ー20ー
学者で、女で、剛腕で
「そうそう」クルミはにわかにおどろいて、「よくわかったね。さすが学者さん、頭が切れるわぁ」
「あぅ、なんだか言い当てるべきではなかったという罪悪感が押し寄せてきます……」
「いいのいいの、気にしないで」
クルミは指を閉じた片手を軽く上下させた。立ち話に明け暮れる主婦がよくする動きだ。
「あいつ、あんな調子だけど気が滅入りやすいっていうか、ちょっとナーバスな部分あるのよね。責任感が強すぎるっていうかさ。キヅキが連会のリーダーになってから、ネシティの死者はずいぶん減ったんだよ。なんだけどさ、やっぱり、仲間が死ぬのは辛いよね」
そんなキヅキを助けるために、ロビンばぁも寝ずの研究を加速させている。いずれ、おれが着けている義足のようなものを、どんなネシティでも装備できるようになるかもしれない。だれでも翼を持てる——そんな時期がすぐにもきそうな気配がする。
「倒せそうにない紙喰いは、倒さずにげろ——キヅキはそういっているんだけどさ。やっぱり白灰の値打ちには勝てないっていうか。命を落としちゃうやつって、お金に目がくらんでいるやつが、得てして多いもんなのよ……」
クルミはそこまで言って、横目をこちらに流してきた。これは注意喚起するときの視線だ。
「あんたも気をつけなさいよ」
「だけど、おれが紙喰いを殺せば、被害者の数も減る」
「そうだけどさぁ……」クルミは息をついて、「心配だよ、そりゃ。自分の息子同然だもの。キヅキにとっても、だよ。立ち向かうのは大人になったあんたの自由だけど。自分ひとりの命じゃないってこと、ちゃんと悲しむ人がいるってこと、忘れんなよ」
スパイスの効いた優しさには、余計な反論をすべきではない——これは幼少期からの教訓だ。
墓地への山道を登るのはひさしぶりだった。今年の夏はずっと遠征に行っていたから、墓参りの機会を逃していた。
山道はコンクリートでもないし、丸太の階段があるわけでもないけど、踏み固められて歩くには楽だ。周囲の木々に日光がほどよく遮られて、夏はすずしい場所だ。冬にさしかかるいまは、すこし寒いくらい。
「金属の建物ばかりの連会から、自然に囲まれた山道に入ると不思議な気持ちになりますね……!」
探検服に身をつつんだヒナが言った。髪も三つ編みのポニーテールだ。
「不思議って、どんな?」前を歩くクルミが答えた。
「うーん……。未来感と、原始感の融合、といいましょうか」
「なるほど、わからん」クルミは笑った。
「道、だれか整備してくれてるのか?」おれのうしろを歩くキヅキに訊いた。「前はもっと、でたらめに伸びた木の枝とか、葉っぱとかが躰に当たってたはず——」
すぐに返事が返ってくると思ったが、キヅキはすこしうつむいたまま、答えようとしない。
「おい、キヅキ?」
「あ? ——ああ、どうした?」
「大丈夫か?」
「ああ、なんでもない」
「……なにか、考えてる?」
「そうだな……。いっつも、なんか考えてるな、おれ」
冗談のつもりで言ったのだろう。微笑んではいるが、その顔はすこしひきつっていて、心を無理させているように見えた。
「天気、晴れてよかったな」道に目を向けて、おれは言った。
「——だな。おれが墓参りに行くときは、いつも雨なんだよ」
「それはキヅキが雨男だからだ。クルミとヒナが、晴れ女なんだよ。キヅキの負けだ」
「ちがいない」キヅキは自然な笑みを浮かべる。「おまえはどっちつかずの曇り男だしな。晴天快晴を呼ぶ女性陣に、おれたちが勝てる見込みはない」
「たしかに」
おれが笑うと、すぐ前を歩くヒナがおどろいた顔をこちらに向けた。
「——どうした?」
「あ、えと、ごめんなさい」ヒナはすこし慌てて、「セトさん、そんなに笑うんだな、って」
「ああ、まぁ、これくらいふつうじゃないか?」
「そう、ですよね。あ、なんかごめんなさい、勝手に観察してしまって」
「キヅキといると、自然になるのよ、この子」先頭のクルミが口をはさんだ。「あたしなんかといるより、よっぽどよ。嫉妬するわー」
「そりゃ、いちばん長い付き合いだしな」キヅキが言った。「反抗期もなかったし、いい子だぜ、セトは」
「もう子供じゃない」
「そりゃもう、立派なもんさ。恋愛以外は」
また冗談でキヅキが言うと、なぜかヒナの肩がビクッと反応した。それと同時に遠くでなにか、ちいさな鳥の鳴き声がした。風に木がゆれて、木漏れ日がゆらゆらと遊びはじめる。
「わ、わたしも恋愛なんか無頓着ですよ、仲間ですね、セトさん……」
「うーん、でも、ヒナさんのはなんかちがうなー」クルミが言う。
「ち、ちがうといいますと……」
「恋愛経験がなかったとしても、恋愛を求めている。対してのセトは、恋愛それ自体を求めていない。頭では」
「頭では……?」ヒナが首をかしげる。
「本能では、そうでもないかも」
にひひ、とクルミは変な笑いかたをした。
「やめてくれ」おれは言った。「ほら、歩くのに集中しないと、ケガするぞ」
「ま、時間とともに明らかになるでしょうねぇ」
にやついたクルミに先導されるまま、一行は山道を進んだ。連会を出てから一五分も歩いただろうか。木々に囲まれた道が急に開けて、はるか遠くまで見渡せる平野に出た。ここからは、ふもとのゴンドラ乗り場も、学校のある街も見える。あとは砂とコンクリートの道や廃墟、そして天高々とそびえるキルラ。
地上の景観は、ほとんどが肌色と灰色コントラストだ。それに、空の水色を突き刺すキルラの紫を足すと、絶景と呼べるものになる。
「わぁ、すごい! ずっと先まで一望できますね! 双眼鏡を持ってきたらよかったぁ」ヒナは嬉しそうに言った。
すこし伸びた芝生に、ところどころの土が盛り上がったところがあり、そこに十字架が立てられている。金属の十字架には、亡くなったネシティの名前が彫られている。
「あ……、ごめんなさい、墓前ではしゃいでしまいました……」ヒナは身をちぢめて言った。
「いいのよ、この景観だもん、ちょっとくらい喜んでくれないと。《《 みんな》》も暗い顔でこられるよりは、明るい顔のほうがいいはずだし」
そう言ってクルミは墓のひとつひとつをまわって、供えられていた枯れ花をひろって集めていく。
「あ、わたしも手伝います」ヒナがそれにつづく。
「ありがと」クルミはしゃがみながら返した。
「この花……、枯れてからまだ日が浅いですね」
「うん、最後にきたのはひと月前くらいだったかな。これでも遅いと思ってるんだけどさ。なかなか、連会での仕事が混み入ってくるとこっちに気が向かなくてさ。言い訳だけどね」
話しているふたりをよそに、キヅキはすぐ一基の墓に向かった。膝をついて、手を合わせ、ポケットから銀色のネックレスを取り出した。それを、十字架の首にそっとかけてやった。
「だれの墓?」近寄って、おれは訊いた。
「トウマだ」
「ああ、あいつか……」
そいつには何度か会ったことがあった。二〇代後半の男で、夜になると酒ばっかり飲んでいるやつだった。でも朝になればけろっとして、二日酔いなど無縁のやつでもあった。実際に見たわけではないけど、紙喰いとの闘いも上手かったと聞いている。
「——なんで?」死んだのかを問うた。
「親子ふたりで、夜逃げした母子がいたんだ。命からがら、水も食料もなく、飢えているふたりをトウマは配達の最中に見かけてな。んでもって、助けようとした。最初は一匹の紙喰いだった。そいつは倒せたんだが、振り返ると、もう一匹いた」
状況が手にとるように想像できる。たぶん、そのもう一匹は、逃げる親子を襲おうとしたんだろう。
「庇うかたちで、トウマはあいだに入った。刺しちがえて、おあいこさま——。紙喰いの鋭いクチバシがトウマの腹に刺さって、雷駆刀は相手の脳天に刺さっていた」




