4 山の神
雨の降らぬ日々に村人たちが疲れ果てた頃、旅の僧が村を通りがかった。
もうこうなったら神仏にでも縋るしかない。そんな気持ちで、村人たちは日照りのことを僧に訴えた。
村人たちの話を聞いて、僧は手にした数珠をじゃらじゃらと鳴らしながら、何やら祈っていた。しばらくして顔を上げると、村人たちに言った。
「山神が怒っている。その原因はここの領主にある」
村人たちに拝み倒され、旅の僧は次に領主の館を訪れた。
「お主たちは以前に狐を殺しているな?」
僧の言葉に領主は眉を顰めた。
確かに山の獣を狩ることもある。しかしそれをするのは自分だけではない。村人たちだって、野山で獣を追うし、川で魚も獲る。自分ばかりがそのようなことを言われる筋合いはない。
「人が獣を狩るのは当然だろう?」
領主が反論すると、僧はじゃらりと数珠を鳴らしてからそれに答えた。
「食う為ならそれは生き物の営みの一つであろう。しかし、お主は食う為でなく殺したな?」
全く、僧の言う通りであった。領主は思い出した。
大層美しい、白い毛並みを持つ狐を見つけ、息子と一緒に山に入ったことを。一緒にいたその狐の仔を、獣の掘った穴に追い落とし、そのうちに飢えて勝手に死ぬだろうとそのままにしたことを。捕らえた白狐の毛皮を剥ぎ、都への手土産にしたことを。
「山の神が怒っている。お主かお主の息子を差し出せば、神の怒りはとけるだろう」
旅の僧はそう言った。
領主は考えた。当然、自分はまだ死にたくはない。息子の八吉は大事な跡取りだ。いくら放蕩息子といえむざむざ山の神に食わせるわけにはいかない。
しかし、このまま雨が降らねば田畑も実りをつけることはない。収穫がなければ税を納めることもできない上に、村人たちも力のない女子供からどんどん死んでいってしまう。
「そうだ。儂にはもう一人息子がいたじゃないか」
その昔、家に勤めていた女中に手を付けたところ、子を孕んだので追い出したことを、領主は思い出した。
その女は去年亡くなったと聞いたが、領主が名付けた子はまだ生きているはずだ。その子も自分の血を引いた子だ。生贄の用は足りるだろう。
「わかった。山の神に儂の大事な大事な息子、九郎を捧げよう」
* * *
急に小屋に押し入ってきた村人たちに、九郎は捕らえられた。
「何をするんだ!」
今まで村人たちに素気無くされることはあっても、こんな乱暴をされることはなかったのに。突然のことで九郎は驚き、逃げる間もなかった。
村人たちの後ろから入ってきた領主は、じっと睨め付ける様な目で九郎を見下ろした。
「おまえのような小汚い者に、儂の血が流れているとは信じられん」
血が流れていると、領主は言った。九郎の物心ついた頃から、父親はいなかった。
死んだと聞かされたわけではなかったが、母親が父親のことを語らなかったのは、やはり死んでいるからだろうと勝手に思っていた。でもそれは違ったのだと、九郎は悟った。
「あんたが、おれのおっとうなのか……」
九郎の質問に領主は答えない。代わりににやりと笑った。
「喜べ、おまえのような下賤の者の子でも、最後に村人たちの役に立てるんだ。儂の息子、八吉の代わりに生贄になってもらうぞ」
村人たちに強い力で床板に抑えつけられ、九郎は何も言うことができなかった。
白装束を着て後ろ手に縛られた九郎は、村人たちの手で山神の社の前まで輿で担ぎ上げられた。
そうしてその社の前で、九郎は領主の命によって竹のやりでその身を突かれた。
領主と村人たちが逃げるようにいなくなると、社の裏からそれをずっと見ていた狐の少女はようやく飛びだした。九郎はもう虫の息だった。
シロは死にゆく九郎の胸に縋って泣いた。
「どうして、どうして? クロは何も悪いことはしていないのに」
「いいんだ。これで山の神様は許してくれるんだろう? おれもおっかあの所にいける。でも……」
シロともっとずっと一緒に居たかった。また山を歩き回って、川で釣りをして、それを二人で食べて。
そんな毎日が、ずっと続けばいいと思っていた。
「クロ……、クロ……」
シロの涙がぽたりぽたりと九郎の上に落ちる。
「あるじさまーー!」
山の上の空に向けて、シロは叫んだ。
「あるじさま、あるじさま。クロを……。どうかクロを助けてください!」
『白の仔よ。何を言うのだ。彼の者の父親はおまえの母親の仇であろう』
「はい。それでも、おらはクロを助けてほしい。おらのかかさまを殺したのは、クロじゃあない。クロはおらにとても良くしてくれた。だから……」
山の神は困り果てた。神の約束は絶対だ。あの領主の血族を代償にして、あの村の罪を許すのだと、そう言った以上約束を違えるわけにはいかない。
でも山の神もずっと二人のことを見ていた。そして知っていた。この狐の少女が九郎によって命を救われたことも、笑顔を取り戻したことも、そして彼のことをこの上なく慕っていることも。
『わかった。それならば、この少年の人間としての生を贄に貰おう。そして彼を私の眷属としよう』
シロの母狐は人間に殺された。だから人間は怖いものだと、そう思っていた。
でも九郎は違った。自分が狐だと分かっても、脅したり傷つけたりしようとはしなかった。それどころか、自分を助け食べ物を分け与えてくれた。人の姿に化けても、それを揶揄ったり、気味悪がったりもしなかった。
「はい、あるじさま」
シロはこくりと頷いた。
こうして、九郎は死んだ。
その日、山の麓の村々には何日ぶりかの雨が降った。
不思議な雨だった。お日様がでているのに、しとしとと雨は降り続けた。田畑は潤い、頭を垂れていた作物たちは、ぴんと背を伸ばし天からの雨に向かってその葉を、穂を伸ばした。
* * *
「シロ、雨を降らせるのが上手になったね」
「ふふふ。こうやってお天道様を隠さずに雨を降らせられるようになったから、もうおらは一人前だ。嫁にいける」
「嫁に?」
「ああ、おらはあんときからずーーっと、クロの嫁になりたかったんだ」
そう言うシロの尾が、ふさりと嬉しそうに揺れた。
お読みくださりありがとうございますm(_ _)m
こちらのお話は、これで完結となります。
実は、私にしては珍しい二人称なのです。上手く書けてますでしょうか?
なんか昔話っぽい物語は二人称のイメージがあるんですよね。
多分、ま〇が日本昔話とかの影響です(笑)
民話とかも好きなんです。
私の中のイメージで「神様の常識は人間とは違う」ってのがありまして、理不尽でもそれが常識!みたいな存在と思っています。それにしては、今回の話の神様はまだヒトに近い思考をもってる感じで物足りなさ?はあったりしてます。
メイドインアビスのなれ果てたちみたいな、意味わからなさくらいのイメージです。「体を這わせるのが価値」とか、あのくらい。
まあ、神様がメインの話ではないので、こんなものかもしれないです。
ちなみに代表作の「ケモ耳っ娘~」に出てくる神様は、物語内ではあまり出していないですが、ほどほどの「非常識」を持ってはいます。「人間をいっぱい食べちゃうからね」ってさらりと言ってしまうのは、その常識の違いみたいな物だったりします。
と、だいぶ脱線しました(笑)
今回の物語は、昨年にフォロワーさん方と作ったアンソロジー本に納められている話です。
これ以外にも、沢山のハッピーエンドな物語を収録しております。
皆さんと楽しくわいわい作った、想いでの一冊です(*´▽`)
今後もマイペースにですが、楽しく執筆していきたいと思います。
またぽっと何か公開すると思います。
どうぞよろしくお願いします♪