表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汐見市生活課!  作者: ケン3
本編
12/96

苦労人と自由人!

キッチンに立ちながら、晴臣はふと時計を見た。

湯切りした中華麺を流水で冷やしながら、冷蔵庫から錦糸卵ときゅうり、ハムを取り出して器に盛りつけていく。

 

 ――三人前。

 

 別に何か約束があったわけではない。ただ、経験則だった。

 ミイナが来れば、彼も必ず探しに来る。

 

「……そろそろ来る頃だろ」

 

 ひとりごちて、梅酢を利かせた特製ダレを小鉢に注ぎながら、冷蔵庫から氷を出して冷茶の準備も整える。

 そうして出来上がった皿をテーブルに並べたところで、先に座っていたミイナが目を輝かせた。

 

「はるおみ、天才〜! 三人前!? 全部食べてもいい〜?」

「ダメだ」

「え〜〜〜〜……」

 

 まるでお預けをくらった子犬のように、ミイナがしゅんと肩を落とす。

 晴臣はそんな様子に微笑しつつ、そっと告げる。

 

「もうすぐ“彼”が来るからな。お前がきてるの、いつもバレてるだろ」

「うぅ〜……こわいぃ……」

 

 耳をふさぎ、ぷるぷると震え始めるミイナ。

 その様子を見ながら、晴臣は涼しげに茶をすすった。

 

 ――ピンポーン。

 

「来たな」

 

 立ち上がった晴臣が玄関のドアを開けると、そこに立っていたのはスーツ姿の青年だった。

 ダークグレーのジャケットの襟をぐいと引き直しながら、ぐったりとした目で晴臣に会釈をする。

 

「……ミイナ、来てませんか?」

「当たりだな。三人分、用意してある」

「予知能力でも持ってるんすか、海堂さん……」

 

 目元を押さえながら、彼――橘幸太郎は肩をすくめた。

 額に汗を浮かべてはいるが、それでも隠しきれない整った顔立ちは、まるでモデルのようだ。

 

 それが余計に、彼の疲労を目立たせていた。

 

「っていうか、なんで僕が探しに回らないといけないんですか……上の指示ですか? 違いますよね? 完全に僕個人が損してません?」

「さあ……でも、君が来てくれるって信じてるよ。君も仕事お疲れ。冷やし中華あるから食べていくといい」

「はぁ、そんなんだからあんな連中に……じゃあ遠慮なく」

 

 晴臣が靴を脱ぐ橘にスリッパを差し出すと、そのまま自然と橘は居間へ。

 テーブルの上の料理を見るなり、ミイナはひらりとテーブルの下に潜り込んだ。

 

「わたし、いないよ……おそうじロボだよ……」

「うわ……やっぱりいた……」

 

 橘は天を仰いだ。

 そして静かに、無言でミイナのフードを引き上げる。

 

「サボった報告、あとでちゃんとするから。逃げるなよ?」

「うぅ……幸太郎、こわい……」

「お前が言うな」

 

 静かに進行する追いかけっこ前夜。

 晴臣はいつもの光景に、ただ静かに冷やし中華をすするのだった。

 

* * *

 

 

 食後の時間は、どこまでも穏やかだった。

 

 窓からは風鈴の音がかすかに届き、涼しい風が部屋を通り抜けていく。

 晴臣と幸太郎はちゃぶ台を挟んで座り、茶をすすりながらゆるやかな会話を交わしていた。

 

「で、最近どうなんです?秘密のお仕事ってやつは」

「死ぬほど面倒です」

 

 幸太郎は即答した。

 それが冗談ではないことは、その顔に浮かぶ疲労の色が証明している。

 

「人類に友好的ってだけで、こいつも本質的には“あっち側”なんですよ? 調査任務中に花火大会に行ったり、カフェのプリンの食べ比べレポート提出してきたり……」

「文化理解の研究としては優秀なんじゃないか?」

「文化“堕落”です」

 

 どこか自棄気味な幸太郎の言葉に、晴臣はふと笑ってしまう。

 まるで兄妹のようにすっかり馴染んでいる二人のやりとりに、親戚のような安心感すらあった。

 

 一方で、その当の“問題児”であるミイナはというと――。

 

「ふふーん……冷凍庫、こおりの王国〜」

 

 勝手にキッチンに入り、冷凍庫を開けて中を覗き込みながら、にやにやしていた。

 そして満足げにアイスバーを一本取り出し、ペリリと包装を剥いでかじりつく。

 

「アイスの民に感謝〜」

「お前、それ俺のだぞ……」

 

 晴臣が苦笑しながらツッコミを入れるが、ミイナは聞こえていないふりをして、床に座り込みアイスに夢中になっていた。

 

 ――そのとき、室内に唐突に鳴り響く着信音。

 

 幸太郎のスマートフォンが震えながら光りを放つ。

 その発信元を見た瞬間、彼の顔からスッと血の気が引いた。

 

「……うわぁ……」

 

 まるで死刑宣告を聞いたかのように天を仰ぎ、彼は重く、深く、心の底からのため息をつく。

 

「“上”ですか?」

「“上”です……」

 

 晴臣の問いに、幸太郎は目元を押さえながら立ち上がった。

 その姿は、まるで敗戦濃厚な兵士のようだった。

 

「ミイナ、帰るぞ」

「やだー! 今いいとこなのにー!」

「知らん。帰る」

「ヤダヤダヤダ! アイスの民は自由を愛するのー!」

「お前、あとでアイス十本分くらい説教な……」

 

 抗議の声をあげながら、ミイナはじたばたと床を転がるが、幸太郎は慣れた手つきで彼女の腕を引っ張る。

 逃げようとする彼女をずるずると引きずりながら、玄関へと向かっていった。

 

「じゃ、海堂さん。いつもすんません、ありがとうございました」

「いや、ご飯くらいならいつでもおいで」

「僕が女だったら惚れてますよ、ホント」

 

 最後まで疲れた顔のまま、幸太郎はドアを閉めて去っていった。

 引きずられていくミイナの「アイス食べ足りない〜〜〜〜〜」という哀しげな絶叫が、廊下にこだましていた。

 

 そして訪れた静寂に、晴臣はふぅと小さく息を吐きながら、茶をすする。

 

「……さて、洗い物するか」

 

 相変わらずの夏の夕方だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ