大会”、開幕に向けて始動である。

 

* * *

 

 

仕事を終えた晴臣は、自室のソファに倒れ込むように座り、缶コーヒーのプルタブを開けた。夏の夜風が窓から吹き込み、クーラーの効いた部屋にほんのりと草の匂いを混ぜる。

 

その瞬間――

 

「はるおみー」

 

バタンッ!!

 

ドアが勢いよく開き、ミイナが紙袋を両手に抱えて突入してきた。

 

「お、おい、鍵かけてたはず……!?」

「開けたよぉ」

 

にこーっと笑顔を浮かべるミイナ。どうやら渡した記憶のない合鍵の存在は健在らしい。

 

彼女は床に座り込むと、紙袋から次々と駄菓子やコンビニのおやつを取り出し始めた。ポテチ、たい焼き、アイス、プリン……見境がない。

 

「……お前、晩飯は?」

「たべた! これは……べつばら……!」

 

袋を開けては口に運び、もぐもぐと幸せそうに頬張る姿に、晴臣は苦笑しつつも缶コーヒーを一口飲む。

 

「……なぁ、ミイナ。お前って“夏らしいイベント”って何か思いつくか?」

 

突然の質問に、もぐもぐ中のミイナがぴたりと動きを止めた。

 

「夏?」

 

ちょっと考え込み、手元のプリンを見つめながら、

 

「……食べ放題……」

「それイベントじゃなくて願望だろ」

「……!」

 

しまった!という顔をしてミイナは両手で口を覆い、うっすら汗をにじませる。

そしてぎこちない笑顔で、カタコトに言った。

 

「ハナビ……タイカイカモ……!」

「何今の」

「……ナンデモナイヨ?」

 

ポテチをぽりぽり食べながら視線を逸らすミイナに、晴臣はため息まじりに笑った。

 

(……ま、でも意外とこいつの言うこともヒントになるからな)

 

こうして、ひとつの「意見」が確信に近づいた夜だった。

そして晴臣は気づかなかった。

冷や汗をかきながらおやつを食べるミイナが、誰からそれを貰ったのか。

 

* * *

 

朝の光がまだ柔らかく、街に蝉の声が降り注ぎ始めた頃。

 

「……ふぁあ……今日も暑くなりそうだな」

 

仕事前、アパートの玄関を出た晴臣は、ゴミ出しついでに周囲を見渡す。すると、通路の先――ひとつ隣の部屋の前で、箒を動かしている小柄な女性の姿が目に入った。

 

「あ……おはようございます、香奈さん」

「あっ、晴臣さん。おはようございます!」

 

振り返った香奈は、Tシャツにジーンズというごく普通のラフな格好。鼻歌まじりに掃除をしていたらしく、どこか上機嫌だった。

 

「朝から掃除って、感心ですね」

「ふふ、日課みたいなものですよ。こういう時間、好きなんです」

 

彼女はにこやかに笑いながら、掃き集めた落ち葉をちりとりに入れている。

 

「そういえば……」と、晴臣はなんとなく聞いてみた。

 

「夏らしいイベントって言ったら、何を思い浮かべます?」

 

その瞬間、香奈の手がぴたりと止まった。

 

「……え?」

 

目が見開かれ、いつも落ち着いた雰囲気の香奈が、明らかに一瞬、固まった。

 

「ええと……イベント……?」

「はい。ちょっと今、企画に関わってて。市のイベントで」

「あ……そ、そうなんですね」

 

香奈はわずかに視線を泳がせると、笑顔を取り繕いながら口を開いた。

 

「……やっぱり……花火大会……ですかね。はい」

「ああ、やっぱり。なんか定番ですもんね」

 

晴臣は軽く頷いて、香奈の反応には少しの違和感を覚えたものの、それ以上深くは追及しなかった。

 

(……なんか、すごく“用意してた答え”っぽかったな)

 

けれども、朝の空気がその違和感を溶かすように穏やかだった。

 

晴臣が軽く会釈をして通り過ぎると、香奈は掃き掃除を再開する。

 

その背後――香奈の玄関横、ドアノブにかかった青い持ち手の紙袋には、白いロゴでこう書かれていた。

 

「Cafe Lune」

 

晴臣はその袋の存在に、気づくことはなかった。

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