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汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
14/96

神隠し!

生活課の課長机に、晴臣の辞令書よりも重たく、空気の読めない沈黙が落ちていた。

 

 「海堂、行ってきてくれ」

 

 ようやく顔を上げた課長が、胃薬と書類の山の間から、ぼそっと呟いた。

 

 「例の神隠しですか?」

 「そうだ。今朝で四人目が行方不明になった。どれも深夜に人気のない場所で忽然と消えてる。現場近くでは何かの咀嚼音が聞こえたって通報もある……どうも失踪じゃねえ」

 「ふむふむ」

 

 晴臣は資料をめくり、指で地図をなぞる。特定の地域で起きており、どうやら『それ』は一つの場所に棲みついているらしい。

 

 「……で、彼女は?」

 

 応接ソファの方に目をやると、真琴は組んだ腕にさらに力を込め、今にもクッションを引き裂きそうな勢いだった。

 

 「当然、同行していただくわ。というか今すぐ行け。今すぐ、今すぐ!」

 

 課長がバンッと足を踏み鳴らし、クリアファイル越しに真琴へ指をむける。

 

 「え、でもこのあと会議が――」

 「キャンセル。全部。行け」

 「はい」

 

 晴臣が即答すると、課長がぐぅと呻きながら机に突っ伏した。

 

 「真琴さん、ちょっとだけ落ち着いてくださいよ。昨日は偶然だったんです」

 「私よりも連中やあの男が大事ってこと?」

 「いや、そういうつもりでは……まあでも今日はご一緒しますから。ね?」

 「……ふん」

 

 真琴はそっぽを向いたが、わずかに貧乏ゆすりの振動が収まっていた。課長は内心でガッツポーズを取りつつ、資料を鞄に詰めた。

 

 * * *

 

 現場に向かう道すがら、晴臣は真琴と怪異の種類についての話をする。

 

 「今回の件、『神隠し』って言われてますけど、実際の怪異は不明ですね」

 「晴臣くん、珍しく真面目な顔してるじゃない」

 「ええ、だって人が死ぬ可能性があるので」

 「……ふーん」

 「ただ、勘違いしないでください。怪異って全部が全部危険なわけじゃないんです」

 「知ってる。」

 「ええ。怪異にも色々いるんです。むしろ――」

 

 晴臣は空を見上げて言葉を続けた。

 

 「人間側が原因で怪異を暴走させるケースのほうが多いです。たとえば“もきゅ”の件みたいに、過剰な祀り方や、都市伝説化によるイメージの固定で、“本来とは異なる形”に変質してしまう」

 「人間って、愚かね」

 「でも、面白いです。そんな人間と怪異の“すれ違い”を解決するのが僕の仕事ですから」

 「……へぇ」

 

 真琴がわずかに微笑む。彼女の表情が柔らかくなると、世界の空気が少しだけ軽くなった気がした。

 

 そうして、ふたりは目的の現場――林に囲まれた古びた神社跡にたどり着く。

 人気のない林道を抜けた先に、朽ちた鳥居と、崩れかけた小さな社があった。そこが、最後の目撃地点だった。

 

 「……雰囲気ありますね。『神隠し』ってより、“お祀り忘れ”の怨念案件っぽいな、これは」

 

 晴臣がそう呟きながら、地面をしゃがんで観察する。雑草の間に、小さな引きずり跡。さらに、草の一部が黒く変色している。

 

 「腐ってる……いや、溶けてる?」

 「晴臣くん」

 

 後ろから、低く、鋭い声。

 

 「美味しそうに食べてるよ」

 

 真琴が言い切る。その顔にはいつもより笑みを深めた顔があった。

 

 「……どうして分かるんですか?」

 「臭い。空気。気配。あと……喉の奥が疼く」

 「こ、怖……」

 「安心したまえ、晴臣くんのことは喰わないわよ」

 「そっちじゃなくて……」

 

 真琴は社の奥に目を向ける。木々の向こう、地面に口のような裂け目があり、何かぬめついた肉が引っかかっていた。

 

 「珍しいわね、人喰い系が人間の目につく場所に出るなんて。普段はもっと深い森か、忘れ去られた場所に巣を作るのに」

 「人のほうが、近づいちゃったんですかね?」

 「かもね。あるいは、“人の味”を知ってしまったか」

 

 晴臣は内心、ぞっとした。

 真琴が“喰う側の感覚”で話していることに。

 彼女の言葉には、実感があった。思考ではなく、知覚。それが証明するのは――彼女が、怪異にとって“同類”であること。

 

 「……さて、じゃあ仕留めましょうか」

 「え、あの、対話とか――」

 「食べた人の数による」

 

 真琴の目が一瞬、紫がかった輝きを放つ。

 

 その視線の先、社の奥で、何かが“咀嚼”するような音を立てた。

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