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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
24/96

ミイナの日常!

あー、めんどくさいなぁ……。

空も、海も、地面も、全部まるっと灰色になってる国で、災害級の怪異がわたしを待ってるって。

めんどくさい。でも——。

 

わたしがいま住んでる部屋って、

はるおみの部屋の、ほんっとーにすぐ隣なんだよね。ドア開けたら2秒で会えるくらい。

 

それって、すごくない?

この特権を失うくらいなら、世界のひとつやふたつ、救ってやってもいいって思っちゃうよね〜。

 

だから、行った。

時間的には日本だと午前2時くらいだったかなぁ……?

怪異はあんまり喋らないタイプで、天候をぐるぐる引きずるのが趣味らしい。

 

「わたし、はるおみの近くにいたいから〜。ちょっと静かにしてくれる〜?」

 

って、お願いしてみたら、暴風で返事された。

めんどくさ。

 

だから、ちゃちゃっと処理して帰った。

組織は天候を“ハリケーン”ってことにして、報道の人たちにはちゃんと隠しといた。うちの組織ってその辺は得意なの。慣れてるから。

 

で、その翌日——。

 

「ミイナさん、あのニュース見ました? 海外旅行に行ってたって言ってませんでしたか?」

 

はるおみが、わたしの部屋の前で笑って言った。

あ、だめ。それ、だめ。

はるおみに聞かれたら答えちゃいたいけど、

口滑らせたら、あの鬼ババに怒られる。

 

「えっ……ああ〜……それは〜……そのぉ〜……ちょっと〜、こう、ねぇ〜……」

 

って誤魔化してたら——

 

「はいストップ!それ以上は機密案件なんで言わなくて大丈夫でーす!」

 

横から幸太郎が物凄い形相で割り込んできた。

 

「っていうか海堂くんも!君わかってて聞いてるよね!彼女、すごく口が軽いから!」

「えっ、軽いんですか」

「軽いんですよ!むちゃくちゃ!」

 

幸太郎さんの必死なフォローと、はるおみのぽかんとした顔。

それを見てたら、ちょっとだけ、頑張って良かったな〜って思った。

 

……べつに。

地球が助かったとか、怪異が封じられたとか、そういうことじゃないんだよね。

 

となりに、はるおみがいる。

 

それが一番、だいじなこと。

 

* * *

 

今日は、おやすみ。

ちゃんとした、おやすみ。

組織の仕事は、すっごく重いけど、オフの日は、すっごく軽い。

 

だから——

 

「ふわ〜あ……いい天気〜……」

 

わたしは、ゆっくり外に出て、ゆっくり歩く。

どこに行くとか、何をするとか、なにも決めずに。風にまかせて、ぼーっと。

 

「……さっきからずっと、同じ場所を三回通ってるけど……道に迷ってるのか?」

 

後ろから、幸太郎のぐったりした声がした。

えー、そんなことないけどなぁ〜……。

 

「べつに。ここ、ネコが通るんだよ? このへんの植え込みの下に、隠れてるの」

「また猫かよ、この前も二時間座り込んでただろ。また僕の腰を壊すつもりか?」

「それは、幸太郎の体幹の問題じゃない?」

「心の体幹がやられてるんだよ、こっちは……」

 

幸太郎は、はるおみ程じゃないけど面白い。

それに今日はラッキー。ほら、また会えた。

 

「……あ、いた。茶トラくん、今日は機嫌いい?」

「ニャー……」

 

ふふん。ちゃんと返事もしてくれる。

近づいても逃げないの、わたしのこと、覚えてるのかも。

すりすりってされたら、もう、しあわせの上書き保存だよねぇ〜。

 

「組織の最強格が野良猫に時間取られてていいのか?」

「いいの。わたしのオフは、せかいより、ネコ」

「仕事中と落差が激しすぎる……」

 

満足して歩き出したら、またふと、足が止まった。

ふつうの道端。だけど、そこにちょっとだけ、光る石があった。

 

「あー……この石、いいな〜。まるっこくて、ちょっと紫で、さわりごこちが……ひんやり……」

「また石……」

「うん。連れて帰ろうかな〜」

「やめろ。部屋石で埋まってるだろ。もう“ジーゴストーン博物館”だよ……」

「だって、こいつ、わたしに拾われたがってる……」

「もう知らん……」

 

ふふふ、幸太郎は今日もいっぱいため息ついてる。

監視って知ってるけど、ちゃんとついてきてくれるんだよね、こういう日でも。

 

わたしは歩く。風に流されるように、自由に。

だって、わたしのオフは、だれのものでもない。世界のものでもない。

たぶん、ネコと石と——それから、はるおみの近くにいることが、いちばん大事なんだ。

 

* * *

 

きょうの午後はやさしい。

風もやさしいし、ひなたもやさしいし、石もやさしい。

だから、わたしはごきげんだった。

 

はるおみに会えたけど、仕事でいなくなってちょっとさみしいけど、石がいるからだいじょうぶ。

この石、なんとなく「おでこ」って名前にした。ぺたぺたしてるから。

 

「もう帰んねぇ?今日だけで石、七個拾ってんぞ。お前、そろそろ国家規模で地盤に影響出るわ」

 

よこにいた幸太郎が、またちょっと怒ってる声を出してた。

でも、ミイナはきょうは石に集中してるから、きこえないふり。

 

──「泥棒カニだ」

 

ふいにきこえた、声。

ちいさいけど、妙に耳にひっかかった。

「泥棒カニ」。

それは、わたしの記憶にひっかかる言葉だった。

 

「…………」

 

体が、ひとりでに起き上がる。

まるで反射みたいに、ピッと背筋がのびて、空気が冷たくなった。

目の奥が、じんじんする。あれは……警戒すべき、もの?

 

「お、おい、なに急に……? 冗談だって、あれは──」

 

幸太郎が言いかけたとき、風がふわっと流れて、もう一人の“におい”が混ざった。

──やっぱり

 

「こんにちは、少年。相変わらず苦労してるわね?」

 

来た。

やっぱり能面女が来た。

 

にこにこしてるけど、はるおみと違って“ちっともやさしくない”。

つるんとした顔。けど、笑ってるその顔は、まるで仮面。

表情が浮いてる。目が笑ってない。ぜんぜん。

 

くるりとスカートの端をひらめかせながら、能面女がこちらへ一歩歩く。

近づく足音。

幸太郎の横、わたしの前に立つ。

 

「“泥棒カニ”と“泥棒エビ”、どっちが似合うと思う? 少年」

「は?僕のこと?」

「それでカニとエビ、どっちが似合うと思う?この子に」

「知らないですよ、てかなんで“初対面”の僕に聞くんですか?この子にも失礼ですよ」

「あなたのご友人、どっち寄りかしら? ま、どちらでも“泥棒”には変わりないのだけど」

「“名前も知らない人”に言われる筋合いないですよ!!」

 

能面女を“本当に知らなそうな”幸太郎に、

わたしはそっと、能面女を見上げた。

いつも通り、白いシャツ。風に髪がなびいてる。でもその影が、地面に落ちると、妙に鋭く見えた。

“相変わらず”むかつく姿にわたしの中で、知らない何かがうずいた。

 

「……わたし、なにも盗ってないよ?」

「そうかしら?」

「はるおみのこと、“まだもらって”ない……」

「…」

 

ピリ、と音がするような緊張。

空気の匂いが、つん、とした。

 

「それに、はるおみのこと“ずっと”見てるの知ってる」

「…」

「そういうのストーカーって言うの知ってる?」

 

ほんの一瞬。

能面女の目が、すこしだけ細くなった。

その笑みは崩れなかったけど、すこしだけ、本気が見えた気がした。

 

「…ドローだね、ミイナちゃん」

「……うん。きょうは」

 

彼女は踵を返して去っていく。

遠ざかる背中を、石を胸に抱えながら、わたしは見送った。

隣で幸太郎が言った。

 

「お前は結局、なんで急に立ち上がったんだよ?“あの女の人”と知り合いか?」

「……カニって言われたこと、むかし一回あるの。ちょっと“くやしかった”から、反応しちゃった」

「お前が“くやしい”とか思うのな……」

「あるよ〜……石、かわいいし」

「いや会話成立してねぇ」

 

午後の風は、やっぱりやさしいままだった。

けど、あの能面女嫌い。

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