ー12ー
学者で、女で、剛腕で
食事を終えて、ひとます解散となった。自分の家にもどる前に、キヅキとふたりで話すことにした。本部の長が使う会長室は、とくに高級感がある一室というわけでもない。一〇畳の空間に、金属製のデスクと、パイプ椅子。客が座るためのソファはそれなりに質がいいが、せいぜいそれくらいだ。ニスを塗っていない木製のローテーブルは傷だらけ。ここにお茶を出されても、客の気分は踊らないだろう。
高級だからなんだ? というキヅキらしい思考が、室内のところどころに垣間見えている。とはいえ——
「破れたカーテンがそのままってのは、どうなんだ?」
おれはソファに座りながら言った。
「こんな山奥だぜ? だれが覗くんだよ」
キヅキは笑っている。
「見栄えの問題だよ」
「見栄えねぇ……。そんなもん、重要じゃねぇさ。大事なのはここ」キヅキは片手を拳にして、自分の胸を三回叩いた。「とりま元気そうでよかった。でもなんか、ひどい目にあっただろ、おまえ」
どうしたってキヅキには隠せないな、と思った。おれの顔色を見てるのかなんなのか、だれかとケンカしたことを必ず言い当ててくる。おれが子供のころから変わらない。学校でケンカした日は、ぜったいに《《なんかあったか?》》 と訊いてくる。
「頭に鹿の骨を被った、槍を振りまわす、声のでかいやつ」おれは言った。
「あ——! 知ってるぞそいつ!」キヅキの目がぎょろっと開いた。
「そいつが、キヅキにやられた腹いせで、だれでもいいからネシティを殺したくなって、おれがさらわれて、殺されかけた」
「はぁ!?」今度は鬼の形相だ。「なんだよ、あいつ、ぜったいネシティに手を出さない約束で見逃してやったのに!」
ここで昔のキヅキだったら、ちょっと殴ってくるわ、といって部屋を飛び出すところだ。しかしいまは顔を伏せて、両手を膝に押しつけて、ぶるぶると肩を震わせ怒りを堪えている。
「……で?」奥歯を噛みながら、キヅキは顔だけを持ち上げた。無理やりつくった笑顔が逆にこわい。「おまえが生きてるってことは、さらわれても問題なかった、ってこと?」
どう答えたものか、話せば内容が多すぎて長くなりそうだ。なるべく簡潔にならないものか。
「まぁ、結果としては——姫を助ける勇者と行動をともにして、万事解決した」
おれを死のそばに置いた張本人もまた、勇者なのだが……。プレギエラから逃げたいまも、あのふたりは無事だろうか。
「狂った信仰の対象になってた紙喰いも、始末した」
「紙喰いが? 信仰対象だって?」信じられない、という顔でキヅキは言った。
「カエルの紙喰いだった。生後すぐに拾われて、飼ってるうちに巨大化してきて……。でかくて手に負えないから、麻酔漬けにして牢屋で監禁。神経が動かないから、骨ばかり成長させて、なんかの植物みたいになってた。——いま思い出しても胸がやける」
「おまえが殺したのか?」
「ああ」
キヅキは深いため息をついた。
「人間って、そこまで狂えるもんかね……」
「どいつもこいつも狂ってるさ。まともな人間がいたら奇跡だ」
そうだな、と相槌をうってくれたけど、その顔はすこしにやついていた。こっちはいたってまじめに言ったけど、キヅキは冗談だと思ったのだろうか。かまわず、話をづつけることにした。
「知ってるかもだけど、キヅキが闘ったやつはオロチって名前でさ。そいつがあるマンガをもとに信仰を開いたんだ。それに共感するやつらが集まってできたのが、プレギエラっていう宗教団体。——なんだけど、実際は反純政府思考の人間が集まって、小規模集落を形成していた、って感じ。信仰はすでに、お遊びに近いものになっていたんだけど。いちおうの教祖であるオロチの信仰心だけは純粋かつ本物だった。 だけど信徒たちは、そんなオロチをせせら笑いながら、ただ単にコミュニティの一員としての生活を楽しんでいた」
こちらが言うと、キヅキはまた腕を組んでむずかしい顔をした。片足がぱたぱたと貧乏ゆすりをしている。
そしていま、遠くのほうで爆発音がしたけど——ロビンばぁが新兵器の実験しているのだろうか。休養を知らないおばあちゃんだ。
「——なんだって、キヅキがオロチと闘うことになったんだ?」
問うと、キヅキは貧乏ゆすりを止めて組んだ腕をほどいた。顔の表情は穏やかな海みたいに落ちついた。
「行方不明のネシティがひとり、いたんだ。西の連会から来たやつだから、おまえは顔を合わせていない。——んで、そいつを見たってやつが連会に来てな。骸骨かなにかの被りものをしたやつと一緒に、紙喰いを追いかけていたんだとか。消息が気になっていたし、散歩がてら、そのエリアに行ってみることにした。ちょうどクルミから、休め休めってうるさく言われている時期でもあったけどさ」
ただでさえ多忙が当たり前のキヅキが心配されるなんて、よっぽど仕事ばかりしていたんだろう。ひと段落して、それでもまだ仕事を探しているから、クルミがついに肩に手を置いた、というところか。
「休めといわれても、全然休んでないな」
「ああ。けっきょく戦闘になっちまった。そりゃ怒られたさ、クルミに。休めとは言ったけど、永眠しろなんて言ってない——って」
「でも、オロチと会っただけじゃ戦闘にならないだろ? どっちがふっかけた?」
おれが言うと、キヅキは肩を落とすように深い呼吸をした。
「無論、相手さ。例のエリアに行って、わりとすぐだったか。高いビルから見渡したら、電装兵器も使わず槍一本で紙喰いと闘うばかがいたから、すぐにわかった。イノシシかってくらい、ぶつかってはぶっ飛ばされてを繰り返していた。見かねて、おれが紙喰いの命を横取りした。すると——」
「てめぇ、どういうつもりだ、勝負しろ?」
「正解」
あいつほど言動が読みやすいのも、あまりいない。キヅキは片腕をさすりながらつづける。
「拳でみぞおちをやっても、まだ意識があった。あれはそうとう丈夫な体だぜ? 気合いも人並みを軽く外れてた。そもそもあの槍はなんだ? 雷駆刀のほうが刃こぼれするんじゃないかってくらいに固かった。なんか知ってっか?」
「つまりあれだよ。紙喰いの……」
「骨?」キヅキは口をへの字にして、あからさまな嫌悪を表した。「うわぁ……。飼ってる紙喰いから、いくらでも生えてくるから、ちぎって武器にしましょう——ってか。ありえねぇ、どうかしてる」
「それで、キヅキはあいつになにか言ったのか? その、行方不明のネシティのこととか」
「ああ——。あいつは元気にしてんのか、って、それだけ訊いたんだよ。そしたらオロチは、当たり前だろ、プレギエラをなめんな、ってさ」
「それだけ?」
「それだけさ」キヅキはリラックスした様子で、天井を見上げた。「信頼できるやつからの前情報もあったし。拉致監禁されてるわけでもなけりゃ、あとは個人の趣味趣向だ。またネシティにもどってくるかもしれないし、プレギエラに身を置いたままかもしれない。そうなるともう、なにか起きるまで介入はしないさ。状況によって、最適の行動をとるしかない」
しかしキヅキは、思い出したようにこっちを見た。
「——いや、そのまえに、おまえには謝らないとか」
オロチを逃した自分のせいで、おれが拉致監禁された、といいたいのだろう。こちとら、己が命ほしさにキヅキの手まで汚れていいとは思っていない。
「いいんだ」おれは片手のひらを見せた。「こっちの不注意でもあった。ネシティの格好をしたやつに、背後を許してしまったから」
「不意打ちでも食らったのか?」
「雷駆刀の電撃」
「まじか!」キヅキは顔をこわばらせる。「おまえ、そんなもん食らって、よく生きてるな……」
「ずっとメンテしてなかったから、バッテリーが劣化してたっぽい。たぶん、雷駆刀はその行方不明だったやつのものだ。今度からは気をつける。道で会う初対面は、だれだろうが信用しない。たとえ、ネシティの格好をしていても」
おれが言うと、キヅキは顔を伏せて、息を強めに吐く仕草を一度した。それからゆっくりと息を溜めて口を開いた。
「おれの甘さのせいで、おまえを危険にさらしちまったのか……」
「なら、オロチを殺しておけばよかったと?」




