王立学園に入学!
あれから四年。今年で16歳になる私は王立学園に入学する。本当なら二年から編入だけどそんなのは関係ない。私は取り敢えず妹に会いたかった!それはもう、ほんとに会いたかった!
「首席合格したからスピーチでもするのかと思ったけど今回は殿下がいるから代わってもらえるなんて…ついてるわ私!」
殿下はこの国の第二王子。金髪碧眼の王道派。製作者側のトゥルーエンドをつとめるメインの攻略対象だ。いつも浮かべている王子様スマイルの裏では意外と腹黒なことを考えている。私のドタイプであった。2次元が3次元になるとどうなるのか…。
今頭の中に流れるのは前世の記憶。ついていない男運に関わる悪夢の数々。
「考えてたらムカついてきた。よし、やめよう」
うんうんと一人頷き歩を進める。まだ一年なので攻略対象たちからのアプローチはないだろう。というか無くても別にという感じだ。
「あ、あれが講堂だよね」
やっぱり生で見ると迫力が違う。国会議事堂より大きくて絢爛だ。
「ねぇ、君迷子?」
「え…」
くるりと後ろを振り返ると金髪碧眼の美男子が立っていた。
(エディオス・ラウ・エルヴェリア!?)
そうこの国の第二王子様である。
(というより講堂を前にして迷子って…)
「いえ?違います」
ここはニッコリと外行きの顔をしよう。
「そう…せっかくだし一緒に行こう?」
「……」
何故だろうか?疑問符が付いているはずなのに命令形にしか聞こえない。キレイな笑みを張り付けた顔から圧を感じる。
「ええ、そうですね」
圧に屈した私は笑顔でそう返す。
王子はにこっと笑うと先を歩き出した。私は悟られぬようため息を付き後をついていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ガヤガヤしている講堂の中。先ほどから突き刺さる視線。いや、死線か?まあ、恨み妬みの籠もった視線が私に集まっている。私はチラリと横にいる人物に目を向ける。ご察しの通り第二王子だ。あのまま流れで隣に座ることになってしまった。
「ああ、そういえば名前を聞いていなかったね」
「私はミイレ・ディアリヒトです、王子殿下」
「…よろしくミイレ」
「ええ」
(呼び捨て…というよりも始めからこっちの名前も把握済みだろうな)
これから先のことを考えてため息をつきたくなるが頑張って飲み込む。それに殿下はスピーチをしてくれるのだ。恨んではいけない。
「諸君、静粛に」
学園長だろうか。馴染みやすそうな雰囲気を持つ髭の長いお爺さんが出てきた。
「おぉ、かわいい我が教え子たちよ。よくぞ入学してくれた。これから先苦労することや辛いこともあるじゃろうが、仲間や友達とともに乗り越えてゆくことができるじゃろう。誇りある王立学園に入学した者としての矜持と在り方を忘れぬようにこの三年間頑張ってくれ」
割れんばかりの拍手と歓声。なんとも、まあ人気のあるお爺さんだ。
「次、新入生代表エディオス・ラウ・エルヴェリア!」
「「「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」
「!?」
突然の黄色い悲鳴に思わず肩が上がる。
何?この歓声?学園長より大きいじゃん。流石王子様ということ?
「じゃあ、行ってくるよ」
立ち上がりざまにこちらにウインクした殿下。つい呆然としてしまった。様になりすぎて少しずるい。顔が反則すぎる!
殿下がステージに立った。その瞬間辺りが静寂に満ちる。これが為政者か。そう思わせる雰囲気だ。この国の王太子は決まっていない。王位継承者の中で末子が成人したら決められるようになっている。つまり第二王子である殿下が学園を卒業したら決まるということ。ゲームではどのルートを選んだかで王太子も変わっていった。まあ第一王子のルナリス様か第二王子のエディオス様かだけど。
「……皆、新入生代表のエディオス・ラウ・エルヴェリアです。私のことを知っているものは多いと思いますが、これからは同じ学び舎の生徒。互いに切磋琢磨しあい良きライバル、良き仲間となりましょう。気兼ね無く話しかけてくれると嬉しいな…私からは以上です」
軽く会釈をし殿下が壇を下りる。盛大な拍手と歓声がホール中に響きわたった。スタンディングオベーションだね。
「…良い挨拶でしたね」
「ありがとう。嬉しいよ」
(わあ、見事なまでに王子様スマイル)
後光が眩しい。ほら、後ろの女子生徒が何人か倒れてる。まあ、私には効かないかな。ここは私もにっこり返そ。
私のとびきり猫スマイルをお見舞いする。そしたら殿下が軽く目を見開いた後に少しニヒルな笑みを浮かべた。
「……?」
「何でもないよ」
「そうですか」
その後は特に何事もなく続いていった。在校生代表は生徒会長をしているらしいルナリス殿下だったが…こっちもえらい人気だった。美形はやっぱり得だと思う。
「これにて入学式を終わる」
「「「 パチパチパチパチ!!!」」」
「!!」
わっ、びっくりした。ぼぉーとしてたら終わってしまった。何か重要なことは言っていただろうか。
(まっ、いいか。寮を見てみたいから早く出よ)
ぱっと立ち上がり人の波と反対の方向へつま先を向ける。
――ぱしっ…
歩こうと思ったら腕を掴まれた。
「…どうかされましたか?」
「そっちは教室棟じゃないよ。次は各教室で自己紹介だけど…」
「……」
「え、もしかして…」
「すみません。話を聞いておりませんでした」
「っ…ふ、ふふっ」
殿下の肩が小刻みに揺れている。口の端もひくついて笑いを堪えているのが分かる。
「…笑うなら普通に笑ってください」
「あぁ…いや、ちょっと、なんか、意外というか」
いけないいけない。つい素が出てしまう。私は淑女の鑑。いつ如何なる時も笑顔をデフォに…うん。
「さあ、教室棟に参りましょう」
「あぁ、そうだね」
殿下がにこりと笑う。心なしかその笑みは今までのと違うように見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(嗚呼、また私は選択を間違ってしまったのね)
先程と同じ負のオーラが私に纏わりついてくる。
(いや別に平気だけど私のお友達計画に支障をきたしそうね)
色々と不都合が多いので思わず殿下をジトッとした目で見てしまう。
「何かな?」
うっ、鉄壁の王子様スマイルに跳ね返されてしまう。恐るべし攻略対象スペック。
「みなさん、席に着いてください」
担任の先生だろうか。腰まで届く栗色の髪を一括りにした女性が入ってきた。
「はじめまして。先程紹介に預かりましたレディア・フォン・ヴィナートです」
あれ?もう紹介はされていた?のか。聞いていなかった。気を付けないと私の猫たちが剥がされてしまう。
「ではみなさん右端の人から挨拶をお願いね」
「はい」
先生の声に返事をし立ち上がったのは綺麗な金の髪にアクアマリンの瞳を持つ絶世の美少女だった。つまるところ私の妹ということである。
「私はルミレイラ・ラウ・フェルネタリです。どうぞよろしくお願いします」
綺麗なカーテシーを披露してくれた。ああ、もう可愛すぎてやばい。つい顔が緩んでしまう。じっと見惚れていたら殿下の番が回ってきた。何故か隣に座ってきたので立ち上がる音で気づいたのだ。
「エディオス・ラウ・エルヴェリアです。どうぞよろしく」
「「「きゃあぁ!!!」」」
もうハートが飛んでいるんじゃないかと思う。満更でも無さそうなのもなあ。いや、というより次私の番ってことでは?
「では、次の人」
私は立ち上がり一呼吸する。周りの視線が集まってくるのを感じる。
(なんか殿下より注目されてない?)
「はじめまして。ミイレ・ディアリヒトと申します。どうぞよろしくお願いします」
私もルミレイラに負けんばかりのカーテシーを披露する。
「「「……」」」
「?…」
ん?どうしてこんなに静かなの?自惚れとかじゃなくて本当に静寂が場を支配するとはこのことだなみたいな感じ…。
席に座り釈然としない気持ちを落ち着かせる。
その時こそっと殿下が耳打ちしてきた。
「みんな、君が平民だということにびっくりしているみたいだね」
えと、それはつまり…?
私の疑問そうな顔を見て殿下が続ける。
「だってほら、髪の色は珍しいし、気品があるからじゃないかな?」
なるほど…?それに加えて殿下と仲良くしているように見えるのも関係してくるのかな。
「なるほどです」
殿下の言葉に相づちを打った。殿下は何か考えていたようで、ハッとした様子でこちらを見た。それも一瞬のことだったが何だか私たちと変わらない年相応の少年らしい反応で親近感が持てた。
全員の紹介が終わり後はクラスメイトとの仲を深めるべく自由行動とのこと。唯一の話し相手であった殿下は人の波の中心だ。特に話しかけてくる人もいないのでルミレイラを見つめておくことにする。
(はあっ〜…可愛い。お姉ちゃんらしいことたくさんしたいけど…難しいなぁ)
そうとても難しいそうなのだ。ルミレイラの周りも人だかりでいっぱい。流石高位貴族。そもそもこのクラス成績上級者が集っているだけあって貴族が多いのだ。ただでさえ学費が高いのに、勉強する機会が圧倒的に少なくなる我われ庶民は入学する人数が少ないんだよなぁ。
(う〜ん。知り合いも、つても無いからなぁ)
唸っていたらこっちに近づいてくる集団が目の端に映った。
「少しよろしいですか?」
「!ええ、もちろん!」
ちょっと食い気味に反応してしまった。相手方も少し引いている。声をかけてきたのはルミレイラだった。
「ごっ、ごほん…」
気を取り直すようにルミレイラが咳払いをした。
「あなた殿下と仲がよろしいですの?」
割とストレートに質問される。
「いえ、今日お会いしたばかりですので…仲が良いなんてそんな恐れ多いです」
「ええ。僕はミイレと友達になったと思ったのだけど…」
(ど〜して入ってくるんだ…)
もちろん声の主は王子殿下。話がややこしくなるのに…わざとだろ。
「殿下…お久しぶりです」
「ああ、レイラ。元気そうで何よりだよ」
にこやかな会話は幼い頃からの付き合いがあるからだろうか。どこか気を許している感じがする。
「殿下はこの方と仲がよろしいので?」
「うん、それはもう、すごくね」
この人の目的は一体何なのか。もう取り敢えず黙ってもらいたい。ほら、ルミレイラの後ろの取り巻きたちの目を見てご覧なさいよ。怖いじゃない。
「何というかミイレはレイラに似ていないかい?」
「私がこの方と?」
ちょっと期待した顔で見る。が
「いえ、そんな事ありませんわ」
「そう、じゃあそろそろ帰ろうかな…ミイレ行こう」
「え!?何でですか?」
殿下は有無を言わせず私の腕を引っ張っていった。
(くっ、このくらいの力、解けはするけど…ほどいたら私の力量がバレる)
「あの…帰るって…貴族の皆さんはお迎えがいるでしょう?」
そう、あくまでも淑女らしく。完璧に。
「うん。そうだね」
うん、そうだねって!なに?続きは。というよりもこんな初日で目立っていたら後々の行動に支障が出る!
そんなこんなで引っ張られてきたのは裏門の方。何やら無駄に豪華な馬車が止まっている。
(うわぁ〜)
もう色々と面倒である。ここで本物のヒロインなら優しいのね♡キュンっ!とかなるかもだけど私は私。逃げ出したい。
「親交の証に今日は王都を案内してあげるよ」
「……光栄です」
よく考えたら王都に来た回数は少ないし、いい機会と考えよ。辻馬車の代金も払わなくていいしね。