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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
35/96

パッションピンク!

カフェ「Cafe Lune」の誰もいない二階の私室にて。

 

 姫野ルイは、戦場へ向かう将軍のような真剣な眼差しで――クローゼットを睨みつけていた。

 

「ふ、服が……ない……ッ!!」

 

 その手には晴臣から渡された週刊誌。インタビューに記された“恋してる”の文字が、今さらながら重くのしかかってくる。

 

「だってこれ……完全に私の真剣なやつ……っ。あんな鈍感インテリ脳筋に読ませるつもりじゃ……なかったのにぃぃ!!」

 

 しかし、咲という女の登場で事態は急変した。

 

 “上司の娘で、晴臣とちょっと仲良さげな子が、会って話してみたいって言ってる”と聞いた瞬間――姫野の中の「恋の戦士スイッチ」が完全にオンになった。

 

 今ここで一歩引いたら、一生後悔する……。

 

「やるしかない……勝負しか、ない……!!」

 

 咲という存在が、どんなに美人で、どんなに健気で、どんなに料理ができても……。

 

「私の全力、見せてやんよッッ!!!」

 

 服を一着、また一着と放り出しながら、姫野の目は次第に血走っていく。清楚ワンピ、却下。カジュアルセットアップ、甘い。量産型モテ服、つまらない。

 

 悩んだ末――選ばれたのは、かつて一度も袖を通していなかった特別な一着。

 

 フリルを幾重にもあしらった膝丈のスカート。袖には透け感のあるチュール、リボンとレースの詰め合わせ。カラーは圧倒的に戦闘色、気合の勝負ピンク!

 

 ゴスロリを現代風に再構築した、姫野渾身の――いわば「恋の決戦装束」であった。

 

「……ふふ。完璧じゃん」

 

 ピアス、チョーカー、手袋までコーディネートし終え、鏡の中の自分を見てニヤリと笑う姫野。

 

「さ、今日という日は、この姫野ルイの恋の記念日になってもらうんだから――」

 

 *

 

 そしてその数十分後。

 

「……目、チカチカする……」

 

晴臣は、眩しそうに目を細めた。

 

「えっへん☆ どう、カワイイ? ねえ、カワイイって言って!!」

 

 フリフリの傘をクルリと回し、ピースを決める姫野。その背後には、容赦なく迫りくるゴスロリピンクの殺意。

 

 だが、晴臣は――素で言った。

 

「うん、カワイイよ。でも目がチカチカする」

「最後の一言が余計なんだよ!!」

 

 バシィン!と傘で背中を叩かれながらも、晴臣はどこか楽しげに微笑み、二人は咲の待つ課長宅へと向かうのだった。

 

* * *

 

 課長宅の門前。

 

 夏の風に揺れる草木を背景に、三人の影が並ぶ。

 

 中央には晴臣。右に咲。左に姫野。

 

 咲はハイトーンヘアを揺らし、パンクな服装で立っている。一方の姫野は、ピンクゴスロリに身を包み、完璧な角度でポージング済み。

 

 この日、彼女は勝負服で来たのだ。晴臣に、そして相手の女に――自分の存在を刻みつけるために。

 

(ふふん、なるほどね……この子が咲って子?)

 

 姫野は晴臣の隣に立つ咲をじっくりと観察する。想定よりも派手で、距離感が近く、なにより……

 

(……女の子らしくて、ちょっとかわいいのが、腹立つわね……)

 

 とはいえ、ここは自分のホームグラウンド。晴臣を挟んでの初対面、まずは一撃かますとしよう。

 

「――お初にお目にかかるわね? 姫野ルイよ。“晴臣の親友”で、“恋の相談相手”で、“家庭的で顔が良くて料理もできる”カフェオーナーってところかしら」

 

 バサァッとスカートを翻し、片目を細めてドヤ顔でキメる姫野。

晴臣が「自己紹介、盛りすぎでは……」と小声でツッコむが、無視。

 

(さあ、どう出る? 緊張してガチガチに固まるか、それとも敵意を剥き出しにするか――)

 

 しかし。

 

「え!? ええええ!? ほんもの!? え、え、え!?」

 

 咲は目をキラッキラに輝かせたまま姫野の前にぴょんと躍り出ると――

 

「ちょーかわいーっっ!! ほんとに姫野ルイ!? え、信じらんない! カフェの制服もエモかったけど今日の服、ちょー似合ってるじゃん!! スゴッ! まじリスペ!!」

 

 そう叫ぶや否や、咲は姫野の両手を握り――上下にブンブンと振り始めた。

 

「わたし今日ほんと緊張しててさー! 会ってくれるって聞いてガチで寝れなくて、やっば! 写真とか撮っていい!? ねえ、え、いい!? てか顔ちっちゃ!!男って信じらんない!!肌きれいすぎでしょ!!」

「な、な……っ!?」

 

 姫野は目を見開いたまま固まった。

 

 想定外だった。

 

 想定していたのは、咲が敵意を向けてくること。もしくは自信なさげに後ずさるかのどちらか。こんな、無垢な好意の全力全開バーストなど、予想の遥か斜め上だ。

 

「ちょ、ちょっと、手、離しなさいってば! あんた、距離感近すぎ! 近い! ゼロ距離ッ!」

「え、あ、ごめーん! でもマジで感動してて! 姫野さんみたいな人に会うの夢だったんだってば!!」

「なっ……ぐっ……ぅぅぅ……(なんか、こっちが負けた気分になるのなに……ッ!?)」

 

 咲のテンションに翻弄され、姫野は完全にペースを崩される。

 

 そして、そんな二人の様子を見ながら――

 

「……楽しそうで、何よりです」

 

 晴臣はどこか嬉しそうに微笑んでいた。

 

(晴臣……今、咲ちゃんのこと見てたな……いやでも私のゴスロリも捨てたもんじゃ……ちょ、負けない! 負けたくないの!!)

 

 姫野ルイ、燃える。

 

 そしてこの日から、恋の文化交流バトル編が静かに始まることとなる――。

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