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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
25/96

生活課の酒豪!

「今日は……レバニラかな」

 

汐見市役所・生活課の職員、海堂晴臣はそう宣言すると、軽快に冷蔵庫を開いた。

料理好きではない。ただ、晩酌に合うものは“自分で用意する方が理想に近い”という信念があるだけだ。

 

にんにくの香りが立ち昇り、レバーがじゅうといい音を立てる。

濃い味、スタミナ満点──これに合うのはどんな酒か。

彼の脳内では、料理と酒のベストマッチングを探すシミュレーターが高速回転していた。

 

「今日は呑みたい気分だな……なら“地獄の二段構え”でいくか」

 

リビングの隅に並ぶ、二台の冷蔵庫。

一般家庭ではまずお目にかかれない光景だが、そこには世界各地の高級酒がぎっしりと詰まっている。

片方は日本酒とワイン系、もう片方はウイスキー、リキュール、果ては未登録のクラフトスピリッツまで。

 

──なぜこれだけの備蓄があるのか?

 

理由は単純だ。

 

まず彼の周囲には、「酔わない」存在がいる。

 

虹川真琴、姫野ルイ。

 

──だが、そんな彼女たち(彼)を、“潰す”ことができる男。それが海堂晴臣である。

 

「さて……今日は真琴が来る気配がないし、ひとりでゆっくり……」

 

そう思ってテーブルに酒とグラスを並べた、その瞬間。

 

「やっほー」

 

ひらひら。

 

白く細い指が、ソファの上で優雅に揺れる。

 

「……」

「遅いよ、レバニラ冷めちゃうじゃない」

 

勝手に盛り付けを始めている虹川真琴。

人の家なのにくつろぎきっているあたり、図々しいというよりも「異常」である。

 

「……真琴、どうせ酒目当てだろ」

「失礼だなぁ、私は晴臣くんの人間味を愛して来てるんだよ。ついでにお酒もちょっと、ね」

 

にこり、と微笑む真琴の表情はどこか艶めいていたが──

晴臣は慣れているので無視した。

 

「ついでにって言うわりには、“あんまり”呑めないだろ?」

「いや、いい加減自分が普通の人間と違ってる事を認識したまえよ。私達を潰せるのは普通ではないから」

 

真琴は不思議そうに、自分の指先を見つめる。

酔わないはずの脳がふわふわと揺らぎ、頭の中に霞がかかるような感覚。

──その正体は、晴臣に合わせて呑む事によって先に潰れる予想だった。

 

「ねえ、今日も潰してくれる?」

「その言い方やめろ。犯罪感あるから」

「じゃあ……“溺れさせて”? あなたのグラスで」

「余計にヤバい!」

 

真琴の言葉にツッコみながら、晴臣はグラスを二つ置いた。

一つは自分用、もう一つは真琴に。

 

「ほら、始めるぞ」

「うふふ。乾杯、晴臣」

「乾杯、真琴。──合わせなくていいんだぞ?」

 

晴臣の優しさに、真琴の酔わないはずの頬が、早くもほんのり赤い。

“酔い”の概念を超えた晩酌が、今夜も静かに、しかし異常に幕を開ける──。

 

* * *

 

あいつ、もう人間やめてるだろ

 

いつも言われるセリフだが、それを告げたのは過去に彼と一度だけ“飲み会”を共にした男。

汐見市役所生活課、課長である。

 

※なお現在も海堂晴臣は「課内飲み会への出禁」を通達されている。

 

──理由は簡単だ。

 

「人間の限界を見たくない」という全会一致の総意。

 

 

 

「ふぅー……やっぱ最高だな」

 

その張本人である晴臣は、今日も己の限界を微塵も意識せず、琥珀色の液体を喉に流し込んでいた。

軽く飲んで開けたボトルは既に4本目。それでも、彼の顔色ひとつ変わらない。

 

「ねえ、晴臣くん」

 

隣のソファで肘をつきながら、虹川真琴がグラスを傾ける。

彼女のグラスには淡いピンク色のカクテル──だが、当然それは味を楽しむだけのもので、本来なら彼女のような存在には“酔い”など訪れない。

 

「晴臣くんって、本当におかしいよね。アルコールにも、怪異にも無関心すぎる」

「え? そうか?」

「そうだよ。今さ、致死量超えてるからね? 普通の人間なら……うん、もう肝臓破裂してると思う」

「へえ。便利な体だな俺」

「もはやそれ、眷属って言われても信じるよ?」

 

晴臣は真顔でグラスを傾けた。

 

「それ、お前らに言われるのが一番おかしいからな」

「くすくす」

 

真琴は笑う。

彼女の目の前で、静かに、無感動に“危険”を繰り返す晴臣。

その姿は、もはや“狂気の中で安定する何か”に見えた。

 

「ふふ……いいなぁ。人間って不思議」

 

酔いもせず、傷つきもせず、淡々と生きる。

それなのに、ただ一人で異形たちを凌駕する瞬間がある。

 

「……だから好きになっちゃうのかもね、晴臣くんのこと」

 

「……ん?」

「なんでもないよ」

 

にこりと笑って、真琴はグラスを揺らす。

今夜は彼の“人外じみた酒量”を肴に、ひとりの怪異がしっぽりと呑む──そんな、静かで奇妙な晩のひとときだった。

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