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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
43/96

体調不良!

 連日の猛暑、止まらない蝉の声──

 そして、涼しい顔でトマトソースパスタをすすりながら部屋に入り浸るミイナ。

 

 「幸太郎、いっしょにあつあつパスタ食べようよぉ〜。あ、でも今日は鍋気分でもあるよね〜。どっちがいいと思う〜?」

 「……ミイナ、お前……体感温度って概念がないんじゃ……」

 

 室内でひとりウネウネ動きながら陽気なテンションのミイナに対し、幸太郎はソファの上で魂の抜けたような顔で寝転がっていた。額には冷えピタ、横に転がったペットボトルのスポドリは空っぽ、エアコンは壊れてはいないが稼働していない。

 

 「うぅ……もうダメ……こっちは寝苦しくてろくに眠れねえのに、朝から晩までお前のテンションが灼熱すぎんだよ……」

 

 最終的に、彼はプツンと意識を切るように寝落ちた。

 その日の午後──。

 

 「失礼しますよ、幸太郎くん」

 

 インターホンを押しても反応がないため、やむを得ず香奈から借りたスペアキーで部屋に入った晴臣は、ドアを開けた瞬間に絶句した。

 

 「……うわ、これは……」

 

 玄関に積まれたペットボトルと空き缶、放置されたコンビニ弁当の容器、うっすらと生暖かい湿気──室温は下手すれば外より高い。

 しかもソファにはぐったりした橘幸太郎がタオルケットに巻かれて沈没している。

 

 ミイナから「なんかね〜、幸太郎がぽんこつしてるの〜」と報告を受けてきたのだが、まさかここまでとは。

 

 晴臣は額に手をやり、深いため息をひとつ。

 

 「幸太郎くん、まさかこの部屋で何日間も寝込んでたんですか……?」

 「……くっ……正論が……胃に……刺さる……」

 

 晴臣はまず窓を開けて換気し、エアコンを稼働させると、ゴム手袋をつけて掃除に取り掛かった。

 

 洗濯物は色ごとに仕分けて洗濯機に放り込み、コンビニ弁当の容器は即袋詰め、テーブルや台所は除菌シートで拭き上げた。気づけばいつの間にかミイナが「わたしこれ好き〜」といいながら洗濯ネットの中で回っていたが、無視。

 

 1時間後には見違えるような部屋になり、空気すら少し澄んでいた。

 

 「ほら、タオル替えましたよ。冷たいお茶と、消化の良い雑炊作ったんで、無理せず少しずつ……」

 「……嫁かよ」

 「違います。生活課職員です」

 

 まっすぐ返された言葉に、幸太郎は笑う元気もなくため息をついた。

 

 けれど、用意された雑炊は優しい味がして、久しぶりに汗ではない温かさが身体に広がるのを感じていた。

 

* * *

 

 深夜──掃除の済んだ自室で、枕元の机に座り、橘幸太郎は一枚の書類にペンを走らせていた。

 タイトルにはこうある。

 

 >《対怪異・要監視人物:海堂晴臣 観察記録 第〇〇報》

 

 まっすぐな文字で淡々と綴られる報告書。

 かつては「異常な対怪異耐性と行動傾向を持つため継続監視が必要」と書かれていたそれは、しかし今や少しずつ文調が変わりつつある。

 

 

 本日、生活課職員・海堂晴臣氏が私室を訪問。個体との関係を通じ、私の体調不良を察知し看病に来訪した模様。

 室内の衛生状態に驚愕しつつも、苦言を呈しながらも実直に清掃・洗濯・食事準備まで行った。

 その行動は合理的な命令行動ではなく、自発的な善意に基づくものと判断される。

 (中略)

 彼の対怪異的振る舞いは依然として常識外れであるが、それと同時に人間性における「情」に著しく傾いた存在であると再認識。

 異星種族、神格個体など高リスク存在とも安定的関係を築いているが、これを異常と断ずるか、ある種の適応とみなすかの再考が必要。

 ※個人的所見:

 当初より“監視”対象としての立場で接していたが、彼の態度・行動には一貫して欺瞞がなく、

 むしろこちらが「観察」されているような感覚を覚える場面が多い。

 対象に対する警戒は維持すべきだが、そろそろ「観察対象」への移行も検討されたい。

 ……余談ながら、雑炊の味は、実家で出てきたものに似ていた。

 

 

 書き終えた幸太郎はペンを置き、頬をかきながらぼそっと呟く。

 

 「……ったく、どこまで面倒見がいいんだか。ああいうの、ずるいよな……」

 

* * *

 

 翌朝、報告書は厳重な封筒に入れられ、カミエの元へ届けられた。

 広大な書斎で報告書を読み進めていたカミエは、いつしかふっと目を細め、最後の余白に記された一文で思わず肩を落とした。

 報告書を閉じて、ため息まじりに呟く。

 

 「あんたほんとに……怪異だけじゃなく人たらしとはね」

 

 そう言いながら、カミエは報告書を引き出しにしまい、静かに笑った。

 まるで──誰かに心を預けつつある若者たちを、ただ見守るだけの立場に甘んじることを受け入れるように。


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