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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
学者で、女で、剛腕で
31/74

ー3ー

学者で、女で、剛腕で

 

「だいだいおそらく一五分後だな。早く、キヅキにその顔を見せてやってくれや」

「いるのか?」

「きょうはいるはずだ。このあいだまでぶらぶらとほっつき歩いてたが、先週あたりか? ようやく、おもどりになったぜ」

「外の用事でもあったんだろ?」

「それがよ……」タツオは片手を口にそえて、小声になった。「デシカントのお役人に会ってたんじゃねぇか、ってうわさよ」

「純政府じゃなくて?」

「ああ……」リュウゾウも声をこもらせる。「相当やばいものでも運んだんじゃないかって話さ。あいつひとりでな」


 連会のメンバーに迷惑はかけない、めんどうな仕事はおれにまかせろ——そう言っているキヅキの顔が目に浮かぶ。


「ネシティは中立を貫いているからな。ただ単に物を運んだだけだろうさ。ま、運んだかどうかも定かじゃねぇが」

「キヅキのやることだ。心配ないだろ」


 おれが言うと、ふたりは顔をゆるませた。


「あいつはたしかにすげぇさ」タツオが言った。「だが、なんでもひとりで抱えちまうクセがある。組織のリーダーってのは頭だ。そんでもって右腕や左腕になるやつがそばにいることが多いが、あいつの場合はいない。頭も、腕も、足も、全部自分で動かしてやがる。それが妙に、心配しんぺぇになるときがあんだよ」

「またでたな、老害の心配性が」リュウゾウが軽く笑った。

「んだよ、まちがってねぇだろ? な、セト」タツオがこちらを見る。

「そうだな……、あんがい、そうかもしれない」


 心当たりはあった。


「キヅキ、大きな仕事があると機嫌がわるくなって、ひとりになろうとする。それが終わってしまえば、またいつものキヅキにもどるけど……。おれ、その緊迫した背中は何度も見た」


 ほらよ、とタツオは笑みを浮かべた。


「ガキんころから金魚のふんみてぇにキヅキにくっついてたセトが言うんだ。ちがいないぜ」


 それを受けて、リュウゾウは笑いだした。


「おまえ、いまのよく噛まずに言えたな」

「あ?」タツオはきょとん、だ。

「《《ガキんころから金魚のふんみてぇにキヅキにくっついてたセトが言うんだ》》——これ、三回言ってみ?」

「あ? おうよ、やってやろうじゃねぇか」


 なぜか袖をまくり、タツオは胸にいっぱい空気を溜めた。


「ガキんころから金魚のふぬルルル——」


 さすがにおれも笑わずにいられなかった。キヅキの話題は一瞬にして終わってしまったが、この老人ふたりはいつもこんな感じだ。ばか話をして笑う、これが長生きの秘訣かもしれない。


 ——突然、例のでんでん太鼓が鳴った。


「お、客か」タツオの顔から笑顔が消えた。

「セト、知ってるか?」リュウゾウが言う。

「いや——おれひとりだ。ほかには見てない」

「とりあえず行ってくるわ」


 タツオが席を立った。おれも気になるので、ついて行くことにした。


「あ、あの——!」


 外に出ると、電気柵のむこうで手を振っている女性が見えた。つま先をバネのようにしてぴょんぴょん跳ねている。


「ネシティ連会へのゴンドラリフトは、こちらでまちがいないでしょうかぁ?」


 幾何学模様のケープを羽織ったその女性はつづけて声を投げた。


「そうだけど? 連会になんか用?」金網に近づいて、タツオが問うた。「見たところ、ネシティじゃなさそうだけど」

「あ、失敬。わたくし、歴史文明学者のヒナと申します。字はサキタ。この度、本を書く許可をいただきまして。ぜひ、ネシティ連会を取材させていただきたいのです」


 ヒナはご丁寧な口調で言ってから、丸いメガネの奥で細い目をつくった。すり減った茶色のブーツが、長旅の苦労を表している。背中のリュックはぱんぱんに膨れており、丸太みたいな寝袋が横になって乗っている。野宿でもしていたのだろうか。


 その小柄さ故か、度々リュックの重みでうしろに倒れそうになっている。


「ほう……」タツオは訝しげに、「まぁなんだ、立ち話もあれだ。事務所んなか入って、茶でも飲めや。ずいぶん歩いたんだろう? 話すのはノド潤してからにしようや」

「は、はぁあ、助かります! ちょうど水筒の水が危うかったんです!」


 まるでオアシスに飛びこむような様相で、ヒナは事務所のなかに走っていった。その背中を、おれとタツオは呆然と見つめる。


「なんだあれ。信用できるのか?」

「大丈夫だろ? わるいやつには見えない」

「なんかあったら、頼むぜ、セト」

「なにをだよ……」

「わかるだろ、おひきとりねがうんだよ」

「それは管理人の仕事だろ……」

「なんかこええんだよ! 噛みつかれたらどうすんだよ! じじいの手にはおえねぇぞ、たぶん!」

「なんでもいいから、さっさと行くぞ」


 彼女を追って事務所にもどると、ヒナはすでに麦茶を飲んでいた。


「ぷはぁああああ! 生き返りますぅ! とても至極尋常ならざる感謝を提言いたしますぅぅう!」

「なによりで……」


 麦茶のポットを片手に、リュウゾウはこちらを見た。なんだこいつ変だぞ、助けてくれ、と目で訴えている。


「歴史文明学者さんだそうだぜ?」席にもどりながらタツオが言った。

「へぇ……」リュウゾウは目をまるくした。「学者さんが、なんだってこんな辺境まで歩いてきたの? 見たところ、かなり若いけど……。道中、大丈夫だったの?」

「あっ、ぷっ、はっ、えっと」


 麦茶を飲もうとしたり、しゃべろうとしたり、忙しい口だ。


「先に飲んだら?」


 おれが言うと、ヒナはグラスのなかを一気に飲み干した。


「っ——ぷはー! なんとも香ばしきかな! これほどまでに美味なお茶とは出会ったことがありません! あ——」


 急に表情をしずかにして、ヒナは背中のリュックを床におろした。


「えとですね、これやらこれやらこれやら……」


 彼女はリュックのサイドポケットから、様々な道具を取り出して見せた。そのなかには、おれの知っているものもあった。


「それ、純政府の武器だ。設置型の電攻地雷とかいうやつだろ?」

「そうなんですぅ! よくご存知で!」ヒナは輝いた目をこちらに向けた。

「ほかのは知らないけど……」

「こちらは、ロケット花火式電煙爆弾。こっちは、ネズミ花火式電針爆散。投擲用電爆ゴムグレネードは、ピンを抜いてから二回目の衝撃で爆発しますのでご注意を……。あと、このハンドグリップみたいのは、スタンガンです。対人用の——」


 ヒナはニコニコの笑顔でタツオを見た。右手に持ったスタンガンを断続的に通電させる。電気の音をばりばり、ばりばり……、と鳴らしてみせた。青く、ちいさな稲妻が閃光を散らす。


「だれも襲いやしねぇって」タツオは頭をかいた。

「タツオはガラわりぃもん。そりゃ心配にならぁ」リュウゾウが言った。

「人は見かけによらない——ともいいますよね」


 そう言ってヒナは、笑顔の矛先をリュウゾウに移した。


「ちげぇねぇ」タツオはうれしそうに笑った。

「そのとおりだよ、まったくだ」リュウゾウは苦笑い。

「んでもって、大量の護身武器をぶらさげてよ、なんだってこんな辺境までお越しになったんだ?」

「えとですね……」


 ヒナは声のトーンを落とした。床に置いた護身用武器をリュックにしまいながら、つづける。


「本を書く許可をいただいたんです。二〇〇年前から現在にいたるまで、人類はいかにして文明を失い、また、いかにして昨今の文明を築いたのか……。ネシティという職は、キルラがなかったら生まれなかった職だと、わたしは認識しています。ので、連会と、そこで生きている人々を取材したいのです——」


 彼女の言葉から、並々ならぬ決意が見てとれた。この旅は人生を賭けた闘いであると、伝わってくる気さえした。


「それってぇと、あれか?」タツオが言った。「純政府お墨つきの本を出すってことか? 民間の製本工場なんか、ただの一軒だって存在しねぇだろ? 教科書やなんかもみーんな、純政府の《《楽園》》でつくられてるって話じゃねぇか」

「ああ……。まぁ、ええ……」ヒナは気まずそうに、「実は出版できるかどうか、決まったわけではないのです。あくまで、書く許可なので」

「なんだそりゃ」タツオは首をかしげた。「本を書くってぇたら、イコールで出版だろう」


 どうも事情がありそうな顔で、ヒナはメガネの位置を指で直した。


「わたしが書こうとしているものは、下手をしたら反純政府論に近しいものになる、という疑いが発生していまして……。世に残るのは一冊だけ、かもしれないのです」


 どんな本を書こうとしたら、そんな疑いが生じるのか。


「本なのに、読まれちゃいけないっての?」リュウゾウがたずねる。「民間に読まれてなんぼじゃないの?」

「ええ……、本来はそうあるべきなのです」


 さらに声を落として、ヒナはくちびるを噛んだ。


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