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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
21/96

お怒りラブリー!

姫野の思わず出た素の声に、ざわつく店内。

 

 しかし次の瞬間――姫野はニコォッと、作られた笑顔を顔面に張りつけた。

 

 「う・ふ・ふ〜♡ ご来店ありがと〜ハルくぅ〜ん♡」

 

 こめかみがぴくぴくと不自然に跳ね、口角が引きつっていた。なのに声はあくまで甘く、とろけるように可愛らしい。

 

 「きょっ今日は〜、せっかくのご来店ってことで〜、特別に〜……VIPルームへ♡」

 

 バキィ、っと効果音が聞こえそうな勢いで、姫野は晴臣の腕を鷲掴みにした。

 

 「うわっ、姫野、痛っ……折れ――」

 「ささっ、どうぞどうぞぁははは♡ お連れしま〜すぅ〜♪」

 

 ほとんど引きずるようにして、晴臣を奥の扉へと連れていく姫野。その足取りは軽やかだが、背中から黒いオーラが湧き出しているように見えた。

 

 そして。

 

 取り残された香奈へ、姫野がぴた、と振り返る。

 

 顔は笑顔。目元も口元もにっこり。でも、その目は決して笑っていない。

 

 指先だけで、ひらひらと手招きするその仕草は、まるで「処刑場はこちらです」とでも言いたげだった。

 

 香奈はほんの数秒固まったのち、ゆっくりと……死刑囚のような足取りで、その手招きに従って歩き出した。

 

* * *

 

 「こちらへどうぞ〜♪ 今日は特別にVIPルームをご案内しちゃいますね〜」

 

 明るく取り繕うような姫野の声に導かれ、晴臣と香奈はカフェの奥へと連れていかれる。VIPルームなどと称されているが、実際には従業員の休憩用に使われている、狭い店長室。小さなソファと無機質なスチール机、そしてポスターだらけの壁が特徴の雑多な空間だ。

 

 「どうぞ、こちらの椅子にお掛けください、香奈ちゃん♡」

 「で、お前は地べたに座ってろ、バカ」

 

 言いながら、姫野は晴臣の背中を軽く押してそのまま床に突き飛ばすようにする。

 

 「え、俺……地べた?」

 「黙れ」

 

 姫野はドスンと仁王立ちになり、まるで炎でも噴き出しそうな勢いで晴臣を見下ろした。

 

 「はぁ!? なに? なにその無神経さ!? なんでよりによってデートにこの店選ぶの!? 俺に対する当てつけ!? わざわざ見せに来たの!? 女心のわからんアホ! ノーロマンス脳筋モンスター!!」

 

 バンッと机に手を叩きつけ、畳みかけるように怒号を飛ばす姫野。香奈が思わず目を丸くしながら、オロオロと姫野と晴臣を交互に見つめる。

 

 「いや、お前……男じゃん」

 

 その一言に、室内の空気が静止する。

 

 「……」

 「……今のタイミングで、それはちょっと……」

 

 ぽつりと香奈が呟く。その言葉は、完全に火に油だった。

 

 「~~~~~~~~~~~っっっ!!!」

 

 姫野の顔が真っ赤を通り越して、何かが爆発しそうな気配を見せる。両手をぷるぷると震わせ、歯を食いしばり、まるで口から火を噴きそうな勢いだったが――

 

 「……あんがーまねじめんと……あんがーまねじめんと……深呼吸……あぁああ゛あ゛あああ!!! ……ふぅー……ふぅー……おーけー……冷静……冷静……俺は大人……おとなって……何……?」

 

 目を見開いたままぶつぶつと呟きながら、怒りのスチームを文字通り頭から噴き上げつつ、姫野はなんとか理性を保とうとしていた。

 

 どうにか理性のリードを保った姫野は、肩を大きく上下させながら、じりじりと怒りの圧力を収束させていく。そしてしばらくの沈黙のあと――

 

 「……ババアの方じゃなくて……よかったわ、ほんと……」

 

 絞り出すような声でそう呟き、項垂れるように香奈へと視線を向ける。さっきまでとは打って変わった静かな視線。だが、そこにはまだ微かに震える感情の残滓が見え隠れしていた。

 

 香奈はどこか気まずそうに、けれども申し訳なさげに小さく頭を下げる。

 

 「えっと……す、すみません……なんか……」

 「香奈ちゃんは謝らなくていいの……悪いのはそこに転がってる脳筋……」

 

 姫野は言いながらスッと立ち上がり、手元のメモ帳とペンを取り出す。表情を切り替えるように、プロの笑顔を浮かべた。

 

 「とりあえず……注文、聞くわ。うちのカフェはオーダーが命。香奈ちゃんは何か食べたいものとかある? 甘いものでも、しょっぱいのでも、限定メニューでもいいわよ」

 「えっ、あ、じゃあ……おすすめってありますか?」

 「もちろん! 今日のスイーツは“海辺のレモンタルト”と“星屑ショコラパフェ”、あと塩気が欲しいなら“カリカリベーコンのクロワッサンサンド”が絶品よ」

 「じゃ、じゃあ……レモンタルトを……」

 「了解、香奈さんにはレモンタルトとミルクティーね。……で、お前は?」

 

 座ったまま上を見上げる晴臣に、姫野は蹴りを入れながら冷たく尋ねる。

 

 「え、じゃあ俺も……クロワッサンサンドと……コーヒー」

 「つかむなアホ!ちょっと待ってろ、地べたマン」

 

 何事もなく蹴りを受け止めた晴臣にぴしゃりと最後に一言残して、姫野は注文を取りに店長室を後にした。香奈は姫野の背中を見送ってから、小声で晴臣に尋ねる。

 

 「……あの、ほんとにデートじゃ……ないんですよね?」

 「うん? 全然。お礼ってだけ。だってほら、姫野がまた来てって言ってたし」

 「……ああ、やっぱり……そういう人なんですね……」

 

 香奈は呆れを含んだ小さな笑みを浮かべながら、ふぅと静かに息をついた。

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