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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
学者で、女で、剛腕で
43/74

ー15ー

学者で、女で、剛腕で

 

「入れないだろ? おれみたいのが」

「あ、そこは大丈夫です。楽園で学者の名がつく仕事をしていると、特見紹介人とっけんしょうかいにんという枠を半年にひとつ、いただけるんです」

「下界からひとり連れてこられる、と?」


 おれが言うと、ヒナは全力とも思えるうなずきを連発した。


「はい! なので、ぜひ、ぜひぜひぜひ〜!」そして目を輝かせ、見つめてくる。「宿泊をせず、日没までの滞在なら許可されます。残念ながら、書物を買って帰ったりとか、わたしの私物を譲渡したりとかは、できないのですけど……。目で見て、記憶に焼く程度なら、いくらでも許されます」


 いかがでしょうか……、とヒナは頭の位置を低くして言った。だが、楽園のやつらがいうところの、いわゆる下界の人たちの顔がよぎって離れなかった。


「断るよ」

「……あ、う」まるでボディブローでも食らったような顔だ。「で、すか……」

「ああ」おれはすこし笑いながら、「もし、あんたがだれかひとりを連れて行けるってんなら、おれじゃないやつを選んだほうがいい。勉強熱心で、知識を欲していて、未来があるやつ」


 ここまでいうと、頭のなかで並んでいた知り合いたちの顔がどんどん消えていき、最後にはたったひとりの顔が浮かんだ。


「リョウ、とか」


 もしほんとうにリョウが楽園に行くとなると……、護衛が必要にはなる。


「そうですね……。彼のほうが道徳的観点からしても、妥当だと思います……」


 心なしか、残念そうに言っているように聞こえた。


「なにか、気に入らないことでも?」

「え? そんな、そんな——! そう見えたなら誤解です。ただ、セトさんが楽園を見られないのは、残念だな、って……」

「大丈夫。そこまで見たいと思ってない」


 小説もたくさん売っているのだろうけど、買ってこられないルールがある以上は、楽園に用事はない。


「キヅキに相談してみるよ。ヒナの案内で、リョウを楽園に連れて行けないか、って」

「あ、いや、その……」ヒナは口をへの字にして、悲しそうな目をした。「リョウさんにきてもらえたら、この国の未来は明るくなると思います。でも……、もしかしたらなんですけど。楽園を見て、肌で感じたあかつきに、いまの生活がいやになってしまう可能性も、あったり、なかったり……」


 山奥の連会と、ふもとの街を行ったりきたりする生活よりは、楽園で学を深めていたい、とたしかに思うだろう。知識欲を満たすには最適かつ、最上の場所なのだから。


「上を知れば、下に嫌気がさす……?」

「あ、えと、ごめんなさい」


 なぜ謝ったのかは、問わずともわかる。ヒナが楽園出身であるからこそ、頭が重くなるのだろう。


「……でも、楽園こそ、純政府の息がかかった本ばかりなんだろ?」


 あまりいい質問ではなかったのか、ヒナは肩を上げてしばらく固まった。


「……図書館が、あります」

「買わずに、本を読める場所? 小説なんかを何冊も?」

「はい……」


 なんだか、がっかりした。やっぱりかと思った。そうなんだな、と思った。目の前にいるヒナに対してさえ、少々の苛立ちを覚えたくらいだ。


 これはいい感情ではないと自分で思う。言葉に出さずとも、顔色には表れてしまう。ヒナはこちらの眉間を見て、すこし怯えた顔になった。


「ああ……、言うべきじゃなかった」息を震わせながら、ヒナは息をついた。

「大丈夫だ。これは、おれの問題だ。ただの嫉妬だと思う。おれは——ほら、小説が好きだから。金も払わずに何冊も本を読める場所なんて、天国じゃないか、って」


 天国——、もとい楽園か……。


 ヒナはしばらく黙って、拳を固く握った。肩がまた震えて、息を詰まらせては深い呼吸でどうにか肺をゆるませる。何度目かの呼吸のあと、しずかに口を開いた。


「わたし、楽園からきたって言うの、こわいんです。まして図書館があるなんて暴露したら、殺される覚悟です。でも、セトさんなら、大丈夫だと思いました。あなたは、その、すごく優しくて、人の痛みをずっと理解していると、肌でわかるから……」


 そこまでの人間ではないが、褒めてくれたのは素直にうれしかった。それと、嫉妬に流される前に、ヒナの覚悟を汲み取るべきだったと後悔した。図書館の存在をいうことは、ヒナにとってなんのメリットもないのだから。


「わるかった。顔に出したりして」

「いえ、そんな……。こちらこそ、ごめんなさい……」

「嫉妬って、こんなにくだらないんだな。いい気分じゃない。まったくもって最悪だ」


 なにが最悪かって、こんなくだらない感情を湧かせる自分が、最悪だ。なんのために人間がこの感情を持って生まれたのか知りたいくらいだ。


 この感情は無駄だ。

 いらないところに生えてくる毛とおなじくらい、無駄だ。


「嫉妬は、向上心と密接な関係にあります……。嫉妬するからこそ、人は成長しようとする。上があるからこそ、それに近づこうと自らを鍛えていく。……でも、それはいい使い方をした場合のみの話です。ほとんどの場合は、嫉妬によって他者を攻撃する方向に流れがちです。二〇〇年前は、もっとひどかった……」


 そう言ってヒナは顔を沈めた。——ふと、最初に話そうとしていた内容はなんだったか、と思った。


 ヒナとの会話はどれも有意義なのはちがいない。けれど脱線を繰り返して、ほんとうに話したいことの行方が見えなくなっているのでは、とたったいま感じた。


「あのさ……。なんの話をするんだったっけ?」

「あ、え、ああああ!」ヒナは目をまん丸にして声をあげた。「そうです! 忘れるところでした!」


 ヒナはパジャマの胸ポケットから、なにかを取り出した。それは豆よりもちいさい、黒い粒だった。いまはヒナの指先につままれているが、床に落ちたら探すのに苦労しそうだ。


「……なにそれ?」おれは目を凝らした。

「マイクロSDカード、といいます……」

「なんだそれ?」


 聞いたこともない。


「二〇〇年前に流通していた、記録媒体です」

「そんな、豆よりもちいさいのが?」

「ええ。このなかに、ざっと一五〇〇〇冊の小説を収納できます」


 ついに頭がおかしくなったのか、と思いたくなった。が、冗談をいう空気ではなかったし、ヒナはいたって真剣そのものだ。


「ちょっと、いいですか?」ヒナは立ち上がって、こちらにきた。髪から石鹸のにおいがする。「32、と書いてありますよね。これがこのカードの容量なのです。多いものだと、256、512、もっといえば1000……、そこまでいくと単位が変わるのですが。文字の集合体程度なら、いくらでも収納できます」

「……ほんとうなのか? これに本をしまったとして、どうやって取り出す?」

「画面上で、読むのです。本を」

「ああ……」ここまできて、ようやく理解が追いついた。「メールとか、エスエヌなんとか、みたいなのと一緒か? 二〇〇年前の人間がそろいもそろって、手元で発光する《《 うすい板》》を眺めていたって、純政府の教科書にはあったな。なんだっけ、その板の名前」

「スマホ、ってやつですね……」

「ああ、それだ」


 あまりにも興味がなくて、すっかり忘れていた。


「そのスマホ自体にも、記録媒体は組みこまれていたんです。けれどもキルラが発現してからは、スマホ内の内蔵データを参照しようにもノイズだらけで、まるで機能しなかった。画面には、ブロック状の切り絵を並べたようなめちゃくちゃな映像ばかりが映ったんです。でも充電はできるし、操作次第では懐中電灯になったりしたらしいのです」


 なにを思ったか、ヒナは両手で長方形を模ってみせた。


「カメラのカシャ! という音だけを鳴らして楽しんでいた人もいたようなのですが……。けっきょく画面はノイズだらけで、写真などあってないようなもの。そのカメラ音でさえ、なんだか気味のわるいものに変わったとかで……。次第に人は、スマホ、パソコン、その他の電子精密機器の使用をあきらめて、いまにいたります。——あ、よかったらどうぞ」


 ヒナはカードをこちらに渡そうとする。


「いいのか? 貴重なものなんだろ?」

「わたしの私物ですから、ぜんぜんです」

「さわってもいいのか?」

「ぜひぜひ!」


 それならば、と思いつつカードを受け取った。想像していたよりもずっと軽くて、持っている感覚すらなかった。どこかに落としても、落としたことにすら気づかなそうだ。


 ふと、いまの話のなかで、ひとつ思い当たることがあった。


「純政府による、電子機器の一斉回収——」指でつまんだカードを顔の前にもってきて、おれは言った。

「そうです。それが起きたのは二一三四年。純政府発足の四年後です」


 言ってから、ヒナは体の向きを変えて、ベッドのほうへともどった。


「キルラ発生からの一〇〇余年、スマホやパソコンは使えないゴミでした。いちおうレアメタルの存在が、ある程度の価値を保っていましたが、それすらも使い道がかぎられていく末路になります。けっきょく、希少な素材も用途がなければ用なしですからね……」

「金属に求められるものは、質より量……。でも、そんなのばかのばかごとさ——。ロビンばぁがよく言っていたな」

「ロビンばぁさまはすごいですよね……。高周波炉を見学させてもらいましたが、素人には未知の技術で満ち溢れていました……! 重量がアルミ並みに軽く、強度が超硬合金……。あんな金属、見たことないです」


 それはおれの義足にも使われている、ロビンメタルというやつだ。


「当然ながら製作方法をおたずねしました。しかし、ロビンばぁさまはいうのです——」

「スーパー企業秘密さね」

「そうなんですうぅぅぅ」ヒナは目をうるませて、「原料はなんなのか、加工過程はどうなっているのか……。うう、知的好奇心が暴走しそうですが、ここは堪えなければ。わたしは歴史文明学者ですからね……!」


 ふん! と鼻を鳴らして、ヒナは謎に気合を入れた。


「あ、話をもどしますけれど……」そしてメガネの位置をくいっと直して、 「純政府がスマホやパソコン、そして記録媒体などを回収、収集していった理由が、いましがた、におってきたんです」

「におう? はっきりとはしてないのか?」

「ええ……。楽園ではいま、ある老人が残した手記が話題になっています。要約すると、その老人が伝えたいことはひとつです」


 《キルラの届かない場所がある》


 ヒナが置いた言葉は、まるで冗談のようだ。そして、だれしもが一度は考えそうなものだ。いつか背中に翼が生えて、空を飛べるかもしれない——それとおなじくらい、現実味がない言葉。


 ただ、楽園のなかでその言葉がでたのなら、もしかしたら……。


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