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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
学者で、女で、剛腕で
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ー21ー

学者で、女で、剛腕で

 

 叫び、気を荒げながら、アクセルレバーを握るその顔——見ずとも目に浮かぶ。


「んでもってさ」息をつきながら、キヅキは片膝を土から離して座った。俗にいうヤンキー座りだ。「トウマは死に際に言ったんだ。金がねぇなら、ここにあるありったけの白灰を連会に持っていけって。ネックレスが身分証代わりになるからって、これも親子に託したんだ」

「それで、キヅキが換金しに行ったのか?」

「ああ。その親子はいまリカドナに住んでるよ。楽な暮らしじゃねぇが、白灰のおかげで、しばらくは大丈夫そうだって、おっかさんは言ってる」


 目の前の十字架にかかるネックレスに、そんな物語があったと思うと、それを見るこちらの印象もだいぶ変わってくる。


「ネックレスは、どうして?」

「おっかさんが返してくれたんだ。これだって、売ればけっこうな金になるぜ? でもさ。これはトウマ自身のようなものだから、もっているわけにはいかないって」

「いい人だ。非情なやつなら、そのネックレスも迷わず換金する」

「だな。——息子さんも、元気で暮らしてくれたらいいな」


 感慨深く言って、キヅキはその場に立った。いくつも並ぶ十字架を見渡し、胸に片手を当てて、目を閉じる。そして、とてもちいさな声でキヅキは、すまかった、と言った。


「なぁ、キヅキ」

「ん?」キヅキは目を閉じたまま答えた。

「ネシティって、なにを運んでるんだろ」

「そうだな……」


 キヅキは目を開けて、空を見た。


「想い。じゃねぇかな」


 その言葉を聞けて、すこし安心した。おれもそう考えていたから。


「——きのうヒナと話したんだ。キルラって、人間の脳細胞と成分が似てるんだって」

「へぇ……。すげぇな。大発見だな、そいつぁ」


 だからどうした、という空気になるのはキヅキらしいところだ。いまさらキルラの謎が解明されたところで、自分たちを取り巻く環境がすぐに変わりはしない、という現実的な考えが根っこにある。


「なんで人間はネットとか、電話とか、そういうのを奪われちゃったんだろうって。そんな話もした」


 こっちのほうが食いつくか、と思って話題を投げてみる。


「ほう……、そっちのが興味あるな。いまさらキルラがどうとかいわれても、実感ねぇしな」


 そう言ってキヅキは胸の片手を下ろした。


「ヒナは、知恵の重みを忘れたからだって、言ってた」

「知恵か……。頭がよくて、文明も栄えていたから、わるいことばっかり思いついたんだろうな、過去の人間は。まぁ——いまもか。なんでそんなことができるんだって、こっちがびっくりするほどの悪巧みをするやつほど、頭がいいんだよ。人が苦しんだ先に、自分が利益を得る方法をぱっと思いついちまう。むしろ、苦しむ顔を見て楽しんでさえいる。——その頭を他人のために使える、いいやつで世の中が溢れたらいいのにな」


 いま、クルミと献花を片づけているヒナは、そのいいやつであることはたしかだ。


「でさ」おれがつなぐ。「ネシティをしているから、そう思うのかもしれないけど。もし、キルラが現れたのが人間のせいだっていうなら、なにを忘れたせいで、その罰を受けたのか——って。おれの考えは、ヒナとはちょっとちがうんだ」

「ほう、なんだ?」

「言葉の重み——じゃないかって」


 人が言葉を覚えたのは、伝えあうためだ。人間がほかの動物よりも頭脳や組織力で一線を画したのは、言葉の力による部分が大きい。


 その卓越した機能を使って、人間は助けあうだけじゃもの足りなかった。電話、メール、ついに辿りついたネットの世界には、愛や感謝の言葉がたくさん飛び交っていたはずだ。


 しかしその裏で、刃のような言葉も飛び交っていた事実がある。その量は、面と向かって一対一が言いあうのとは、比べものにならなかったはず。


「もし動物たちが人間の体から、ひとつの機能を授かることができるなら、きっと脳をほしがる。人間の脳があれば、言葉をしゃべれる」

「そうなっちまうと、おれたちはほとんどの動物に勝てないかもしれねぇな。身体能力でいったら、けっこうしょぼいぜ? 熊ほどの力はねぇし、鳥のように飛べない。俊敏さにおいては、犬や猫にとうてい敵わない。聴覚や嗅覚も負けちまう。指の器用さだけは、自慢できるところか」


 もしほかの動物たちが、人間の頭脳を得た末に、種族を超えて結託してしまったら……。文字どおり手も足もでないだろう。


「火の使いかたを、おれたちは知っている。その火だって、まちがえれば、災害になることも知っている」

「言葉もおなじか……」

「それに気づいてたら、もしかしたら、キルラはなかったかもしれない」

「あとの祭りだな」キヅキは息を捨てるように言って、立ち上がった。「おれたちは、ネット社会の先に生まれた現状を生きていくしかない。そこでの幸せを、一個いっこ拾って噛みしめていくしかない」

「でもさ。おれ、思うんだ。ヒナみたいなやつが、まだこの世にいるんだって。どんな風当たりを受けても、信念を貫こうとする、《《いいやつ》》が。

 だから、いつかキルラを壊す方法を見つけられるやつが、現れるかもしれない。そしたら、またネットとかを使えるかもしれない。スマホってやつも、ちゃんと画面が映るかもしれない」


 そうなったときには、おれの寿命はとっくに超えているかもしれないけど。


「キヅキ、言っただろ? 希望を持つことは生きる理由を持つことだ、って」

「そんなこと言ったか?」キヅキは恥ずかしそうに頭をかいた。「ああ——そういや言ったっけな。なんか熱血やろうみたいで恥ずかしいな」

「義足がうまく使えなくて、転んで頬に傷ばっかつけるおれを、励ましてくれた。希望をもて、あきらめるな、って」

「……いま思うと、義足の経験もねぇのに、えらそうになに言ってんだって、我ながら思っちまうな」


 おれにとって、学校は地獄のような場所だった。けど、キヅキとクルミはぜったいにおれを否定しなかった。帰る場所があると思えたから、毎日、歯を食いしばることができた。ふたりにはどう恩を返せばいいかわからない。


「……ほら、小学校で足を笑われたとき。いつかおまえらより速く走れるようになるって、いじめっ子に向かってった日。あのときもぼろぼろに負けて帰ってきたけど、キヅキは励ましてくれた」

「——夢を笑うやつは、夢を叶えたことがないやつだ。そんなやつに耳を貸すな。なりもふりもかまわず、まっすぐに進むやつが羨ましい、ねじ曲がりひねくれくそやろうだ——」


 思い返すように言って、キヅキは笑った。急に強い風が吹いて、あたりの木々がざわざわとゆれた。


「覚えてるもんだな——てか、いまでもその想いは変わらねぇわ。だから……、リョウがもし、本気で純政府に入りたいってんなら、応援しなきゃならないと思ってる。おれとしては、ちょっと、いやだけどな」


 今度は渋葉を噛むような苦笑いだ。


「もしかしたら、リョウは純政府を内側から変えるやつになるかもしれないだろ?」

「だと、いいけどな……。その熱が、あいつにあればな……」


 親としての不安なのか、純政府に対しての不信感なのか、リョウの考えが見えないからなのか。キヅキの顔に影がかかる。


「いまはああやって、すましてるけどさ。キヅキとクルミの息子だ、まっかに燃え盛る情熱っていうか、そういうのあるさ。ふざけんな、ばかやろうって、理に適ってないことにキレるところ。ふたりから受け継いでなきゃおかしいだろ?」

「だといいな……」


 どうしても不安を拭えないキヅキの心中を察すると、こちらも締めつけられる思いがした。


 しかしリョウの人生はリョウのもの。道を示してやることはできても、その行方を強制することはだれであってもできないし、するべきではない。たとえ、血のつながった親であっても。


「あのー、セトさん」


 崖のふちに近い場所から、ヒナはこちらに声を投げた。その視線はすぐに遠くの空へと投げられる——ひたいの上に手を添えて、日光をやりすごして、なにか飛んでいるものを見ているようだ。


「あれ、なんでしょう……?」


 彼女が指さした先の空には、黒い点が飛んでいる。


「ただの鳥じゃないの?」クルミが言う。「鳥がなんでもかんでも紙喰いになっているわけでもないし。ああいう普通なのもいるものよね。そもそも飛んでたら変だし」

「だが……」キヅキが反応する。「サイズがおかしくないか?」


 それについては、おれもすぐに思った。距離はかなり離れているはずだが、どうも、違和感がある。


「それになんか……」おれが言う。「《《かたち》》がおかしい」

「色も……」ヒナは目を凝らした。「黒というよりは、すこし、ムラサキに近くないですか?」

「まじかよ」


 おそらくこのなかでいちばん視力がいいキヅキが緊張感のある顔をした。そして、おれたち全員は最悪の事態を考えねばならないことを知ってしまった。


 遠くに見える黒い点は、だんだんと近づいてくる。ムラサキ色の大翼を上下に大きく羽ばたかせ、確実に、こちらへと飛んでくる。


 あれをいまさら紙喰いだと改めて言う必要はなかった。視認している全員が、それを確信しているのだから。


 ただ、問題はむしろ別にあった。

 空を飛ぶ紙喰いは、その一体ではなかった。

 鳥のかたちをしたやつの上になにかが乗っていた。

 なにか——?

 ちがう。

 だれか、だ。


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