管理人!
地に足を踏み入れた晴臣は、ふと違和感を覚えて足を止めた。
敷地内の掃除道具がいつもより整然と並んでいる。花壇の雑草も綺麗に抜かれており、手入れが行き届いている印象だ。
(……お孫さん、今日は本気出してるな)
そう思いかけて、視線の先に立つ人物に気づいた。
黒いライダースジャケットに細身のジーンズ。クールな佇まいで、うつむき加減にスマホを見つめているその女性は、彼の知る“いつもの管理人”ではなかった。
「あれ、香奈さん?」
呼びかけに反応して顔を上げた彼女――**幽谷香奈**は、少し驚いたように目を瞬かせた。
「あ……海堂さん。こんばんは」
ぼそりとした声。伏し目がちで視線を合わせない。
彼女は幽谷カミエの孫であり、普段はこのアパートに顔を出すことが祖母の代わりに管理人を務めている。
「今日は結構おしゃれなんですね?」
「……おばあちゃんが温泉に行こうって…」
肩をすくめるようにしてそう言う彼女の様子は、どこか場違いなほど初々しい。
だがその時、不意に晴臣の後ろから人物が現れた。
「香奈ーっ♡」
飛びつくように香奈の背中へ回り込む腕。
その正体は――普段から静謐な威厳を放つ、あのカミエ本人だった。
「おばあちゃん!?海堂さんと一緒だったの?」
「若い男の子もいいけどやっぱり香奈がいないと落ち着かなくて」
香奈の頬がみるみる赤くなる。
抱きしめられ、頬をすりすりされながら、彼女は抵抗するでもなく、ただ居心地悪そうに固まっている。
「や、やめて……海堂さんが見てる、から……」
赤面しながら身をよじる香奈の姿に、晴臣はふとある考えに至った。
(……いや、姉妹って言われても全然通るな)
香奈の地味で無愛想な雰囲気と、カミエの華やかな美貌は正反対に見える。だが、年齢を知っていなければ、並んだふたりはどこか似通って見える――特に、眼差しの奥にある柔らかさが。
そんな晴臣の視線に気づいたのか、香奈が一瞬だけ目を合わせ、またすぐに逸らした。
「か、海堂さん……すみません、見苦しいところ……」
「いえ、なんか……微笑ましかったです」
そう言うと、香奈はますます顔を伏せてしまう。
カミエは相変わらず香奈に甘えるようにしがみついていた。
「じゃ、俺はそろそろ。おふたりとも、お疲れさまです」
軽く頭を下げて、その場を離れる。
背後からはまだ「香奈〜可愛い〜」「やめてほんとやめて……」というやり取りが聞こえていた。
晴臣は微笑ましさを胸に、アパートの階段を上っていった。