また会いましょう!
咲のまっすぐな瞳に見つめられながら、晴臣は手に持っていた雑誌を静かに閉じた。表紙の姫野がニッコリ笑っている。
「まあ、姫野なら呼べばすぐ来ると思いますよ」
「……は?」
咲の目が見開かれた。まるで、いま重大な国家機密でも明かされたかのような顔をしている。
「ちょ、ちょっと待って。え、なに? 今さらっと言ったけど、姫野さんってそんな気軽に召喚できるタイプなの?」
「召喚って……そんな魔王みたいな。まあ、ちょっと連絡すれば、たぶん30分以内に現れますよ。カフェ閉めてでも来ます」
「それってガチでヤバくない!?あんな人気店が!?インフルエンサーじゃなかったの!?」
「一応、してますけど……気分で閉める時あるんで……」
「えぇぇぇぇえ~~~~っ!?」
ギャルらしく、咲は頭を抱えてのけぞった。
「いやいやいや、もうちょっと社会人としての責任感ってものをだね……!」
「そこは、まあ……姫野ですから」
晴臣は苦笑しながら肩をすくめる。咲は一拍置いて、深く息を吸い直すと、真面目なトーンで言った。
「……でもさ、姫野さんにも予定あるだろうし、急にってのも悪いしさ。ちゃんと日程、決めよ?」
「……あ、はい。ですよね」
妙に冷静な正論が刺さって、晴臣は思わず姿勢を正した。
「うちは土日ヒマ。そっち合わせて」
「じゃあ……今週の土曜日とかは?」
「ナイス。それで行こ」
咲はにぱっと笑って親指を立てた。その表情は、先ほどまでとはうってかわって年相応の女の子らしい屈託のない笑顔だった。
(……なんか、不思議だな)
晴臣は庭に咲いた花を眺めながら、静かにそう思った。
* * *
晴臣は課長宅の玄関先に立っていた。
靴を履き終えると、後ろからひょこっと顔を出した咲が、にっこりと笑って手を振る。
「じゃーね!次もよろしく!」
「ええ、また連絡します」
晴臣が軽く頭を下げて玄関を出た、その瞬間だった。
「……おいお前……咲と……どんな話してたんだ……」
背後から地鳴りのような低音が響いたかと思うと、課長がゴゴゴゴと迫ってきた。
その額には怒りの血管が浮かび、目は半開き、口からはよだれ、いや――もはや念すら出ている。
「なあ、なあ晴臣、お前……ウチの咲と一体何を……ッ!」
「やめなさい、変態父親」
パシンッと音を立てて、花子が手早く課長の襟首を掴んだ。そのまま動きを封じるように後ろからホールド。
「ごめんなさいね、うちの人。娘絡むとすぐこうで……」
「いえ……なんだかんだ、微笑ましいです」
晴臣が苦笑を浮かべると、花子はふふっと柔らかく笑った。
「また来てくださいね。次は……もっと気楽に」
彼女の笑顔は、まるで春の日差しのようにあたたかかった。晴臣は思わず立ち止まり、少しだけ照れたように会釈を返した。
「……はい。お邪魔しました」
そうして一人、帰り道を歩き出した晴臣の背に、咲の明るい声がまだ響いていた。
「ぜーったい、来てよー!」
空を仰ぎ、晴臣はそっとため息をついたのだった。




