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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
36/96

恋バナ!

「――ねえ、晴臣くんはもういいよ。用済み」

「え?」

 

 唐突な言葉に、晴臣が目をぱちくりさせる。その横で咲は、姫野の手をぐいっと引っ張った。

 

「パパとママと一緒にリビングで待ってて。あたしたち、ちょっとガールズトークってやつするから!」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待ちなさいよっ!? こら! どこ連れてくつもり――」

 

 引きずられるようにして咲の部屋に連れ込まれる姫野。

 

 ドアがバタンと閉じた瞬間、姫野の目がぐるりと室内を見渡す。

 

(……あれ? あたし、てっきりピンクと白のふわふわ空間かと思ってたんだけど……)

 

 咲の部屋は、意外にも黒と赤を基調としたパンク風の装飾で彩られていた。壁には洋楽バンドのポスター。ベッドの上にはスタッズつきのクッションと、なぜか革ジャンが丁寧に畳まれている。

 

 女子大学生の部屋というよりは、ライブ前の楽屋のような雰囲気すらある。

 

「……なんか、あんた思ったより尖ってんのね」

「え、あ、ゴメ、引いた? や、なんか、かわいい部屋って落ち着かなくてさ……」

 

 ぺたんとベッドに座り、咲はちょっとバツが悪そうに笑う。普段のギャルテンションとは打って変わって、どこかしおらしい。

 

「……で? あたしをここに連れ込んだ目的、何よ?」

 

 姫野が腕を組み、真剣な目を向けると――

 咲はふにゃっと肩をすぼめ、視線を床へ。

 

「……あのさ……ルイさんのインタビュー記事、マジで何回も読んだの。恋愛観とか、考え方とか、うち、ガチで感動して……」

「は、はぁ……?」

「で、あの……恋愛相談……してもいい?」

「ッッ……来たわね!? この流れ、来たわね!? あんた、やっぱり晴臣のこと――」

「違うよ」

 

 ぴしゃりと遮られて、姫野が虚を突かれる。

 咲は両膝を抱え込むようにして、ぽつりと呟く。

 

「……うち、晴臣くんのことは、普通に“いい人”ってだけ。めっちゃ優しいし、パパやママにも好かれてるし、話も聞いてくれる。でも……そういうのって、恋じゃないよね?」

 

 姫野の目が伏せられる。

 

(……違う、想定外。晴臣が好きってわけじゃない……じゃあ……)

 

「……じゃあ、あんたが気になってるって人は……?」

「一度だけ見たの。駅前で。夜で……たぶん、女の人だったと思う」

 

 咲の声はどこか夢見がちだった。

 

「遠くからだったけど……めっちゃ綺麗で、儚げで……ドキッとして、胸がぎゅーってなって。声も顔も知らないのに、目が離せなかった」

 

 咲の両頬がほんのり赤く染まっている。

 

「……もしかして、あたし、そっちの人なんかな……とか、考えちゃって……」

 

 姫野は静かに目を細めた。

 

(……この子、ほんとに真剣なんだ)

 

「……で、あたしが何を相談されるの? そういうの、経験豊富そうって思った?」

「ううん、違う。……ルイさんって、恋にまっすぐじゃん。文章からもわかった。誰が相手でも、ちゃんと自分の気持ちを言葉にしようとする。……うち、それがすごいなって思って……」

 

 咲は、恐る恐るといった風に、もう一度姫野の手を取った。

 

「だから……ちょっとだけ、恋の話……聞いててほしい。だめ?」

 

 ……敵対心はない。

 恋のライバルでもない。

 けれど、どこか心の奥を撫でるような、眩しい想いに触れて――姫野は複雑な気持ちを押し殺しながら、小さくうなずいた。

 

「……まあ、少しくらいなら。ちゃんと話を聞いてあげるわよ、“後輩”としてね」

「マジで!? ありがとっルイさん!! やば、推しと恋バナできるとか、人生のピークかもっ!」

「ちょっ、落ち着きなさいってば! ベッドで跳ねるな!」

 

 二人の声が弾む。

 

 けれど――その明るい会話の裏で、姫野の心には小さな寂しさが芽生えていた。

 

(……そっか。あたし以外にも、こんな気持ち抱える子がいるんだ。知らなかったな、恋って、案外どこにでもあるのね……)

 

* * *

 

「…なんか、すみません」

 

 ぽつんとソファに座る晴臣が、テーブルの湯呑みを持ち上げては置くを繰り返していた。隣に座る花子は、申し訳なさそうに微笑む。

 

「こっちこそごめんなさいね、晴臣くん。咲、急に人を連れてくることあるけど……“誰を”とは一言も言ってなくて」

「いえ、俺もまさか女子会始めるとは思いませんでしたよ……」

 

 そこへ足音を響かせて課長が現れる。

 

「……おい、花子、どういうことだ!?勝手にこいつを連れ込むな!っていうか俺が知らない人を呼ぶの禁止ってあれほど――」

 

 花子の睨み。

 

 それだけで課長は言葉を飲み込み、肩を落とした。

 

「すみませんでした……」

「よろしい」

「……」

 

 沈黙。

 

 重苦しい空気の中、晴臣が口を開く。

 

「あの、姫野さんを連れてきたのは僕です。一応、職場の関係というか……今日は、まあ色々あって」

 

 その瞬間――

 

「姫野…姫野ルイっ!?あの、カフェ・リュンヌのオーナーで、汐見海岸の坂の上にある“白壁と青窓の隠れ家カフェ”の……!!?」

 

 課長が、椅子を蹴倒さんばかりに立ち上がった。

 

「市内インフルエンサーランキング2023年版第7位! インスタフォロワー3万! 汐見市で一番美脚の男の娘! 俺の推しトップ5に入るルイきゅんが、今! この家に!!?」

 

「え、課長!? 落ち着いて!」

 

 晴臣が慌てて止めるも、課長の興奮は止まらない。

 

「ルイきゅんが家に来るって、なんで俺に事前連絡がないんだよ!! 俺は心の準備が……ッ!」

「課長、なんでそんなに詳しいんですか」

「決まってるだろうが、俺の昼休みの癒しはルイきゅんのカフェタイム配信なんだよ!! あの紅茶を淹れるしぐさ、あの伏し目がちな笑顔……ッ!!」

 

 晴臣が額を押さえる中、花子がため息をついた。

 

「……あなた。咲の友達なんだから、妙な真似はやめてちょうだいね?」

「……お、おう……っ。いやでも、ついにルイきゅんと……っ! でも……っ!」

 

 課長は全身から汗を吹き出しながら、心の葛藤と戦っていた。

 

 そんな彼の姿に、晴臣はそっと呟く。

 

「……変な人が多い街だな」

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