家庭料理!
車が山本家の前に停まり、エンジンが切られる。
「よし……着いたぞ」
課長が呟きながらドアを開ける。
晴臣もそれに続き、車から降りた。
その背後で――
パタン、と一拍遅れて降り立つギャル・咲。
そのまま、無言で晴臣の背中をじーっと見つめている。
「……?」
背後から視線を感じて振り返る晴臣。
咲は睨むでもなく、けれど明らかに何かを観察していた。
(なんだろう、すごく見られてる……)
目が合うと、咲は無言でふいっと視線を逸らす。
その様子を見ていた課長はというと――
「うぅ……くっ……」
何かに耐えるように歯を食いしばり、そしてついに……
「……嫁にはやらんぞ……うちの娘は……!!」
ぼたぼたと鼻水を垂らしながら、しゃくり上げて泣き出した。
「でも咲が、どうしてもと言うなら……! しかたない……俺は男だからな……!」
「キモ」
「ぅわッ」
冷酷無比な一撃が飛ぶ。
咲は鼻水を垂らす父を冷ややかに一瞥し、そのまま家の中へと向かった。
「……ああ、辛辣すぎて涙が……ふえっ」
課長が嗚咽を漏らしていると、玄関のドアが開いた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、あなた」
柔らかな声と共に、山本花子がエプロン姿で出迎える。
年齢相応に落ち着きがありつつ、どこか可愛らしさを残した女性。咲とは似ても似つかない穏やかさだ。
「……また泣いてるの?」
「あ、いや、その、なんというか、父親としての義務というか……」
「あらあら」
花子はくすりと笑って、手にしていたエプロンの裾で課長の顔をやさしく拭った。
「まったく、外で泣かないでよね」
「うっ……すまん……」
晴臣は、ほんの少しだけ「いい家族だな」と思った。だが咲が部屋の窓から、またジッと晴臣を観察していた。
(怖っ)
晴臣はゾッとした。
* * *
玄関先のやり取りが一段落し、家の中へ案内される晴臣。
リビングに通されると、ほどよく広く、家族の生活感が滲む落ち着いた空間が広がっていた。
白と木目調を基調とした家具に、観葉植物と小物が並び、母親・花子の気配が色濃く漂っている。
咲はソファに座ってスマホをいじっていたが、晴臣が見るとすぐにそっぽを向く。
が、その目はチラチラとスマホ越しに様子を伺っているようだった。
「それで咲から聞いてたの。夫の職場の方って」
ふと台所から顔を出した花子が、やわらかく声をかける。
「え……あ、はい。少しだけ……」
「ふふ、いつもはあの子、家に誰か呼ぶなんてしないのにね」
そう言って微笑む花子の表情は、どこか嬉しそうで――母親らしい穏やかな誇らしさがあった。
「昨日もね、『その人、呼んで』って……何度も言うの。珍しく素直で。ふふ、どうせなら夕食も一緒にどうかしら?」
「えっ、あの……」
「……!?」
咲が思わずスマホを落としかける。
晴臣の顔をチラッと見て、それから慌てて目を逸らした。
「だめだ!」
パアンッ!
リビングに響く大声。エプロンを着た課長が台所から出てきてテーブルを叩いく。
「酒は出すな!絶対にだ! それとどこに座らせるかは俺が決める! 不埒なことを一つでも言ったら――」
「落ち着いて、あなた」
花子がスッと近寄って、エプロン越しに課長の胸を軽く押す。
「っは! すまん……」
「せっかくだから、食べていってくださる?」
花子が晴臣に優しく微笑みかけると、課長がぎこちなく咳払いをしてから口を開いた。
「……まぁ、いい。今日は許す。だが、酒は出さんぞ!死人が出る!」
最後に念を押すように呟きつつも、課長の声はどこか震えていた。
その横で咲が、晴臣に視線をちらりと投げた。
「べつにあたしが呼んだだけだし? 変な意味じゃないし?」
言い訳のように口を尖らせて、すぐにまたスマホを手に取った。
* * *
食卓に並んだ料理は、決して派手なものではない。
煮物、味噌汁、焼き魚、炊き立ての白米。
どれも素朴で、けれど丁寧に作られたものばかりだった。
「ほら、野菜も食べなさいって言ってるでしょ」
「ちょっと多いんだけど〜」
「文句言わないの、食べないとお肌荒れるわよ」
「うわ、またそういうこと言う」
花子と咲の軽妙なやりとり。
そこに時折、「それくらいで音を上げるな」と口を挟む課長の声。
家庭らしい喧騒と笑いが、湯気と共にぽかぽかとテーブルを包んでいた。
晴臣はというと――箸を止め、黙って味噌汁の椀を見つめていた。
(賑やかだ。いや、賑やかなんだけど……なんだろう、この暖かさ)
言葉にできない感覚が胸の奥に刺さって、声が出なかった。
ふと、向かい側から咲の視線を感じる。
彼女はご飯をよそいながら、何度も晴臣の方をチラチラ見ていた。
「……美味しくない?」
咲がポツリと聞く。
その言葉にハッと我に返った晴臣は、慌てて手を振る。
「い、いえっ、そんなことは全く! 全然!」
「……そ」
「どれも本当に美味しいです。煮物の味付けがすごく上品で……魚も、焼き加減が……」
「ふふ、ありがとう」と花子が微笑む。
だが、晴臣の言葉は徐々に弱々しくなり、最後には小さな声でこう結んだ。
「……なんだか……家族っぽい、お味ですね……」
一瞬の沈黙。
それを破ったのは、課長の鼻をすする音だった。
「……うっ……く……」
「また泣いてるの? もう」
花子が呆れたようにエプロンで課長の顔を拭く。
その様子に、咲は少し肩を揺らしながら笑い―
「……ふーん」
と、どこか柔らかい声で呟いて、またご飯を一口運んだ。
晴臣は、その様子を見て思う。
(……なんだか、夢みたいだ)
晴臣はこのあたたかさを、触れてはいけないもののように感じながら――それでも、口の中に残る“自分の知らなかった家族の味”を、ゆっくりと噛みしめていた。




