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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
手紙をもらった日
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ー2ー

手紙をもらった日

 

「なんか肌が焦げたんじゃねぇか? こっちにいたときは小麦粉かってくらい白かったよな」


 こちらを見つけるなり、座ったままずっとにやにやしているリュウゾウが言った。腕の筋肉が前より細くなった気がする。頬の肉もすこし減っているのか。過ぎた年月を感じてしまう。


「西の太陽は、こっちより低い」

「なんだそれ、西に行って詩人にでもなったか」リュウゾウが笑う。

「あっちっていや、天然ガスと鉱脈が盛んだろ? その手の依頼は多かったのか?」


 ガス——と聞いただけで卵の臭ったようなにおいが鼻の奥によみがえった。できれば思い出したくない光景ばかり。


 ロープを腰に巻いて、ガスがそこかしこで吹き遊ぶ岩石まみれのクレーター斜面を降りる。足元には泡立つ黒泥。日中でも光が弱い空。紙喰いの白灰が溶岩で焦がされ、舞い、マスク越しの視界はあっというまにグレーに染まる——。


「あっちの紙喰いは、まったくちがった」答えとしてはおかしいが、あえて言った。

「温泉卵から生まれたってか?」タツオが笑う。

「だとすれば、《食えそう》だ」リュウゾウがつなぐ。

「——配達もこっちとは毛色が変わっていた」おれは会話を正そうとする。「手紙のなかに石ころが入ってることが多かった。純政府の郵送だとまっさきに没収される品物だよ。だから、ネシティの需要にちがいを感じた。言葉を伝えるよりも、石の価値で想いを伝える。そんな風潮だった」

「やっぱあっちは、石が口ほどにものをいうか……」タツオは腕組みをした。彼らしい見慣れた仕草だ。「西の連会はどうだった?」


 それについては、キヅキも話せるところ。西の連会長とキヅキは知り合いだし、東の連会から人をよこしてほしいと頼まれたのは、ほかでもなくキヅキだ。


「あの連会長、くせ強ぇだろ?」キヅキがおれを見て言った。

「絶対に自分は動かないタイプだ。キヅキとは正反対」

「そんなんでよくおさが務まるな……」リュウゾウは言うと、思い出したように立ち上がった。「おっとわりぃ、茶を忘れてたぜ。ゴンドラが来るまでちっとある。まぁ、ゆっくりしてけや」


 ゴンドラが到着するまで、おれたち四人は麦茶のグラスを囲んで屈託のない会話に花を咲かせた。気心知れたやつらと長いあいだ話してなかったからか、自分の口がやたら動くことにおどろいた。


 しかし——なんか変だな、と思った。三人とも、ことあるごとによくわからない笑みをこっちに向けてくる。会話の間というか、すこしでも静かな時間ができると、にやにやと笑みが差しこまれる。なにか、三人だけが知っていて、おれが知らないことがあるような……。


 せっかく帰ってきて、その余韻に浸っている手前——なんなんだよ、気味がわるいな、と三人を問い詰める気は起きなかった。


 それくらい帰ってこられたいまがとても心地よくて、些細なことで最高な空気を壊したくなかった。



 山を登るゴンドラからの景色は、三年とそこらじゃ変わらなかった。廃墟にかかる肌色の砂が増えているかもと思ったくらい。


 どうにも晴れやかで爽快な景色に見えたのは、きっと気持ちの問題だろう。やっと帰ってこられたこと。西での仕事を終えられた達成感が、この景色に味をつけてくれている。


 ゴンドラはキヅキとふたりで乗った。しかし、ふもとの事務所でさんざん喋ったあとだったからか、どちらも静かに窓からの景色をながめていた。


 山を登りきってゴンドラが水平になると、手すりにつかまっていないと倒れそうなゆれが一度だけある。それを過ぎたら、降りるのはすぐだ。


 外に出ると、ひやりとした空気が鼻の奥を突いた。標高が上がって気温が下がるこの感覚が心地よい。帰ってきたと躰の底から感じる。


「おっかえり!」クルミが手を振りながら近寄ってくる。うねりのある髪は伸びて、顔は以前よりもすこし丸みがある。「セトだ、わ、まじでセトだ」

「なんだよ、その反応」

「三年も見なかったもん。なんか、信じられなくてさ」

「みんなは元気か?」

「あーもう、新人ばっか増えて大変だよ」クルミは眉をかたむけて笑った。「ネシティはもとより、ロビンばぁのほうもかなり人が増えちゃってさぁ」


 たしかに、見渡すと建物が増えているのが一目でわかる。それだけ連会に住む者が増えているということだ。


「工場は大丈夫なのか?」おれは探るように言った。「その……、ほら」


 ロビンばぁの体調が、工場全体にかなり影響しているはずだ。


「一番弟子のサンダが、いまは実質の工場長なんだけどね。ま……、見てもらったほうが早いかな……」

「すぐに工場に行くよ。ロビンばぁに会いたいし」


 義足のメンテナンスは西の連会にいる技術者にやってもらってはいたけど……。やはりロビンばぁのメンテナンスがいいな、と思ったことは何度もあった。


「あ、そういえばさ、セト、あんたの——」


 クルミが言いかけた瞬間、キヅキが大慌てでその口を塞ぎにかかった。

「な、ちょ、んんんもー!」クルミはからみつくキヅキの腕を振り払った。「なんなのよ!」

「お、おいって」


 キヅキは目で必死に訴えている。《いまはだめだ》と言っているように見えるが……。


「だぁもう、わかってるって」クルミはうんざりした顔で、「セト、あんたの、家、の、まわり、掃除、しといたからね」


 一語一句を押しつけるように言ってから、蛇のような目でキヅキにらんだ。そして、すぐに優しい目をこちらに向ける。


「草がぼうぼうだったし。なかのほうも軽くやっといたけど、あとはまかせるわ」

「ありがとう。たすかるよ」

「——ふぅ……」キヅキはなぞの安堵をつく。

「……なんなんだ? リュウゾウもタツオも変だったし。なんか隠してる?」

「いや。なんにも隠してねぇ」

「……そうかな」

「お、おうよ。な、クルミっ」キヅキは気まずそうな顔を流した。

「さ、どうかね。ま、楽しみにしてなよ、セト」


 すっきりとした笑顔とともにクルミはわざとらしく言った。キヅキは油を注いだ火みたいに、また慌てだした。


 この感じ——。ずっとむかし、おれが子供だったころだ。学校の帰りで、キヅキの様子が変だと思ったときがあった。ゴンドラを降りて、クルミがなにかを言いかけて、キヅキが慌てて。


 なにか隠しているな、と子供ながらに思った。案の上、連会本部に行くと誕生日の飾りつけがたくさん、ぶらさがっていた。ネシティや、工場の連中がクラッカーを鳴らして、おれの一〇歳の誕生日を祝ってくれた。


 しかしきょうはおれの誕生日じゃない。

 とすると……、遠征から帰った祝いをしてくれるのだろうか。

 たぶん、それだろう。

 みんなただでさえ忙しいのに、まったく、いいやつが過ぎる。

 でも、これだからおれはこの連会が大好きだ。


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