王子と王都
「わあっ!」
今現在目の前に広がる光景に私は目を奪われた。
(あ、あれはヨハンと一緒に調査に行く教会!それにルナリスとお忍びで行く聖リピアス自然公園…あそこはルイスに助けてもらうパン屋の裏の通り)
「ふふっ」
はっ!ついはしゃいでしまった。照れ隠しに殿下に聞いてみる。
「そこのお店は何ですか?」
指を差した向こうにはかわいらしい喫茶店があった。テラスでお茶をしている人たちが多くいる。
「…驚いたな、実は君とここでお茶をしようかと思ってたんだよ」
「え!ありがとうございます」
少し大げさだったかもしれないけど概ね予想通りだな。この喫茶店はエディオスルートで初めに来る場所なのだから。
「少し離れたところから歩いて行こう」
「?分かりました」
なるほど。なぜかと思ったけどあの馬車じゃ目立つものね。けど一国の王子が護衛もなしに喫茶店だなんて…乙女ゲーの世界だから緩いのかな。
「ミイレは何にするの?」
「…では、こちらのシフォンケーキで」
「じゃあ僕もそれで」
「かしこまりました」
きれいなお辞儀だなと、店員さんを見る。
「 ? 」
なんとも言えない違和感。気のせいかと思った時店員さんの瞳孔が開き、右手に持ったナイフを振りかぶろうとしていた。
「!?魔法障壁!」
薄く魔法陣が光り盾を作る。
――ガキンッ。ナイフが弾かれ澄んだ音を立てる。
そのまま私はその店員を闇魔法で拘束した。
「お見事だねぇ」
(やばい!つい反射的に…)
「光魔法の使い手だと聞いていたけど闇魔法まで使えるんだ…しかも無詠唱で」
ニコニコしているのが逆に怖い。蛇に睨まれた蛙ってこんな気持ちなのだろうか。
「コホン…御見苦しいとこをお見せしました」
「いや、こちらは守ってもらったのだしお礼をするのは僕のほうさ」
殿下が誰ともなく目配せをすると影武者のような人たちが数人現れ店員さんを連行していった。
(気づいてなかった…これからはちゃんと気を張っとこ…)
「さて気を取り直してお茶にしよう」
「そうですね」
どうやら私に関する情報はある程度持っているみたいだし、他に根掘り葉掘り聞かれるわけでも無さそうだから良いかな。
というか仮にもヒロインとメイン攻略対象なのにキュンの一つも無い。確かに一国の王子が会ったばかりの、しかも平民と距離が近いのもおかしいだろう。ここは現実なのだから。
(初日で喫茶店もどうかと思うけど…)
いろいろと思うところはあるものの、私は王都で人気の喫茶店を満喫したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ちょっと、そこの貴方!」
「何でしょうか」
殿下とお茶をしてから数日後…図書館に向かう途中で見知らぬ令嬢たちに声を掛けられた。
(私が覚えていないということは重要度も爵位も低い貴族の子たちね)
ある程度は情報屋から情報を得ているから把握はしているつもりだ。だが如何せん私の人に対する記憶力は下手したらカラス以下だ。
(宿題をしたいのだけれど…邪魔だな)
するとようやく令嬢の一人が口を開いた。
「貴方…殿下に纏わりつくのは辞めていただける?」
「え?」
思わず素で返した。私が殿下に纏わりついている?むしろ逆で困ってるのもこっちだ。現に今こうして絡まれている。
「白々しいわね。卑しい平民だこと…顔が良いだけで媚を売ろうだなんて浅はかね」
顔がいいのは認めるけどそれ以外は聞き捨てならないわね。それに私は首席…それくらい知っていてもよさそうなものを。
呆れてものも言えないでいると令嬢1が痺れを切らした。
「貴方口が聞けないの!?何か言いなさい」
言っても言わなくてもやかましいでしょうに。ホント帰ってほしい。
「きっと図星を指されて何も言えないのですよ」
「ええ、ええ、そうに違いないわ」
令嬢2と3も加わる。うんざりしきっていたその時…
「ちょっと貴方たち何をなさってるの?」
「ルミレイラ様!?いえ、ただこの無礼な平民にこの学園の常識を教えてあげていたのです」
そう、我らが学園のアイドルレイラちゃんです!!今日も可愛い!可愛すぎる。そして凛とした雰囲気も素敵!
「何のことですか?」
澄んだアクアマリンの瞳を令嬢1に向ける。ビクついた令嬢1が答えに窮する。
「そっ、それは…」
自分で自分を窮地に追いやるこの手腕…なんかモブキャラって感じだな。逆に可哀想になってきた。
「あのルミレイラさん私は大丈夫ですので…」
「…そうですか。皆さんもごめんなさい、引き止めてしまって」
「いえいえ!そんな事ありませんわ!それでは御機嫌よう」
令嬢1を筆頭に物凄い早足で令嬢たちが去っていく。物語的にあるあるな展開。冷静な自分が怖い!なんちゃって…そんなくだらないことを考えていたらレイラがこちらを見つめていた。
(仲良くしたいけどこの近寄りがたい距離感が!!身分の差かな〜)
「改めてお礼を申し上げます。助けてくださりありがとうございます」
完璧なカーテシーにポーカーフェイスの鉄壁笑顔。私は他人との距離を測るのが得意じゃないから、なかなか踏み出せない。
レイラがくちを開いた。
「いえ、むしろ気を遣わせたようですね。今後同じことが繰り返されたら、迷惑でなければだけど、相談してくれると嬉しいです」
「!!ええ…!もちろんです。こちらこそ嬉しいです!」
レイラは急に上がった私のテンションに若干引いている。けれどにこりと笑顔を向けてくれた。
わたしたちはそのまま別れた。私は中央図書館に、レイラは来た道を戻っていった。