ー10ー
それは、神でもなんでもない
槍を持っている人間と闘ったことなどない。相手はいつも紙喰いだ。刀のセーフティを解除すべきか、と考えたが、オロチの処分はおれが決めるべきではない。
それにしてもこいつ、初動でいちばん重かったはずの攻撃を簡単にいなしやがった。こうも狭い通路だと、義足で飛びまわるにも限界がある。立体的に動けない分、直線的な位置を取られると槍が有利になってしまう。
一度詰めた距離を離してはいけない——そう思って、おれはとにかく刀を振った。オロチはけたけたと笑いながら攻撃を受け止めていく。
「あいつの太刀筋と似てやがんなぁ! 見たことあるぜ、あるぜぇその動きをよぉ!」
あいつの太刀筋……?
だれのことだ。
しかし気にしてられない。
こいつの槍、柄の部分まで金属なのか? 攻撃が防がれる度に、刃が削られる感じがする。金属ならとっくに感電しているはずだ。なぜこいつは倒れない。
「どうだ、どうだネシティ! 紙喰いの骨は硬いだろ! 刃がこぼれるほどになっ!」
オロチは槍を大きく振った。壁が切り裂かれる。刃がひっかかってくれたらと期待したが、鋭さが異常だ。
いったん距離をとる。
左手はトリガーに。
どう攻める。
「おまえがこねぇならこっちからいくだろうなぁ!」
速い——、低い姿勢で体重すべてを前に預け、それでいて転ばすに走ってくるなんて、こいつの体幹はどうかしている。
槍は水平に振られた。
壁ごとおれを切り裂こうとする。
壁に当たろうがドアに当たろうが、槍の刃先はなにもかも切り裂いて、滑るように振られている。
通路の狭さなど無関係なのか。
槍の欠点が完全に無視されている。
この狭い空間じゃ、リーチに飛びこめない。
人間の相手がこんなにめんどうなのか。
広い場所で紙喰いと闘っていたほうがよほど楽だ。
「ネシティ!」うしろでリンジが叫んだ。「運動神経でオロチとやりあうのは無理だ!」
「ふざけんな! あいつも人間だろ!」
「その足を使うしかない、オロチを越えるには、それしかないよ!」
「簡単に言ってくれる……!」
「おおう、おおう、リンジ、裏切りやがって、裏切ったんだよなぁ! 七年前からきょうまでずっとずっとずっとだぁっ!」
突きの連撃が来る。
全部かわすなんて無理だ。
たまらず、義足を使って距離をとる。
それを見たリンジとイツマも慌てて離れた。こちらの戦闘に巻きこまれないようにしている。
オロチは異常な速度で追ってくる。
速い……、あいつの躰、どうなってる……!
——その足を使うしかない——
リンジの言葉が頭で鳴る。
あえて、オロチのほうへ飛んだ。
どうせ詰められる距離なら、こちらから詰めてやる。
方向はななめ上。
天井に向かって飛んだ。
見える世界が反転し、推進力に下半身が押しつけられる。
洞窟にぶらさがるコウモリの視界はこんな感じか。
一秒——二秒——重力が来る。
落ちる。
オロチの真上。
やつは槍を突いた。予想どおり。
身をひるがえしてかわす。
槍は天井に刺さる。しかし刃先の鋭さがある。異常な鋭さが。
当然のように天井を切り裂きながら、半円を描き、こちらに振られる。
身を返してそれを刀で受ける。
床に叩きつけられる。
また突きがきた。
床に穴が空く。
ちょうど脇のあたりに刺さった。間一髪で避けられた。
すぐに槍の柄をがしりと掴む。
刀は投げた。
オロチはそれを見ておどろいた。隙が生まれる。
体幹を使って、義足の位置を相手の胴に合わせる。
右手を腰にまわし、トリガーを掴み——
「わるく思うなよ!」
引き金を弾く。
義足のなかで破裂音。
飛び出した金属の足は、オロチの腹を直撃。
やつはぶっ飛んで、天井に叩きつけられ、床に落ちた。そのままうつぶせて動かない。骨のかぶりものだけが天井に刺さり、残っている。
おれは立ち上がり、槍を遠くへ投げた。イツマがそれを拾った。
呼吸を整え、オロチの様子を確認する。
吸った息が鼻の奥をツンと責める。
悲しくもないのに涙が出た。ストレスのせいだろう。
加え、めまいがする。
人間と闘うのは二度とごめんだ。
——うしろから、心配そうな顔でふたりが近づいてきた。
「やったのか……?」イツマが言った。
「死んでないよね……?」リンジが言った。
イツマはオロチの躰を仰向けにして、脈を確認した。
「生きてるな……。でも、呼吸がかなり浅い」
「死んだってしらないからな……」おれは言った。「手を抜く余裕なんかなかった。気を抜いたら、こっちが死んでた」
「それは仕方ないよ、むしろ、オロチを止めてくれてありがとう」リンジが言った。
「——それよりもサキだ」イツマは顔を上げた。「リンジ、ネシティ、上に向かってくれ。オロチのことはこっちでどうにかする。こいつのことだ、これくらいじゃ死なない。躰の丈夫さは異常だからな」
いったいいくつの異常を抱えているんだ、こいつは。
「ほんとうに、躰、大丈夫?」リンジがこっちを心配した。「オロチと闘って生きてる人、はじめて見たよ……」
「負けると思って見てたのか?」
「半分くらいは……」
リンジは困った顔で笑った。
おれは半ばあきれつつ「……どうでもいい。さっさと行くぞ」
「う、うん」
オロチのそばでしゃがむイツマを一瞥すると、やつはこくりとうなずいた。ここはまかせろ、とその目は言っていた。おれとリンジはすぐに通路を走った。しばらくして、リンジは右を指差した。
「階段はこっちだ」
従って階段を駆け上がる。どこもかしこも骨と松明、そしてちぎれた赤い布の装飾で気味がわるい。よくこんなところで生活できると思う。
「骨の飾り、ぜんぶオロチの趣味なのか?」おれは訊いた。
「うん。そんな感じ」
「どこからこんなに骨を拾ってきた? それにあいつは紙喰いの骨で槍を作ったようなことを言っていた。紙喰いは死んだら白灰になる。骨だけが残ったケースなんか聞いたことがない」
おれが言うと、リンジの歩速がゆるんだ。しまいには階段の途中で足を止めてしまった。その目はどこか虚だ。
「……ネシティ。これから見るものを、どうか忘れてほしい。無理だと思うけれど……。でも、忘れてほしいんだ」
そんな言い方をされたら、なおさら忘れられなくなるだろう。
「あえて言うか? おまえがそう言うと、むしろ印象に残るだろ」
「ごめん。それでも、そう言うしかないんだ」
「紙喰いのことか?」
「……そんなところ」
これ以上リンジにたずねたところで意味はなさそうだ。百聞は一見にしかずともいう。
気味のわるい階段をのぼり、おれたちは七階に来た。このフロアは、明らかに異臭がする。泥と鉄が混じったようなにおいは、まちがいなく紙喰いのものだ。それとなにか、甘いにおいもする。花か……?
「オロチの部屋はこのひとつ上の階なんだ」リンジが言った。「ぼくはすぐにサキのところへ行く。きみは——」
「この階にいる紙喰いを殺せばいいんだろ?」
「……すまない」リンジは申し訳なさそうに言った。
「白灰がでたら、すこしはもらうぞ。じゃないと割に合わない」
「そこは好きにしてほしい。どんな報酬を渡しても足りないくらいだ。——それじゃ、頼んだよ!」
リンジは階段を慌ただしくのぼっていく。おれは刀を抜いて、先へ進んだ。このフロアの壁には花のリースばかりが飾られている。さきほどまでの骨の飾りは見当たらない。カラフルなペンキで壁じゅうに描かれているのは、マンガのワンシーンのようだ。
いままでは死を連想させる装飾ばかりだった。しかしこの七階は、生を連想させるものばかりだ。壁掛けのリースはどれも枯れていない。マンガの壁絵もコマの一つひとつから躍動感が伝わってくる。現物を読んだことがないからわからないが、模写としての完成度は高そうだ。
どこを見ても色鮮やかな空間。松明は燃えておらず、ここにきてカーテンがひとつもない。明るい日光が差しこんでいる。それにしても、得体の知れない気味わるさは尾を引いている。
通路を進むと、すぐに広いスペースがあった。ドアも壁もなく、通路がそのまま多目的ホールの一部のようなつくりになっていた。少人数のサッカーくらいならできそうな、広い空間だ。
紙喰いのすがたもあった。
だが、それを見た瞬間、おれは紙喰いだと思えなかった。




