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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
それは、神でもなんでもない
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ー12ー

それは、神でもなんでもない


「……オロチは、狩りだったらだれよりも上手だったじゃない? はじめて大物の鹿を狩ったのも、彼だったし……。あのときはネズミの肉ばっかり食べてたけど、鹿のお肉はうれしかったよ。わるいところばっかり見たら、キリがないよ……。だれだってそうでしょう?」


 ユウコは腫れ物に触るように言った。そういえば、いまオロチの頭はただのドレッドヘアだが、こいつといえば骨のかぶりものだ。察するにあれは、はじめて狩った鹿の骨だったのか。そう思うと、子供のようなかわいい部分もちらつく。


「なぁ」おれはしびれを切らした。「もう行ってもいいか? サキも、早く休ませないといけない」

「そうだな……」イツマが答える。「なんの礼もできないが、助かった。巻きこんで、すまなかった」


 やつが頭をさげると、信者たちもそれにつづいた。


「ここから離れられるのが、なによりの褒美だ」

「そうか」イツマは軽く笑った。「ほとぼりが冷めたら、客人として迎えたかったが……、そうもいかなそうだな」

「遠慮しておく」おれははっきり断った。

「拉致同然で監禁されてたのに、それじゃ次は客人として——だなんて冗談きついよ、イツマ」ユウコが言った。

「ちがいない」


 イツマは返した。そしてすぐに真顔をつくった。


「ネシティ。世話になった。ほんとうに、すまなかった」


 行儀よくお辞儀をされてしまった。

 信者全員も頭をさげた。

 急なことで反応に困った。


「よしてくれ……」

 イツマは頭を上げて、「なにかにすがることがいかに愚かなのか、おれたちは身をもって知った。それが神であれ、人間であれ、マンガであれ。なにかやだれかに人生を決めてもらおうって甘さが、おれたちにはあった。……早くに気づくべきだった。これまで自分たちの命をつないできたのは、自分たちだ。寄せ集めの知恵と力が、この組織を守ってくれた」


 その言葉に思う節があったのか、リンジは口を結んだ。過去を思い返し、感慨に浸る顔をしている。


「生活という、果てしなく長くて苦労に満ちた旅をおれたちは全員で歩んでいく。 もちろん、ここから離れたいやつは好きにしてくれ。だが、おれは約束する。——みんなの命を、自分の命よりも大事に守っていく」


 イツマの言葉に涙を浮かべる信者もいた。拳を握り、決意を新たにした者も見えた。一方のオロチはひどく無表情だ。まばたきのひとつも観察できない。


「イツマ……」リンジが顔を上げた。「ありがとう」

「おまえは幹部として甘すぎた。ケツは拭いといてやる」イツマは白い歯を見せて、「だからリンジ。もう二度ともどってくるな。おまえはサキを幸せにしろ」


 なにを返すでもなく、リンジは歩きだした。おれもあとにつづく。オロチの視線が背中を突き刺しているのがわかる。やつはおれを見ているのか、去るリンジを見ているのか、それとも、サキを追っているのか。


 電気柵に設けられた出入り口には、白いキャップをかぶったひとりの門番がいた。そいつがゴム手袋をはめた手で、金網の門を開けてくれた。


 簡素で粗いつくりの門だ。純政府の門とは比べものにならない。だが機能性は十分にありそうだった。


「行くんだな」門番が言った。「リンジ、おれはあんたのこと好きだったぜ。妙にかしこくて。プレギエラを育てたのは、実質あんただったと思っているくらいにさ」

「そんなことはないよ」

「ただ……、オロチに近すぎてさ」門番はキャップを外して、頭を掻き、そしてまたかぶった。「それがどうも、こわかったっつうか……」

「うん。ごめん、わかっているよ。——ところで、イツマはいつからみんなの信用を、あれほどに得ていたんだろう? ちょっと、びっくりしちゃった」

「なんだ、知らないのか? あ、まぁ、そりゃそうか。オロチの耳に入ったらとんでもねぇしな」


 門番は勝手におどろき、勝手に納得した。そしてつづける。


「イツマが一〇キロ先のゴーストタウンに遠征行ったことあったろ? 物資を探しに。そこでさ、空き家の地下室にさ、一冊の聖書が残っていたんだよ。マンガなんかとは比べものにならない、本物の聖書さ。自分らしい生き方について、しっかりと書かれていた。単行本だし、状態はいい。書いたやつは執筆当時、《《オンラインサロン》》だかで大儲けしたらしいぜ。そいつの思想に、おれたちは惚れたんだ。プレギエラだなんて、あんなマンガ、おもちゃにしか見えないぜ、いまとなってはさ」


 嬉しそうに語るのは自由だが——。

 なんというか、デジャヴを感じる。


「そう……、だったんだ。知らなかったよ」

「本物の聖書を持ち帰ったイツマは、おれたちのヒーローさ。——もちろん、おまえにも感謝してるぜ。ここでの生活は、おまえがいなけりゃありえなかった。でさでさ、その聖書にはさ——」


 こちらは早く立ち去りたい。しかし門番は空気が読めないのか、聖書のことを力説しはじめた。よくわからない横文字をいくつも聞かされた。それはよかった、すごいね、とリンジは終始、困り笑顔で返していた。


 おぶられているサキも、さすがになにかを思ったのか。静かに、たしかに、くすりくすりと脈打つように笑っていた。



 最寄りのシェルターに向かう途中、日陰があれば、なるべくサキを休ませた。川のそばに来たら、奇妙樹の枯れ枝を集めて火を起こし、廃墟に転がっていたゴミ同然の鍋で水を沸騰させた。妙に濁っていたが、脱水を起こすよりはましだった。シェルターの水道水がこれほど恋しくなったことはない。


 ショルダーバッグのなかにあった非常用の食料は、ほとんどがサキとリンジの口へと消えた。干し肉と薬草をこねて丸めただけのものだが、空腹だとそれすらご馳走に思えてしまう。


 ともすると、サキの躰から麻酔が抜けはじめたのか、彼女は自分で歩きたいと申し出るようになった。リンジに肩を支えられるかたちではあったが、すこしずつ体力を取りもどしている。


「リンジ……」サキは弱々しい声で言った。「もうすこしゆっくり歩いてくれる?」

「あ、ああ……。ごめん」


 リンジはこちらを見て申し訳なさそうな顔をした。歩調が速かったのは、先頭を歩くおれのせいだ。陽が暮れる前にシェルターに入らないといけない、そのあせりがあった。


「ごめん、ネシティ。ぼくの体力がもどったら、サキをまたおぶるから」

 おれは太陽の方角をたしかめて、「大丈夫だ。まだ時間はある」

「ごめんよ……」


 プレギエラを出てからというもの、リンジはあやまってばかりだ。組織のごたごたに巻きこんだ罪悪感なのか。はたまた、おれを気絶させたところからさかのぼって謝罪しているのか。


「あの……」


 サキがこちらを見た。躰はつらそうだが、顔色はかなり回復している。茶色系の髪だと思っていたが、日光に当たるとその印象は変わった。オレンジに近い、かなり明るい黄色だ。


「あなた、ネシティっていうの?」

「名前か?」

「うん……。ネシティって、職業のことだったと思って……」

「こいつが勝手にネシティと呼んでいるだけだ」おれは細い目をリンジに向けた。

「ご、ごめん……」リンジは苦く笑って、「改めて、名前を訊いてもいいかな?」

「——セトだ」

「セト?」サキが繰り返す。

「セト……」リンジはなにか考えはじめた。

「セト……!」サキの顔がはっと開いた。

「セトだって!?」


 リンジが声をあげた。そしてふたりは足を止めた。


「おい、なんなんだよ……」

「あ、いや……。ぼくらの故郷に、有名な女性がいたんだ。有名っていっても、一時期だったけど。とても印象的で、当時を知っている人は決して忘れないはずだ」

「曲芸師かなにかだったのか?」

「ちがう、そうじゃない」リンジは真顔で返した。「その人、街中で叫びまわっていたんだよ。セトはどこ、どうしていないの、だれか探してよ、って……」


 まさかと思った。だが、リンジの顔は冗談とはほど遠い。明らかにうそを言っている雰囲気ではない。サキもおなじだ。


「……ほんとうなのか?」

「最初は大通りで叫ぶ不審者という扱いだった。しまいにはレンガで店のガラスを割ったり、露店の食べものをめちゃくちゃに荒らしたりで、純政府に逮捕されたよ。でも、七年前のはなしだ。しかも、その女性はもう……」

「死んでいるのか?」

「風のうわさでは獄中では、亡くなったと……」


 リンジは声をしずめた。そのうわさを信じているようだ。


「年齢は?」

「たぶん、四〇から五〇くらいだったよ。正確な数字はわからないけれど」


 セトという単語がおれを指しているのだとしたら、母親である可能性は高そうだ。しかし、だからといって、なにを思う? 赤子のおれを廃墟に捨てたやつに、いまさら話すことなどなにもない。


「そうか。たぶん、ちがうセトだろ」淡白な口調で言った。

「もしかしたら、きみに近しい人なんじゃ……」

「いや。だとしても、おれには関係ない」

「そうか……」


 リンジはそれ以上話そうとしなかった。

 替わるようにサキが口を開いた。


「もし、その人がセトのお母さんだったとして……。わたしたちの故郷に集団墓地があるの。そこの墓守なら、どのお墓かわかるかも……」

「墓参りはしない。関係があるかどうかも、わからないのに」

「そう……、だよね」


 どうにも、サキは納得していない様子だ。


「あのね、わたし、見たことあるの。その人が街で叫びまわっているときのすがた。泣き散らして、取り乱して、ほんとうにかわいそうなすがただった。なんていうか……、悪党に子供を奪われて、だれでもいいから助けてほしいと懇願しているようだった」


 だとしても、そいつが苦しむのは自業自得だろう、と思わずにはいられない。


「街のみんながいうように、精神の病気を考えるレベルではあった。それくらいに乱れていたけど。わたしにはわるい人には見えなかったの……」


 言ってから、サキは咳きこんでしまった。リンジがすぐに背中をさする。


「大丈夫か?」おれは声をかけた。「まだ喋るには早い」

「ごめんね……、まだ、本調子じゃないや」

「当たり前だよ、ほんとうは歩ける状態じゃないよ」リンジが言った。


 それでもサキはこちらを見て、口を開いた。


「わたしが元気になったら、リンジと一緒に、その街に行ってみない? なにか、セトにとって大切なことがわかるかもしれないよ?」


 ふう、と息をついて、おれはふたりに背を向けた。

 《《いま》》歩くべき方向を見た。


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