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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
愛を知るのに指輪はいらない
62/71

ー10ー

愛を知るのに指輪はいらない

 

「ぼくはカジナガ・アンリっす。アトラからの手紙を、東のネシティ連会に運んでいるとこっす」


 依頼人の居場所、届け先……、口にしているあたり違和感しかない。ほんとうにネシティの訓練を受けているのか?


「新人か?」おれは雷駆刀を鞘にしまった。

「お初にお目にかかります、先輩」アンリはぺこりと頭を下げた。「……まじで助かりました! あの闘いっぷり、生ける伝説っすよ! 尊敬を通り越して崇拝の域っす!」

「あんた、どこの所属?」

「アトラっす! アトラのネシティ連会に所属しているっす!」


 そうだ、何年か前、キヅキが言っていた〈ネシティ連会、アトラ支部〉の話。当時のキヅキは、そんなのが実際にできたらいいな、くらいの夢見心地に話していた。乗り越えなければいけない課題が山積していて、実現はかなり遠い、と話していたのが最後の記憶だが……。まさかもう現実になっていたのか。


「ほんとうにアトラ支部の?」

「そうなんす! まだペーペーですが、いちおうネシティの仕事はできてます」

「……訓練は?」

「訓練? というか、セミナーに参加したっす。半日で終わりました」


 たったそれだけ?

 いや、おかしい。

 変だ、ありえない。


「……シェルター維持班の経験は?」

「ないっす。シェルターのなかでのイロハは、筆記のなかで学んだので、大丈夫っす!」


 自信満々に言うあたりはさすがだ。しかし残念ながら、その話は明らかに《《ちがう》》。


「で、今回が初仕事?」

「そうっす! いまのところ順調っす!」


 あまり関わらないほうがいい人種かもしれない。ミカを危険にさらすわけにもいけないし、おれは去ろうとする。


「まぁ……。これからも死なずに、がんばってくれ」

「あ、よかったら握手させてもらえませんか!? 助けてもらったこの奇跡、肌で覚えておかねば後世にしめしがつかないっす!」


 返答するまでもなく、アンリはこちらの片手を一方的に奪った。うれしそうな顔で、握ったおれの手を上下にぶんぶんと振るので、こちらはなすがまま。


 もうなにがなんだか、どうでもよくなってきた。

 こいつは、明らかに騙されている。

 詐欺かなにかの被害者だ。


 ——ともすると背後に殺気を感じた。

 おれはアンリの手を解いた。

 すぐに振り返ると路地裏に入る手前で、ミカが立っていた。

 逆光でシルエットになっている。

 どこか、殺人鬼のような風態がうかがえる。


「ミカ、大丈夫だったか?」

「……なんだか、とても楽しそうですね、セトさん。そちらは女性ですか?」聞いたことのない低い声が投げられた。逆光のせいで表情が見えない。

「女……、だよな?」


 おれはアンリに目配せをした。


「はいっす! どうもお連れさまぁ!」


 アンリは元気よく答えて、ミカに手を振った。その場でぴょんぴょん跳ねたくらいにして。


「あちらの方もネシティさんっすか?」

「いや、彼女は旅人だ。おれも今回の道程は仕事じゃない。ただの旅だ」

「そ、そうなんすか!? じゃぁ、手紙はお持ちでないんすね?」

「いまは持っていない。——だから、仕事で紙喰いを倒したわけじゃない。この白灰はこのままにして、もう行くよ」

「え、いただいていいんすか?」

「こちとら荷物を増やす予定はない」

「わぁ……」


 両手を祈るように重ねて、アンリは光悦の目を向けてきた。


「助けてくれたあげく、礼もいらないとは……! まさに伝説っすよ! ドラゴンです!」

「……その伝説っての、やめてくれないか?」


 言われるたび、化石にでもなった気分だ。


「そのクールな態度がまた、伝説に拍車をかけるんすよ!」


 なんだ伝説に拍車って。言葉は合っているのか?


「やぁあああ、もっかい握手させてもらえますか!?」


 こちらが答えるまでもなく、アンリの両手はおれの片手をがしっと掴んだ。ふたたび上下にゆれる腕……、増して突き刺さるミカの視線がやたらと痛い。


 ——ずかずかと路地裏に入る殺人鬼。

 白灰を踏みつけ、握られた拳が漆黒の影を帯びる。


「ミカ……?」


 なすがままにゆれる肩をそのままに、おれは声を出した。表情が見えるくらいまで近づいたミカは、おれとアンリのあいだに立った。


「あの。どなたのどちらさまか知りませんが、うちのセトの腕をぶんぶんゆらさないでもらえますか? ダッキューしたらどうするんです」


 なんだ、この威圧感。 見開いてまばたきのひとつもしない目が、やたらおそろしい。


「は、はいっす……」さすがにアンリもなにかを察したらしい。「えと……、セトさんの彼女さんっすか?」

「ちが——」おれが言おうとするも、

「そうです」ミカは即答した。

「おい——」

「わあああ! 伝説の彼女さんっすか! うらやましい!」


 いったんは声量をしぼってくれたか、と思ったが、アンリのそれは長くつづかない。


「……ちょっと待ってくれ」


 いったん、場の空気を整えたくなった。

 いろんな気が散らかりすぎだ。


「ひとつ、聞かせてほしい。アトラ支部長の名前は?」


 え? とアンリはそんなことも知らないのか、と言いたそうな顔になった。


「サカザキ・ヘイジさんです」


 その名に最悪な心当たりがあったおれは沈黙を決めこんだ。


「知ってる人?」ミカがこっちを見る。

「ああ。知ってる」

「やっぱり有名なんすね! うちのリーダー!」

「……なぁ、アンリ。わるいことは言わない。あんたが本当にネシティになりたいなら、その手紙を届けた場所にいる、キヅキ・ヒモトという人間と話せ。そこで本物のネシティになりたい、と伝えろ」


 アンリはまばたきを何度か重ねて、言葉のわからない赤子のような顔をした。


「ぼく、本物のネシティっすよ?」

「……だろうな、いまはそう思っているだろう。だが、その電攻グレネードも、むこうに落ちている雷駆刀も、ただのレプリカだ」

「それってつまり……」ミカが言った。「ニセモノ?」


 おれはうなずいた。ここでようやく、アンリの表情が怪訝なものに変わりはじめた。


「な、なにを言ってるんすか。ぼく、ちゃんと認められたっすよ、ネシティとして。高いお金を払って、セミナーに参加したんすから。思い立ってから半年バイトして貯めたっす」

「ネシティとして、仕事をひとりで任せられるようになるには、シェルター維持班としての期間を一年以上過ごす。これは単体行動ではない。三、四人からなるひとつの班の一員として動くものだ。そこで道の選びかた、紙喰いを避けるすべ、闘うすべを教えられ、知っていく」


 いきなりひとりで手紙を運べだなんて、言われるはずがない。キヅキの管轄から派生した組織なら、まずありえない。


「——あと、純政府の窓口での手続きは踏んだのか?」

「そんなの踏んでないっす……」ついに泣きそうな顔だ。「じゃぁ……。ぼくは、騙されていたんすか?」

「その電攻グレネードをひとつ、貸してみろ」


 消沈したアンリは、頼りない手つきでグレネードひとつ、腰のベルトから外した。


「おれは電攻グレネードを使わないけど、これは明らかなニセモノだとわかる。本物なら、グレネードの底面にローマ字でmade in ROABINというグラフィティの印字がかならずある。これにはない」


 それどころか、made in ROARBINと、ゴシック体で味っ気のなく一文字多い。デザインがひどいばかりか、字をまちがっている。


「これをさっきの紙喰いに投げたとき、どこに命中した?」

「頭っす。脳天、ぴったり、命中っす」

「二発とも?」

「はい……」

「紙喰いは何秒スタンした?」

「……一発につき、一秒くらい?」

「ロビンばぁのレシピで正確に作った電攻グレネードなら、一五秒は動きを止められる。このニセモノは出力が低すぎる」


 ネシティにとっては死活問題だ。

 実際、アンリは死にかけていたし。


「……実家は金持ちか?」われながら、おかしな質問だ。

「あ、えと……」アンリは気まずそうにして、「楽園暮らしではないですけど、それなりに、普通の生活はさせてもらっている部類っすかね……」


 おれはため息をついた。あいつも懲りないな、と思いながら。


「サカザキは、一時期、ロビンばぁに弟子入りしていた。製作物の見た目を真似ることは得意だったが、内部機構を作るのは下手くそだった。だから見た目がそっくりでも威力が最悪だ。……そのくせ、工場の価値品をこっそり盗んでは、近くの街で換金したり、手癖のわるいやつだった」


 ここまで話せば、アンリの身になにが起きたのか、わかるだろう。


「ぼ、ぼくは詐欺にあったっすか……」

「そういうこと」


 セミナーに参加したのが何人なのかは知らないが、信じたやつの数が、被害者の数だ。だらりと両腕を垂らし、アンリはがっかりを全身で体現している。


「高かったんすよ、参加料……。半日でネシティになれるって、ぼくだけじゃなく、ほかの参加者もよろこんでたっす。雷駆刀と電攻グレネードを手にしたみんなの顔、いまでも覚えているっすよ……」


 消沈したアンリのそばに、ミカが近寄った。そっと、片手を握る。


「あなたが失ったのは、お金だけ?」

「え……?」アンリはミカを見た。「……と、自尊心?」

「家族は生きている?」

「父も、母も、その他も健在っす……」


 それがなにか? というアンリの顔だ。

 ミカはすっ、と肺に息を溜めた。




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