ラブラブデート!
晴臣がリビングのドアを開けると、そこにはさっきまで大騒ぎしていた気配も消え、妙にしおらしい雰囲気をまとった姫野ルイが、ソファの前にちょこんと正座していた。
「ああ、そういえば片付けてくれてありがとう」
「べ、別に……自分が汚したわけでもないし……ハルくんの家が散らかってると、なんかムカつくってだけ」
言いながら、姫野は視線を晴臣に向けきれず、そわそわと指をいじる。
そして、ふと黙って顔を上げると、意を決したように言った。
「……ハルくんさ、今日ヒマ?」
「ん? まあ、特に予定はないけど……」
「──じゃあ、あたしと……で、デートしよ」
「デート?」
姫野はうつむきながら、しかし声だけははっきりしていた。
「べつにその、変な意味じゃなくて! おでかけっていうか、つきあってやるっていうか……そ、それなりに準備もしてきたし……」
「準備……?」
「う、うるさいな! ほら、まずは坂の上のカフェ寄ってさ──あたしの特製のケーキ、あんた前に食べたいって言ってたでしょ?そのあと美術館。今ちょうど、ルル…都市の風景画展やってんの。絶対あんた好きなやつ」
声が少しずつ高くなっていく。
「それでそのまま港に降りて、ちょっとだけ手ぇつないで歩いて、日が沈む頃に予約してたレストランでパスタ食べて……!」
晴臣が口を挟む隙もなく、姫野は身振り手振りで1日の流れを再現し、まるで既にそのデートが実現したかのような熱量を見せていく。
「んで最後は、ちょっと寒くなってきたし、あたしが持ってきたストール貸して──そしたら、ハルくんが『ありがとな』って言いながら、頭ぽんってして……それで……それで──」
──そこでふと、自分がどこまで妄想を口にしていたかに気づく。
「……っ、あぁー!? な、なに言ってんのあたし!?」
顔を真っ赤にしてバッと立ち上がり、耳まで染めながら晴臣の方に指を突き出す。
「い、いいから行くの! あんた、絶対に断っちゃダメ! 断ったら燃やす!!」
「……燃やす?」
「い、今のは比喩!とにかく、30分後に!覚悟しとけよっ!」
そう言って姫野はそっぽを向いて玄関に向かう。
その背中は、嬉しさを隠しきれないほど浮かれていた。
* * *
──昼下がり、港の遊歩道。
潮風がやさしく吹き抜け、波の音が静かに響く。
白いワンピースに身を包み、髪をふんわりと巻いた姫野ルイは、ベンチに座りながらそわそわと時計を見つめていた。
「遅い……もう十分すぎた。きっと、はじめてのデートだから、緊張してるのね。うん、かわいいとこあるじゃない、ハルくん……♡」
そう自分に言い聞かせるように微笑んだ、そのときだった。
「──おーい、姫野!」
聞き慣れた声が響く。
パッと顔を上げると、そこには……
「やっほーおまたせ」
「あいすー」
日傘を差した虹川真琴、その反対にはソーダアイスをくわえたミイナ・ジーゴの姿があった。
さらに、彼女たちを従えるように真ん中で笑顔の晴臣。
「姫野がデートって言ってたから、女性を連れてきたよ。楽しそうなほうがいいだろ?」
晴臣は何の悪気もなく、まるでピクニックに来たかのような笑顔で告げた。
「……は?」
姫野の脳内で、風景が砕けた。
美術館も、港のレストランも、手をつないで歩く夕暮れの帰り道も──すべてが、ドミノのように音を立てて崩れ落ちる。
「……おい」
「ん?」
「なぁ、海堂晴臣」
姫野のこめかみがピクピクと震え、手に持ったバッグがギュッと握りしめられる。
「これは……あたしと、あんたの、“デート”だったんじゃねえのかァアアッッ!!?」
「えっ、そうなの? いやでも、“デート”って男女でするものでしょ? だったら、女の子を連れてきた方が自然だと思って──」
「そういう意味じゃねえって言ってんだろこのアホ!!!!」
怒鳴りながら地団駄を踏み、姫野は晴臣の後ろに立つふたりを鬼のように指差す。
「お前はそういう奴だよな!?ほんっっっとそういうとこだぞ!! ぜんっぜんわかってない!! 空気って知ってる!? 緊張感って知ってる!? 恋って感情がどんなもんかわかってんのかあああああ!!」
姫野の絶叫が、港の空にこだました。
真琴はそんな様子を見て、悪戯っぽく口元を隠して笑っていた。
「ふふ……かわ」
「かわいくねえわッ!!」
ミイナはミイナで、蝶々がふわふわと近くを飛んでいるのを見て、ソーダアイスをぺろぺろしながら呟く。
「はるおみアイス食べる?あ、ちょうちょー…あー、ちょうちょ逃げたー…また来るよねぇ……」
晴臣はその間ずっと、「何かおかしいか……?」とでも言いたげに首をかしげたままだった。
そして異様に日傘の影が濃く、目が怪しく光っている真琴がとどめを刺すように一言。
「ルイちゃんは、自分だけ晴臣くんを独占できると思ったのかしら?ふふ……それはちょっと、おこがましいかも」
「──くっ、くっそ……!!」
姫野のこめかみに青筋が浮かび、口元が引きつる。
「ぜったい惚れさせてやる……!絶ッ対に!!」
真琴がくすくす笑い、ミイナがのんびり晴臣の手を引いて移動販売のアイスをねだっている。
姫野ルイの決意だけが、夏の陽差しの下でメラメラと燃えていた──。




