変人だらけ!
「……変な人、多いなぁ……」
課長がルイきゅん愛を早口で語る様子を遠巻きに見ながら、晴臣は湯呑みを手にぽつりと呟いた。
その隣――。
「ふふっ、君も十分、変な人だよ?」
いつの間にか現れていた、黒のウルフカットの美女が、晴臣の隣に腰を下ろしていた。
「……真琴くん?」
晴臣が目を丸くすると、真琴はくすりと笑って肩をすくめた。
「もうちょっとしたら、呼ばれた気がしたからね」
まるで散歩にでも来たかのような口ぶりに、晴臣は苦笑いするしかない。
そこへ花子が動いた。
「あら、ごめんなさいね。咲のお友達かしら? お茶、すぐ出すわね」
「ううん、もうもらったよ」
そう言って真琴が、手元にある湯呑みをヒョイと持ち上げて見せた。
――中には、香り立つお茶がたっぷりと注がれている。
花子は硬直した。
課長も同時に、ピクリと首を傾げる。
「……え? お、お茶……?それに、いつから?」
「……え? え? 俺、淹れてな――え? お前いつ……?」
花子と課長の視線が、お茶から真琴へと移る。
その瞬間、ふたりの顔色がサッと変わった。汗が噴き出し、喉がひゅっと狭まり、言葉にならない息を繰り返す。
理解が追いつかない。
どうやって。いつの間に。物理的に不可能。
「――おふたりとも」
真琴が指を鳴らす。軽やかで、乾いた音。
すると次の瞬間、あれほど混乱していたふたりの表情が、すっと落ち着いたものに変わった。
「あらあら、そうだったのね。ようこそ、いらっしゃい」
「なんでそいつも連れて来んだよ晴臣!」
先ほどの様子が嘘のように、自然な笑顔で真琴に接するふたり。
だがその姿を見つめる晴臣は暢気にお茶を飲む。
「……やっぱ変な人多いよ、汐見市」
誰に向けたでもない、呟きがひとつ、リビングに響いた。
* * *
「でね……その人のこと、一回しか見たことないのに、ずっと頭から離れなくて……」
咲がそう言って、髪をかき上げながら、ふぅっと紫煙を吐いた。ベッドの上、そこだけぬいぐるみに囲まれた空間に、煙と微かなフルーティな香りが漂う。
「……恋、なんかなぁ、これって」
ぽつりと呟いた咲の目は、どこかうっとりと遠くを見ていた。
「ふふ……ふふふふふ……」
「……え?なに?」
不意に響いた笑い声に、咲がきょとんと目を向ける。
その隣――。姫野ルイは頬に手を添え、ドヤ顔で腰をくねらせながら笑っていた。
「ふふ……それはね、咲ちゃん。恋、です♡」
「ほんとに!? やっぱ恋かなぁ!」
「うんうん、間違いなく恋よ。恋の先輩であるこのルイ先生が言うんだから、確定☆」
咲がぱぁっと顔を明るくさせると、姫野は鼻を鳴らして胸を張った。
「……ちなみに、先生は……?」
「ふふっ、聞きたい? 聞きたいよね? 私の壮大な恋の話!」
咲が「うん!」と勢いよく頷くと、姫野はベッドに胡座をかいて座り直し、演説口調で語り始めた。
「彼はね、とにかく私にメロメロなの。もう会うたびに目がハート♡ それでいて『ルイ、今日も可愛いな』とか言っちゃうの! もー困っちゃう!」
「うわー、少女漫画みたい!」
「しかも私がちょっと怒ったり拗ねたりすると、すぐしゅんってなって、わたわたしながら謝ってくるの。で、手とかぎゅって握ってくるのよ?」
「きゃー! え、え、付き合ってるの?」
「いーえ♡ まだ片想いだけど♡」
「……え?」
「え?」
ぽかんとする咲と、無邪気に首を傾げる姫野が見つめ合う。
「……でも、彼、私のために色々してくるし!親友って言いながら、私が他の人と仲良くするとムスッてしてるし?」
「そ、それって……!」
「でしょ!? つまり、そういうことよ!」
咲は口元に手を当てて目を輝かせる。
「わたしも……そういうふうに、なれたらいいな……!」
「ふふっ、任せて! まずは相手の名前と連絡先を聞くところから! よし、作戦会議よ、咲ちゃん!」
ゴスロリドレスをひるがえして身を乗り出す姫野に、咲も前のめりで応える。
咲の部屋には、妙に熱量の高い恋愛作戦会議の声がしばらく響き続けていた――。




