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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
50/96

さようなら!


真琴とその女性が睨み合いを続ける中、ユメはなおも静かに眠ったまま。

しかし、ほんの一瞬、風も音も消えたような静寂が訪れた。

 

女性は、まるで最初からそうする予定だったかのように、ユメの車椅子の後ろに回り込む。

ふわりとドレスの裾を揺らしながら、滑るような所作で手をかけると、晴臣に向かってにっこり微笑んだ。

 

「それじゃあ……また、いつか」

 

その声は、優しく甘いが、どこか“何も信じていない”響きを含んでいた。

 

女性が晴臣に手を軽く振ると――

眠っているはずのユメの腕が、ぽそりと動く。

ひら、ひら、とまるで風に揺れる木の葉のように、小さくこちらに向かって手が振られる。

 

晴臣は、一瞬戸惑った。

けれども、それが「さようなら」の意味に思えて――つられるように、自分も手を振った。

 

「……さようなら、ユメさん」

 

女性とユメが扉もないはずの奥へと滑るように姿を消すと、部屋の空気がやや軽くなった。

 

真琴はふぅっとため息をつきながら、ようやく晴臣の隣に戻ってくる。

 

「……なんなのあの女。ほんっと、いけすかない」

「知り合いだったんじゃなかったのか」

「知り合いではあるけど……あれはもう、カテゴリとしては“嫌な女”よ」

 

真琴は軽く笑い、晴臣の手にそっと自分の手を伸ばした。

 

「それじゃあ、次の場所行こっか。またちょっと変わった場所だけど――」

 

ぴたり。

 

手が触れる寸前、空気が揺れた。

 

「……ッ!?」

 

何かが破れたような音がした。

 

次の瞬間――

虚空に黒い裂け目が走り、そこからぬるりと無数の触手が這い出してくる。

 

「晴臣くん!」

 

触手のうちの一本が晴臣の足首を掴み、引き寄せる。

 

「わ、っおい!? おいコレなに!?冷たい!」

「ちょっと待って!」

 

真琴が手を伸ばすが、間に合わない。

触手は晴臣の体を包み込むように絡みつき――そのまま虚空へと引き摺り込んでいった。

 

「――晴臣くん!!」

 

彼の姿が完全に見えなくなった直後、裂け目は音もなく閉じ、触手も消え失せる。

 

静寂。

 

ぽつんと一人、真琴がその場に立ち尽くしていた。

 

「……どこ行ったの?最後の言葉が冷たいってはセンス無いし」

 

しかし、彼女の声に応える者は誰もいなかった。

 

* * *

 

ぬるりとした感触を全身に感じたあと、急に重力が戻る。

 

ボトッ。

 

「いてっ……」

 

地面に落とされた衝撃に、晴臣は小さく呻きながらも、何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「……どこだここ?」

 

周囲は靄がかった暗がり。

壁も天井もないように思えるが、かといって開けた空間でもない。

音が吸い込まれていくような、息苦しい静けさ――それでも彼は、まるで散歩の途中で道を間違えたくらいの調子で首をひねった。

 

「……夢の街の地下? 裏側? いや、変なとこ来たな……」

 

そう呟いていると、遠くから誰かの視線を感じた。

 

晴臣が振り返ると、そこに“いた”。

 

まるで発光するかのように整った顔立ちの、絶世の美形男性。

宝石のように輝く目、完璧な鼻筋、優雅で整った輪郭――どこからどう見ても少女漫画の表紙から抜け出してきたよう*“美の化身”。

 

しかし。

 

その男が着ているのは――

 

パリッとしすぎて妙に浮いているチェック柄のシャツの中に、胸元には「I♡汐見」と大きくプリントされた白Tシャツをパンツインした姿。

さらにはベルトからはシオマートのグッズと思しきキーホルダーがいくつもぶら下がっており

、手にはアイドルライブで使うような手作り感満載のうちわが握られていた。

 

『ようこそ ハルオミ』『会いたかったよ♡』

 

そして、そのうちわを構えながらガニ股で彼はまっすぐに晴臣を見つめてくる。

 

「…………」

「…………」

「…………やあ!」

「…………やあ?」

 

晴臣は思わず聞き返した。

 

その男は、満面の笑みを浮かべて一歩近づいてくる。

どこかで見たような笑い方。妙に距離感の近い視線。そして何より――人間じゃない何かの臭い。

 

「晴臣くん……!ほんとうに、ほんとうに、会いたかったんだよ♡」

 

うちわの♡が、まるで本物の心臓のように脈打っている気がした。

 

「やっと……やっと会えたね……」

 

晴臣は静かに後ずさった。

 

「……ちょっと、キャパオーバーしそうかも」

 

その顔は、どこまでも整っていて美しい。

けれど発せられる声は、まるで陰気なサブカルイベントの隅でテンションが爆発したオタクのようだった。

 

「ハァァァ〜〜……夢じゃない……夢じゃないよなコレ……ッ!! “汐見市生活課”のッ、伝説のッ、脳筋職員ッ!!海堂晴臣たそッ!!」

 

バシバシとテンション高くうちわを打ち鳴らしながら、男は涙ぐんでいた。

うちわの裏にはマジックで「晴臣しか勝たん」と書かれていた。

 

「いやぁ、もぉほんとぉ〜に!ボク!ずっと前から汐見市の活動、ぜんぶ見てたの!あの“あほ邪神初恋事件”も、“シオマート騒動”も、“ベランダから覗いてる女”のときも!!ボク、超リアタイしてたからァ!!デュフッ!」

「いや……なんでそれ知ってんの……?非公式処理のはずだけど……」

「汐見市、最高…… 生活課、尊い…… でもやっぱり……海堂晴臣たそ最推し……!! 主人公属性ありすぎィィ!!」

 

晴臣が一歩下がるごとに、男は二歩近づいてくる。

 

「冷静な仮面の下に暴力的なまでの行動力と、倫理観ぶっ壊れてる思考回路……それでいて仲間想いなところもあって、誰よりも怪異に優しいっていう……マジでさぁ……そういうとこだよ、そういうとこ……そういうとこが好きなのッ!!」

「いや怖い怖い怖い、熱量が暴力……!」

「えっ待って!? これ、夢オチとかじゃないよね!? 録画できてないの!?やば、推しに会えた記録ないのは現実よりも地獄なんだが!? どうする、保存用と観賞用で脳ミソ分ける!?できる!?できない!?え、できない!?どうしようどうしよう晴臣くんが溶ける!」

「……え、俺が溶けるの?」

 

その瞬間、男の周囲の空間がぐにゃりと揺れた。

言葉と共に、現実が歪む。

 

「ボクね、晴臣くんの“あの時の台詞”、全部、脳内に録音してあるんだよね……再現できる? する? え、聞いて? 『え?道端におやつが生えてる?ちぎって持ち帰っていいヤツかどうかを俺に聞かれても、あ、そういうの大丈夫な人間と思ってます?』 ……はい出た名言。しんどい。死ぬ。愛。」

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