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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
学者で、女で、剛腕で
29/70

ー1ー

学者で、女で、剛腕で


「あなた……。大丈夫? この前に会ったときより、ずいぶんと顔色がわるけど」


 やっと受取人に会うことができた。

 ——と思ったら、ずいぶん心配されている。

 こっちが。


「ああ……、まぁ、いろいろあって」

「そうなの? ネシティって大変なのね。服もぼろぼろじゃない」


 そういう受取人の服は生活がランクアップしたらしいドレス。おれの小汚さを分けてやりたいくらい、清楚な見た目だ。


「サインをいいか?」

「ええ……、ええ、そうね。元旦那からの手紙なんて、ほんとうはいらないけど」


 いつもどおりに木札とペンを差し出す。受取人はいやいやサインをした。


「往復の配達って、よくあるの?」

「それなりに」

「そっか」


 受取人は木札をこちらに渡した。冷めた顔だった。おれはサインを確認する。


「たしかに」


 これで仕事は終わりだ。

 一日だけ、配達が遅れてしまった。

 それ以上に長くかかった気分だ。

 この街に着いたときの《《やっと感》》はすさまじかった。


「それにしても、あなた、よくわたしの新居がわかったね。以前の家からはだいぶ離れているのに」

「きのう、その家に行ったがだれもいなかった。だから純政府の役場で、あんたの転居先を訊いた」

「そっか。それならしかたないね。純政府にはだれも逆らえないものね」

「安心しろ。依頼人に現住所が伝わることはない」

「その言葉、信じるわ。あなた目がまっすぐだもの。あの人とちがって」

「——それじゃ」


 三階建ての立派な家を背に、おれは去ろうとする。白い柵のむこう側に見える一面の芝生は中庭だろうか。噴水らしいものもある。柵越しにちいさな犬が尻尾を振って、こっちを見ていた。


「待って」受取人だった女性が呼び止める。

「ん?」

「……離婚届、受け取ってくれたのよね?」

「手紙は渡した。言えるのはそれだけだ」


 女性は胸に片手を添えて、くちびるに力を入れた。


「——わかった。どのみち、わたしたちが正式に結婚しようとすれば、そのとき役場でわかることだし……。離婚が成立してなかったら、成立するまで何度だって離婚届を送るだけだわ……。さいあく、裁判をするお金だってある」


 おれに言われても……、と思ったが顔にはださない。


「あ、ごめんね。ネシティに言ってもしかたがないわよね」

「まぁ、そんなとこだ」

「もう行って。ありがとう」


 ここまでの苦労を嘲笑うかのように、仕事はあっさりと終わった。依頼人であるトモヤはなにを書いて、なにを女性に伝えたのだろう。せめて手紙の内容を知りたい——そう思う自分がいた。


 それくらい、いいだろう? あんなに大変な道のりだったんだ。どんな手紙だったか、おれにも見せてくれよ。


 ——こんなことを考えるから、好奇心ってやつはときおり邪魔で困る。


 すこし歩いて、太陽がよく当たる場所にきたら、思い切り背伸びをした。いまは仕事の達成感で全身を満たそう。


「さて……、次は役場か」


 いつもの手続きを終えたら、またパン屋にでも寄ろうか。ミカの街よりもここは栄えている。パン屋の種類もさまざまだ。せっかくなら、二、三軒、ハシゴしてみるものいいかもしれない。


 次にミカと会ったとき、こんなパンがあった、あんなパンがあった——なんて言えば、多少の会話にはなるだろう。


 宿で躰を休めたら、明朝にはネシティ連会へ帰ろう。この街から十数キロ歩いたところにある。背負いきれないくらいの土産話を、ぜんぶキヅキに押しつけてやる。


 ミカの街へと発つのは、それからでも遅くない。

 おれにだって休暇は必要だ。


 ・…………………………・


【セトがパン屋めぐりをしているあいだ、同刻】


 ソノザキ・トモヤからの手紙を、女性は暖炉の火で炙ろうとしていた。だが、なぜか、手紙は手から離れない。ひと思いに投げこんでしまえばいいのに。


 それでも、じりじりと手紙は火に近づいていく。ついに封筒の角に火がついた——瞬間、女性は慌てて口をすぼめ、息を吹きつけ火を消した。


「あっちぃ……」


 なにやってんだろう、と思った。

 ばからしい、とも。


「はぁ……」


 新しい旦那は、まだ仕事から帰ってこない。手紙の存在を知られたくない。が、知られたところでなにがどうなる? こっちの幸せを壊すほどの力が、この手紙にあるだろうか。


 ふと、あんなにぼろぼろになってまで、この手紙を運んだネシティの顔がよぎった。若くて、幼い顔をしているのに、大人びた口調と態度のネシティ。まさか二度も会うことになるとは——。片足だけ金属の靴を履いているようだったけど、あれはなにか理由があるのだろうか。


 ここで手紙に火をつけると、彼の労苦を踏みにじるような気がした。気づくと女性の手は封を切っていた。


 白い封筒のなかから、二枚の紙が顔をのぞかせる。廉価素材を使ったものらしく、紙全体が黄ばんでいる。


「もっといい紙、買えばいいのに」女性は言った。


 冷めた顔で手紙を開き、読みはじめる。



 《——おれがわるかった。稼いでさえいればいいと思っていた。だが、信じてほしい。おまえの生活を守りたい一心だった。いまさら情けないことだと思うが、おれは金でしかおまえを守れないと思っていた。


 だからこそ、か。おまえはおれではなく金を選んだ。どうせあいつだろう? 金持ちの男と知り合ったって言っていたよな。


 もういいんだ。

 あきらめた。


 思い返すと、家では偉そうにしたり、叩いたり、怒鳴ったり、ひどいことばかりした。


 だが信じてほしい。仕事をしているとき、ずっとおまえのことばかり考えていた。おれが稼いだ金でいい鶏肉を買う。おまえは大好きなオムライスを頬張る。ケチャップまみれのスプーンを口に運ぶ幸せそうな顔が、おれにとっての働く意義だった。


 離婚はする。心配しなくていい。そのうち純政府から離婚受理の通知が届くだろう。あいつらの仕事は遅いから、数ヶ月後だと思う。


 どうにも……、出稼ぎできたこの街はいけ好かない。

 なんだか人間がガサツで、いい加減なんだ。

 なんでだろうな? 

 そっちの街は、いいやつばかりだった。


 このあいだも仕事のことでチャチャを入れられた。年下のやつにだぞ? おれよりも技術が下だし、礼儀もなってない。いまの職場では、おれよりも立場がいいってだけだ。


 そいつだけならいいが、ちょっとパン屋に入っただけでも、偉そうなオヤジが新聞片手にいい加減な対応だ。腹が立つ。あとから出てきた看板娘はかわいくて、それは気に入ったがな。


 おれだって仕事はできる。そっちでは認められていたのに。この街ではなんだか、阻害されているようで腹が立つ。だから、やってやったんだ。


 仕事で使う工具を使って、純政府の厳重な鍵をぶっこわした。地下に侵入して、街周電気柵のジェネレーターの太いケーブルをぶった切った。


 甘ったるいドーナツをカットしたみたいに、電気柵の一部が機能停止したさ。そしたらどうだ、案の定、紙喰いが街に入って大騒ぎさ。


 純政府のやつら、大通りでうろうろと慌てていた。いい気味だった。仕事へ行かなきゃならなかったから、どうやって紙喰いが死んだかまでは、見られなかった。


 パン屋も潰れてくれたらと思っているが、どうだろう。そこまで紙喰いが踏みこんだか、まだ確認できていない。あすは休みだから、街の被害を見てまわろうと思う。楽しみだ。自分の実力が認められるようで、わくわくするよ。


 いつか、もぬけの空になったふたりの家に帰らなきゃならんが。おまえの「おかえり」はもう、聞けないんだな。


 寂しいよ。それじゃ、元気でな——》



 手紙を読み終えた女性の手から迷いが消えた。封筒ごと、紙は暖炉の火に飛びこんだ。灰のにおいが立ちのぼる。


「別れてよかった」


 すっきりとした無表情で女性は言った。そのあとは、これから淹れるコーヒーのことを考えていた。


 ・…………………………・


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