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学者で、女で、剛腕で
「おう、なんだ? セトか!」見慣れたやつが身を乗り出して言った。
「ただいま!」手を振ってみる。
「お! 来たな、クソなまいきボウズ!」
「その呼び方やめろ!」
じゃれるつもりで声を返した。だっはっはっ、とキヅキは笑っている。遠目だからはっきりはしないが、前髪に白い部分が増えているような気がした。頬も、昔よりは窪んでいるように思えた。
「おとなりさんは? ——まさか彼女か!?」
「ちがう、連会の客だ。ゴンドラで一緒になった」
「そうか——」キヅキは、ヒナに視線を移した。「こんな山奥まで足労だったろ。酒場と寝床くらいしかねぇけど、まぁゆっくりしてってくれ」
「あ、ありがとうございますぅ!」
両手を上に伸ばして、ぴょんぴょん跳ねながら、ヒナは声を返した。
「じゃ、下まで降りるわ!」キヅキはそう言って窓を閉めた。
「あの方は? 連会の長ですか?」ヒナがおれの横顔に言った。
「そんなとこ」
そして、まったく関係のない方向から、聞き覚えのある叫びが——
「セエェェェェトゥオォォ!」
まちがいなくロビンばぁの声だ。深くしゃがれているが、張りのある大声。工場の熱気をいつも吸いこんでいるから、ノドがぶっこわれたと本人は言っていたが、そんな身体的事情はもろともしない、はっきりとした叫びが思いきりひびいた。かすかなやまびこが聞こえたくらいだ。
ついでに、なにか大砲のような音も——
「あぶねっ!」
すぐに横にいるヒナを突き飛ばした。それから間髪入れずに、おれ自身も横に飛んだ。倒れたおれたちのあいだを黒い球体が猛スピードで抜けて、連会のドアをぶち破った。
「なに撃ったんだよ! ロビンばぁ!」
地面に腕をつけたままおれは怒鳴った。
「なぁに、あいさつだよ、あいさつ。ファッフアァっ!」
ロビンばぁといえば、この独特な引き笑いだ。危なっかしい歓迎に肝を冷やしながらも、帰ってきたんだな、と安心している自分がいた。
「な、なんなのですか、あの襲撃は!」ヒナは戦々恐々としている。
「また新作兵器の実験でもしてんだよ、あのおばあちゃん」
「新作兵器……、って、なんでわたしで試すのですかぁ!?」
「いや、射線は確実におれだった。おれで試すつもりだった」
立ち上がり、躰についた土を払って落とす。 ヒナはリュックのせいで逆さまの亀のようになっている。なかなか起き上がれず、仰向けで手足をじたばたさせている。その手を握って、立たせてやった。
「ありがとうございます……」ヒナは顔を赤くした。
「ファッファっ! あんた、ついに嫁を連れてきたんだねぇ! ばあちゃんうれしいよ!」
デニムの黒いツナギに、煤だらけのゴーグル。髪はドレッドのオールバックで、毛先を缶バッチで留めてある。黄色の分厚い手袋に担がれているのは、筒状の携帯式無反動砲。砲身を染めあげるのは、Made in Roabinと描かれた黄色いグラフィティだ。
「なに撃ったんだよ……」
連会のなかを見ると、ラウンジで粉まみれになっているキヅキがいた。
「生きてる……?」
「お、おう」まっしろな片手が持ち上がる。残りの手足は蝋人形みたいに固まっている。「食らっちまったぜ」
風が吹いて、ラウンジからただようにおいに鼻腔がさらわれた。なんだかとてもすっきりとした香りだ。キヅキの全身が香る粉で消臭されたのだろうか。
「ファーっファ!」
ロビンばぁがこちらに歩いてきた。肩に担がれた大砲が、がちゃがちゃと音を鳴らしている。
「あらぁね、紙喰いがきらうにおいを凝縮した粉煙弾さ。ま、完成したらグレネード仕様にするつもりだけどね。せっかくだからおもちゃの無反動砲で撃ってやったんだよ、ありがてぇだろ?」
なにをどう解釈したらさっきの一撃が《《ありがたく》なるのか。
「そ、その精巧な金属製兵器が、おもちゃなのですか?」ヒナは目を丸くして言った。
「ああ、そうさね。こんなものおもちゃだよ! 素材はアルミ」
ケタケタと笑いながら、ロビンばぁは無反動砲を片手で小突いた。
「ロビンメタルの足元にも及ばないね! せいぜい祝いごとで花火を撃つくらいしか能がないのさ。それか、クラッカーで相手をテープまみれにする程度さね。——あんた、こういうの興味あるくちかい?」
「あ、えと、なんでも興味津々です!」
「そうかい! じゃ、うちの工場に寄っていきな! おもしれぇもん、たんまりと見せてやるよ! ファっファ!」
「あー! 行きます! いかせてくださいいぃぃ!」
「ようし、決まったねぇ!」
ロビンばぁは大砲を持ち直してから、すぐにおれの足を見た。なにか言われるやつだ……、と直感で思った。
「それと、セト! あんたまた雑に飛びまわったんだろ! 汚れでシリンダーの回転がわるくなってんだろうし、体重のかけかたにくせがあんだから、どうせピストンの軸も微妙にずれているはずさ。そもそも外殻の傷が激しいからね! そこから腐食がすすんで足の錆びになる前に、工場においで! タダで直してやるよ!」
おれが返事するでもなく、ロビンばぁは引き笑いをかまして背を向けた。
「あ、それじゃ、わたしはいったん工場のほうを見学させてもらいますね」ヒナが言った。「えと……、連会の長はいま、取りこみ中みたいですし……」
「そうだな。いま話しかけても無駄だろう。あいつがシャワーを浴びたころに、また来るといい」
「そ、そうします」ヒナは気まずそうに笑う。「それじゃ、また! あ——待ってくださーい!」
ガニ股で歩くロビンばぁを追うヒナの背を見て——どうしてか、大悪党に拉致される娘を想像してしまう。
おれはラウンジに入った。いまだ彫刻のように固まっている粉まみれのキヅキに、ふう、と息を吹きかける。風を食らった顔だけが肌色になった。
「ただいま」
「おかえり」
「……大丈夫か?」
「あ、ああ……。なんともない」
「積もる話があるんだけど」
「お、おう。だよな。粉だけに、ってか。ははは」
ちょうど、おれの口から笑いが漏れそうになったとき、横から別の声がした。
「あ、セトじゃん! おかえりぃ!」
その女性の声には、母親のものと思えるくらいの馴染みがあった。
「クルミ」おれは振り向いて答えた。「ただいま」
「あれ、なんだか痩せたんじゃない? 大丈夫?」
さすが、だれよりも早く他人の体調に気がつくクルミらしい。服装は相変わらず、男性用のビッグサイズパーカーをワンピースみたいに着ている。細くて白い、すらっとした足も変わらない。
「ああ。ちょっと、疲れただけ」
「そう?」クルミは訝しげにこちらの顔色をのぞきこむ。「ケンカのひとつやふたつ、ぶっこんだあとの顔してる」
「ガキのころとはちがう。人間の相手なんかしないよ」
キヅキの目もあるし、とりあえずうそをついたが。クルミ相手にどこまで通せるか……。
「そう? ならまぁ、いいけど。ご飯は?」
「まだ」
「じゃ、あとで食堂にきなよ。リョウと一緒に食べな」
リョウは、キヅキとクルミの息子だ。おれが学校に通ってたころに生まれたから、いまは一一歳くらいか。勉強が好きで、運動がきらい。ネシティなんか死んでもならないと意地を張っている。いろんな面で、おれとは対照的だ。
普段はふもとの街で、クルミとアパート暮らしをしているから、連会にはほとんど帰ってこない。クルミがここにいるということは、リョウも一緒ってことだ。
「元気にしてる?」
「うん。相変わらず」クルミはすこしあきれた顔で、「純政府の教科書に毎日かじりついてるよ。アパートから離れると本を読めなくなるから、連会にいるとき用の教科書を買ってくれ、ってせがまれちゃって。連会にいるときくらい、山から遠くを見て、目を休ませろって言って、ごまかしてるんだけどさ」
そして、いまだ顔以外が粉でまっしろのキヅキを指でつついた。
「どうしたらこの脳筋と、わたしみたいな勉強ぎらいから、あんな勤勉小僧が生まれるんだろうね。てかこいつ、またロビンばぁの一撃もらっているとか、うけるんだけど」
クルミが遠慮なしに笑うから、こちらも自然とにやにやしてしまう。——しかも遠くからヒナのものとおぼしき悲鳴がとどろいているが、大丈夫だろうか。
「あ、そうだ。おれが連れてきた客ってわけじゃないんだけど。アトラから来た歴史文明学者がゴンドラで一緒になったんだ。そんでいま、たぶんロビンばぁになんか撃たれてるんだけど。よかったら、そいつの食事もつくってやってくれないか?」
「アトラから!? やば。そりゃ長旅だったね。なーんか聞いたことない悲鳴だなぁ、と思ってたんだ。女性でしょ?」
「装備はばっちり、って感じだった。あと、かいり——」
「かいり?」
「いや、なんでもない」
「そっかぁ、女のひとり旅か……。人間、その気になったら、なんでもできるんだね」
うわさをすれば声が——ともいえようか、またヒナの悲鳴がむこうから聞こえた。
「よっしゃ、お客さんにも、うまいもんごちそうするよ!」
そうなってくると、気になるのがリョウのことだ。あまり、大人数での食事を好まなかったはずだ。
「リョウは大丈夫?」
「うん?」クルミはいったん考えてから、「あー、別にいいんだよ。いっつも自分の世界にいるから、まわりがどうとか、むしろ関係ないの。食べたらぱぱっといなくなるだろうし。でも……、そうだね」
なにか心に当たりがあるような様子だ。
「歴史文明学者さん? だっけ。頭のいい人がきてるとなれば……、むしろ、ごきげんかもね」
「たしかに……」こちらも腑に落ちた。「ヒナからいろんな話を聞きたい、って思うのは道理かも」
「でしょ? セトもそう思うよね。ま、声かけておくよ。陽が落ちたら、食堂においで。いったん、自分の家に帰るんでしょ?」
「うん、そうする。何ヶ月も留守にしてたから、掃除と換気くらい、しておかないと」
「よし! じゃ、またあとで集合ね! きょうは腕によりをかけて、だな!」
おれとクルミの予定が決まったところで、キヅキがぼそりと口を開いた。
「あの……。躰が粉まみれなので、シャワー、浴びてきていいですか?」
「どうぞ」おれは答えた。
「どうぞ」クルミも言った。




