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幻の名君:李建成:02

〇『運河をほった男 ―隋の煬帝・楊広―』


静かな朝だった。


604年、長く中国を治めた皇帝・楊堅ようけんが、ひっそりとこの世を去りました。

人びとは、強くてまじめだった彼のことを「文帝ぶんてい」とよび、国じゅうがその死を悲しんだといいます。


そして、後をついで皇帝になったのは――その子、楊広ようこうという男でした。


「父上が築いたこの国を、もっともっと大きくしてみせるぞ」


玉座にすわった楊広は、そう言って高らかに笑いました。

これが、のちに煬帝ようだいとよばれる皇帝です。



煬帝は、とても頭がよく、知恵も勇気もある人でした。

しかし、なにごとにも「急ぎすぎる」性格でもありました。

人の話を聞くよりも、自分の考えを押し通すことのほうが多かったのです。


そして605年、彼は大きな計画をはじめました。

「南の食べ物を、北の都へすばやく運ぶにはどうすればよいか」

その答えが、「運河うんがをつくること」だったのです。



「地図を持て! 測量隊を集めよ! 民に知らせろ!」


煬帝の声が、宮殿中にとどろきました。

こうして、長い長い水の道――大運河だいうんがの工事が始まったのです。


洛陽らくようから、開封かいほうを通り、遠く杭州こうしゅうまでつづく巨大な運河。

この水の道が完成すれば、お米や野菜、絹や塩を、船で一気に運べるようになります。


「これが完成すれば、民の暮らしも、国の富も、みな豊かになるぞ!」


煬帝の目は、未来の光を見ているようでした。



けれど――


現実は、そうかんたんなものではありませんでした。


運河をほるためには、何十万という人夫じんぷ=重い荷を運び、土をほる労働者が必要でした。

彼らは、まいにち朝から晩まで、汗まみれになって働きます。

けが人も病人もふえ、食べ物も足りません。


「これでは……まるで戦よりつらい……」


人びとのあいだに、しだいに不満と怒りがたまっていきました。


それでも、煬帝は工事を止めませんでした。

国のため、未来のため、と信じていたのです。


「いまは苦しくとも、いつか感謝される日が来る。そうであろう?」


玉座にすわる皇帝の言葉を、誰も止めることはできませんでした。



こうして作られた大運河は、のちの中国に大きな影響をあたえることになります。

物流、農業、都市の発展――すべては、この「水の道」から生まれたのです。


けれど、民の心は――

このころ、すこしずつ、皇帝から離れはじめていました。



〇『北の国、高句麗へ ―煬帝と三たびの遠征―』


――風が冷たい、冬の朝。


高句麗こうくりが我が国にひざまずかぬと申すか……?」


玉座の上、煬帝ようだいの目がかすかに光った。


朝鮮半島の大国・高句麗は、昔からたくましい戦士をたくさん育ててきた国である。

その王・嬰陽王えいようおうは、煬帝からの使いにこう言った。


「隋の命に従うつもりは、ありません」


……これは、はっきりとした拒絶きょぜつであった。



「これは、無礼である。戦を起こして、我が隋の力を示さねばならぬ!」


煬帝は、ただちに大軍の準備を命じた。


兵士の数、なんと百万人にのぼったという。

船や馬、武器や防具、食料の手配――すべてにおいて、民の力が必要だった。


「都のまわりだけで足りぬ。村からも人夫を出せ。食糧も出せ」


役人の声が、町や村に響きわたった。


農民たちは不安を胸に、重い荷を運び、水をくみ、馬をひいた。

だれもが言葉には出さぬが、顔にはつかれと怒りがにじんでいた。



そして、610年――

ついに、高句麗遠征が始まった。


「勝って帰るぞー!」


「天子さまの名にかけて!」


兵士たちは大声をあげ、広い野を進んだ。

けれどその先にあったのは――きびしい自然と、つよい敵であった。


高句麗の兵たちは、山にかこまれた土地をいかして、じょうずに隠れ、すばやくうごき、隋の軍を何度も打ちやぶった。


「水が足りない!」


「食べものがない!」


「寒くて動けない!」


大軍を動かすにも、食料が足りない。

疲れた兵士たちは、戦う気力をなくし、つぎつぎに倒れていった。


612年、613年、614年……

三度の遠征は、すべて失敗に終わった。


煬帝の怒りの声だけが、むなしく空に消えていった。



そのころ――


民の暮らしは、すでに限界にきていた。

大運河の工事、立派すぎる宮殿づくり、そしてこの大遠征。

米は高くなり、田畑はあれ、若い男たちはみな戦へ。


「こんな暮らし、もう耐えられない!」


ついに、反乱がはじまる。


各地で農民たちが武器をとり、役所をおそい、税の帳簿を焼きすてた。


その中でも、もっとも知られているのが――楊玄感よう・げんかんという将軍の乱である。


613年、彼は軍を率いて、揚州ようしゅうで旗をあげた。


「今の隋は、すでに民の国ではない。ならば、われらが正すのみ!」


だがこの反乱は、じきに鎮圧される。

楊玄感はつかまり、打ち首となった。


……けれども、火は消えなかった。

その一揆は、まるで山火事のように、次から次へと国中にひろがっていく。


煬帝の築いた大帝国・ずいは――

このとき、音もなく、ゆっくりと崩れはじめていた。



〇『貴族の子、李建成り・けんせい


――そのころ、隋の都・洛陽らくようは、まだ光を失っていなかった。


だがその光のうらでは、静かに、時代の大きなうねりが近づいていた。



西暦613年――

隋の第2代皇帝・煬帝ようだいの治める時代、大業だいぎょう9年。

ある名門の一家が、洛陽に入った。


李淵り・えん様のご一行、お通りである!」


立派な官服に身を包み、やわらかな黒馬に乗ったひとりの男――

彼の名は、李淵。

代々つづく名家・李氏りしの当主であり、隋でも高い地位にある文武の大官である。


「父上、ここが洛陽なのですね……」


後ろからそっと声をかけたのは、まだ若い青年――李建成り・けんせい


李淵の長男である彼は、すでに学問と武芸に優れ、都でも注目されていた。

家に代々伝わる礼法れいほうと知恵を学び、しずしずと振る舞う姿は、まさに貴族のかがみといわれていた。


「うむ。ここでの務めは重いが――それがおまえの学ぶべき“道”でもある」


父の言葉に、李建成はふかくうなずいた。


この年、彼もまた官途かんと――つまり役人としての道を歩みはじめる。



「建成様は、まだ若いというのに……よくぞここまで」


「父君の血をひくだけのことはある」


洛陽の役所では、そんな声がひそひそとささやかれた。


書を読み、まつりごとを学び、人の上に立つふるまいを身につける。

だが彼の目は、どこか遠くを見つめていた。


――この国は、本当にゆるがぬものだろうか?


煬帝ようだいの政治は、すでに民の心から離れはじめていた。

各地では反乱が相つぎ、民は苦しんでいた。

そして李建成自身、その時代の風の変わり目を、肌で感じていた。


「兄者……おれたち、本当に役人になるだけでいいのかな」


ある日、弟の李世民り・せいみんがぽつりとつぶやいた。

やがて、彼ら兄弟の運命は、まったく別の場所へと向かっていく――


だがそれは、まだ先の話である。


この時、李建成はただ、まっすぐに父の背を見つめながら、都の石畳を歩いていた。


それが、のちのとうという新たな王朝の幕開けにつながる一歩とも知らずに――

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