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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
手紙をもらった日
74/74

ー4ー epilogue

手紙をもらった日

 

「だれ?」


 玄関に声を投げた。返事はない。


「……だれだよ……」つぶやきながら、おれは玄関に向かった。


 ドアを開けると、そこにいたのはひとりのネシティだった。


「……だれ?」

「新人のネシティっす」


 わざと低い声を出しているとわかった。相手は女だ。全身はマントに覆われている。砂よけのゴーグルで目は見えない。口も、砂よけのスカーフで隠れている。茶色で艶のある髪は肩までありそうだが、毛先はスカーフに包まれている。


「この連会の?」

「はい……。っす」

「名前は?」


 たずねると、相手は黙ったままショルダーバッグに手を突っこんだ。ここではじめて気づいたが、彼女は雷駆刀を持っていない。腰にあるのは小型のクロスボウだ。


 キヅキからの手紙で、その存在は知っていた。しかし見るのははじめてだった。近接戦闘が苦手なネシティのために造られたものらしい。ボルトさえ変えれば、さまざまな状況に対応できるのだとか。爆発、煙幕、刺突雷撃——なんでもござれだぜ、とキヅキの筆はうれしそうに踊っていた。


「これ、読んでください」相手は言った。

「……だれから?」

「アトラに住んでいたミカって人です。——っす」


 その名を聞いた瞬間、呼吸が止まって心臓が大きくゆれた。どうにか冷静を装って、やたらと分厚い封筒を受け取る。


「……ほんとうか?」

「はい、っす」つづいて、相手はバッグから木札とペンを取り出した。


 普段は渡すほうだが、この展開には慣れている。おれはサインを書いて、木札を返した。


「たしかに……、っす」


 違和感。


「それじゃ、これで……」


 相手は背を向ける。

 ——いや、まさか。


「ちょっと、待て……」


 おれは呼び止めた。しかし相手は、すこしだけこちらに躰を向けると、ドアも閉めず逃げるように走り出した。


 その背中。走りかた。

 作っていても、面影のある声。

 髪の艶。

 背丈。

 覚えている。

 忘れるはずがない。


 慌てて片足の靴を履いた。

 風が玄関に流れこんでくる。

 向かい風が頬を冷たくする。

 外へ出ると、右の道にキヅキがいた。

 クルミも、ロビンばぁも、車椅子のハンドルを持つコウジもいる。リュウゾウとタツオまで……!


 左には、連会のネシティたちが何人も立っていた。知った顔も知らない顔もあるが、みなすっきりとした笑みをこちらに向ける。


「くそ……!」おれは唇を噛んだ。「キヅキ! 黙ってやがったな!」

「わりぃ」キヅキは気まずそうな顔で頭を掻き、それにしてもうれしさ一杯の顔で、「サプライズだ」


 おかえり!

 セト、遠征ご苦労さん!

 ネシティたちがみな、声をかけてくる。

 ひゅーひゅーと指笛まで。


「いいなぁ、わけぇなぁ!」腕組みをしたリュウゾウが言う。

「あーちくしょう、だめだ、じじいはもろくてよ……」タツオは勝手に泣いている。

「はーやく追いかけなぁっ!」ロビンばぁは杖で地面を叩き、「遠くへ行っちまう前に! 捕まえるんだよ! おまえの人生はたったの一度だけだよぉっ!」


 その声に背を叩かれて、おれは走った。

 乾いた風が目に当たって涙が溢れてきた。


 手紙を渡してきた相手は、道を追えども追えども遠くで手を振りながら、さらに、さらに逃げていく。うまい具合に距離を保たれ、遊ばれている。


 どれだけ心配したと思ってる。

 毎日、毎日、頭から離れない日はなかった。

 どうしているかと、ずっと考えていた。

 生きていてほしい。

 元気でいてほしい。

 元気になってほしい。

 そんなことばっかり考えて。

 でも、自分にしてやれることがなくて。

 悔しくて。

 他人にまかせるしかなくて。

 その他人は、あいつのことをよく知って、理解しているから、きっと大丈夫だって信じるしかなくて。



 展望台に彼女はいた。

 連会から、ふもとのゴンドラ乗り場とリカドナを一望できる場所だ。


 金属製の柵に両手をかけて、遠くの景色を見るその背中は、とても凛々しかった。いままでの心配がばからしくなるほど。


 息を整えながら歩いた。

 彼女のとなりに立って、

 おなじ方向の景色を見る。


「ここからの眺め、好きなんだ。連会に入ったときから、たまにここでひとりになるの」

「……いつのまに、ネシティになったんだ?」

「決意して、ここに来てから、二年、経った」

「お兄さんは?」

「大丈夫。いろいろあったけど。最後は応援してくれた。一緒に連会までついてきてくれたんだ。ほんとうに感謝してる」

「……そっか」おれは柵に片手を置いた。「よかった。元気そうで」

「——ねぇ、セト」


 ミカはゴーグルとスカーフを顔から外して、こちらを見た。

 ひさびさに見た彼女の顔は、すごくきれいで。

 瞳が太陽みたいに光っていて。


 笑顔は、

 生きている、

 生きていく、と。

 命いっぱい咲いていた。






【セトへ】


 びっくりさせて、ごめんね

 三人で話しあってから

 お兄ちゃんと暮らすってなって

 アトラで、セトと別れたあと

 しばらく病気とたたかってたの

 お医者さんは、うつ病って言ってた

 心の病気だって、ちょっと信じられなくて


 カンドゥの家のこととか、いろいろ手続きがあったんだけど

 ぜんぶ、おにいちゃんにまかせちゃった

 ベッドの上で、朝になって

 ベッドの上で、夜になって

 そんな生活をしばらくしてた


 何度も夢を見たの

 夢のなかで、わたし歩いてた

 砂漠の道

 ガラス片だらけのコンクリートはいきょ

 かたむいたビルにからみつく、植物のツル

 遠くに見えるキルラの光

 逆さまの森

 アトラの目玉焼きが見える丘

 ぜんぶ、セトと見た景色だった


 すこしずつなんだけどね

 街をさんぽしてみたの

 歩いても、歩いても、なんかちがうな

 こうじゃないな、って感じたの


 セトと別れてから

 半年くらいが経ったころ

 おにいちゃんがね

 いつか一緒に暮らしたい人がいるって言ったの

 それも、そうだよねって

 なにもふしぎなことはないし

 しかたないことだったし

 めいわくかけちゃってるな、わたし

 そう思ったの


 ただ、わたしの体調がよくなるまでは

 三人で暮らしたりはしないって、

 おにいちゃんは言ったの

 かならずミカのペースに合わせるから、安心していいって

 すごく優しくて

 考えてくれていた


 わたしがいなければいいのかな

 そう思ってしまう自分が、どうしてもいたの

 人が人を好きになるのは、自然なこと

 それをじゃましているのかなって


 ぼうっとした頭で、アトラの街を歩いてた

 なるべく人がいないほうへ、いないほうへ

 でも、どこへ行っても人は多い

 危ない場所には近づけないし


 家にもどって

 また夢を見た


 起きたとき思ったの

 ずっと、あの景色たちを追いかけている

 セトと見た、一度きりの景色

 あれをまた見たいって、思った

 心の底から、思った

 ネシティになってみたいって



 おにいちゃんと一緒に連会へきて

 キヅキさんにお会いできたの


 いろいろ聞いてもらった

 セトと旅したことも話したよ

 そしたら、キヅキさんも、クルミさんも、ほんとうにうれしそうにしてた


 あ、あとね、

 おふたりの息子さん、リョウくんも仲良くしてくれたよ

 アトラにいるヒナって人、知らないかって、きかれたの

 たしか、その人のおかげで、アトラの街ではね

 空を飛ぶ紙喰いへの対策が進められているらしいの


 ひとまず、対空バリスタっていうものが完成するって

 そんなニュースが街に流れていたから

 それを言ったら、リョウくん、

 さっすがヒナさんだ! ってガッツポーズしてたよ



 ネシティの訓練を受けることになって

 最初は、歩くの大変だった

 夏はあついし

 寒くなると、それはそれだし

 シェルターは汚かったり、そうじゃなかったり

 でも、ずっと歩いて、やっと地下で休憩できるあの感じ

 やっぱり大好きだな


 正式なネシティになるまで、普通よりもすこし時間がかかっちゃったけど

 やっと、ネシティとして、ひとりで歩けるようになったよ


 でもわたし、紙喰いとはたたかえないの

 逃げるための装備を、全力でつかって、全力で逃げる

 逃げ足だったら、きっとセトよりもはやいよw



 わたしね

 手紙を届けるとき

 相手がどんな顔をするのか、楽しみなの

 いろんな反応、あるよね

 すっごく待ちわびた顔だったり

 差出人の名前を知ったとたん、眉間にしわができたり

 いつかのおばぁちゃんには、手を握られて、

 ありがとう、ありがとう、届けてくれてありがとうって

 何度もお礼をもらったりしたよ


 ネシティって、大変だけど

 人の想いを運ぶ、すごい仕事だね



 セトと別れてから

 アトラで、自分のことが大っきらいになった

 ずっと、きらいだった自分が、もっときらいになった


 でも、それはね

 だれかや、なにかに、自分の存在を認めてほしくて

 自分以外のだれかに、生きていていいと言われたい

 そんな、自分の命の居場所すら他人まかせのわたしが、きらいだった


 それに気づくまで、すごく時間がかかった

 生きていていいんだよって

 やっと自分に言えたとき

 やっと自分にありがとうって言えて

 産んでくれたお母さんにも

 育ててくれたお父さんにも

 ありがとうって言えたの


 どんなつらいことがあっても

 そこにいると決めたのは自分だから

 いまはもう、

 なにも、うらんでいない

 なにも、にくんでいない


 花は、咲く場所を自分では選べない

 種が落ちた場所で、生きるしかない


 わたしたちも

 地球という場所に落とされた

 花の種だったのかもしれない


 でもね

 花びんに活けられた花は、部屋のなかで枯れてしまうけど

 野に落ちて、育った花は

 その花びらがすべて落ちたとしても

 種は風に乗って、つぎの花を咲かす


 わたしはずっと

 他人のいしや言葉という花びんのなかで

 枯れるのを待っていたのかな、と思う


 ネシティになろうって決めてから

 つらいこともすごく楽しいよ


 それはきっと

 自分の命を

 自分のいしで歩いている


 そう、心の底で感じているからだと思うの


 長くなってごめんね

 文章が下手だから、読みにくかったらごめんね

 気づいたら、紙をこんなにたくさん使ってるw

 封筒がぶあついけど、ゆるしてね



 ねぇ、セト


 わたしが、

 わたしの命の使いかたを決める

 そのきっかけを教えてくれたあなたに


 すっごく、すっごく

 感謝しています


 ありがとう


 また、一緒に歩こうね


 約束だよ



     【ミカ】
























 カルタ・ネシティ 























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