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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
31/96

家庭料理!

車が山本家の前に停まり、エンジンが切られる。

 

「よし……着いたぞ」

 

課長が呟きながらドアを開ける。

晴臣もそれに続き、車から降りた。

 

その背後で――

パタン、と一拍遅れて降り立つギャル・咲。

そのまま、無言で晴臣の背中をじーっと見つめている。

 

「……?」

 

背後から視線を感じて振り返る晴臣。

咲は睨むでもなく、けれど明らかに何かを観察していた。

 

(なんだろう、すごく見られてる……)

 

目が合うと、咲は無言でふいっと視線を逸らす。

その様子を見ていた課長はというと――

 

「うぅ……くっ……」

 

何かに耐えるように歯を食いしばり、そしてついに……

 

「……嫁にはやらんぞ……うちの娘は……!!」

 

ぼたぼたと鼻水を垂らしながら、しゃくり上げて泣き出した。

 

「でも咲が、どうしてもと言うなら……! しかたない……俺は男だからな……!」

「キモ」

「ぅわッ」

 

冷酷無比な一撃が飛ぶ。

咲は鼻水を垂らす父を冷ややかに一瞥し、そのまま家の中へと向かった。

 

「……ああ、辛辣すぎて涙が……ふえっ」

 

課長が嗚咽を漏らしていると、玄関のドアが開いた。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい、あなた」

 

柔らかな声と共に、山本花子がエプロン姿で出迎える。

年齢相応に落ち着きがありつつ、どこか可愛らしさを残した女性。咲とは似ても似つかない穏やかさだ。

 

「……また泣いてるの?」

「あ、いや、その、なんというか、父親としての義務というか……」

「あらあら」

 

花子はくすりと笑って、手にしていたエプロンの裾で課長の顔をやさしく拭った。

 

「まったく、外で泣かないでよね」

「うっ……すまん……」

 

晴臣は、ほんの少しだけ「いい家族だな」と思った。だが咲が部屋の窓から、またジッと晴臣を観察していた。

 

(怖っ)

 

晴臣はゾッとした。

 

* * *

 

玄関先のやり取りが一段落し、家の中へ案内される晴臣。

 

リビングに通されると、ほどよく広く、家族の生活感が滲む落ち着いた空間が広がっていた。

白と木目調を基調とした家具に、観葉植物と小物が並び、母親・花子の気配が色濃く漂っている。

 

咲はソファに座ってスマホをいじっていたが、晴臣が見るとすぐにそっぽを向く。

が、その目はチラチラとスマホ越しに様子を伺っているようだった。

 

「それで咲から聞いてたの。夫の職場の方って」

 

ふと台所から顔を出した花子が、やわらかく声をかける。

 

「え……あ、はい。少しだけ……」

「ふふ、いつもはあの子、家に誰か呼ぶなんてしないのにね」

 

そう言って微笑む花子の表情は、どこか嬉しそうで――母親らしい穏やかな誇らしさがあった。

 

「昨日もね、『その人、呼んで』って……何度も言うの。珍しく素直で。ふふ、どうせなら夕食も一緒にどうかしら?」

「えっ、あの……」

「……!?」

 

咲が思わずスマホを落としかける。

晴臣の顔をチラッと見て、それから慌てて目を逸らした。

 

「だめだ!」

 

パアンッ!

リビングに響く大声。エプロンを着た課長が台所から出てきてテーブルを叩いく。

 

「酒は出すな!絶対にだ! それとどこに座らせるかは俺が決める! 不埒なことを一つでも言ったら――」

「落ち着いて、あなた」

 

花子がスッと近寄って、エプロン越しに課長の胸を軽く押す。

 

「っは! すまん……」

「せっかくだから、食べていってくださる?」

 

花子が晴臣に優しく微笑みかけると、課長がぎこちなく咳払いをしてから口を開いた。

 

「……まぁ、いい。今日は許す。だが、酒は出さんぞ!死人が出る!」

 

最後に念を押すように呟きつつも、課長の声はどこか震えていた。

その横で咲が、晴臣に視線をちらりと投げた。

 

「べつにあたしが呼んだだけだし? 変な意味じゃないし?」

 

言い訳のように口を尖らせて、すぐにまたスマホを手に取った。

 

* * *

 

食卓に並んだ料理は、決して派手なものではない。

煮物、味噌汁、焼き魚、炊き立ての白米。

どれも素朴で、けれど丁寧に作られたものばかりだった。

 

「ほら、野菜も食べなさいって言ってるでしょ」

「ちょっと多いんだけど〜」

「文句言わないの、食べないとお肌荒れるわよ」

「うわ、またそういうこと言う」

 

花子と咲の軽妙なやりとり。

そこに時折、「それくらいで音を上げるな」と口を挟む課長の声。

家庭らしい喧騒と笑いが、湯気と共にぽかぽかとテーブルを包んでいた。

 

晴臣はというと――箸を止め、黙って味噌汁の椀を見つめていた。

 

(賑やかだ。いや、賑やかなんだけど……なんだろう、この暖かさ)

 

言葉にできない感覚が胸の奥に刺さって、声が出なかった。

 

ふと、向かい側から咲の視線を感じる。

 

彼女はご飯をよそいながら、何度も晴臣の方をチラチラ見ていた。

 

「……美味しくない?」

 

咲がポツリと聞く。

その言葉にハッと我に返った晴臣は、慌てて手を振る。

 

「い、いえっ、そんなことは全く! 全然!」

「……そ」

「どれも本当に美味しいです。煮物の味付けがすごく上品で……魚も、焼き加減が……」

 

「ふふ、ありがとう」と花子が微笑む。

だが、晴臣の言葉は徐々に弱々しくなり、最後には小さな声でこう結んだ。

 

「……なんだか……家族っぽい、お味ですね……」

 

一瞬の沈黙。

それを破ったのは、課長の鼻をすする音だった。

 

「……うっ……く……」

「また泣いてるの? もう」

 

花子が呆れたようにエプロンで課長の顔を拭く。

その様子に、咲は少し肩を揺らしながら笑い―

 

「……ふーん」

 

と、どこか柔らかい声で呟いて、またご飯を一口運んだ。

 

晴臣は、その様子を見て思う。

 

(……なんだか、夢みたいだ)

 

晴臣はこのあたたかさを、触れてはいけないもののように感じながら――それでも、口の中に残る“自分の知らなかった家族の味”を、ゆっくりと噛みしめていた。

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