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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
それは、神でもなんでもない
23/72

ー10ー

それは、神でもなんでもない


 槍を持っている人間と闘ったことなどない。相手はいつも紙喰いだ。刀のセーフティを解除すべきか、と考えたが、オロチの処分はおれが決めるべきではない。


 それにしてもこいつ、初動でいちばん重かったはずの攻撃を簡単にいなしやがった。こうも狭い通路だと、義足で飛びまわるにも限界がある。立体的に動けない分、直線的な位置を取られると槍が有利になってしまう。


 一度詰めた距離を離してはいけない——そう思って、おれはとにかく刀を振った。オロチはけたけたと笑いながら攻撃を受け止めていく。


「あいつの太刀筋と似てやがんなぁ! 見たことあるぜ、あるぜぇその動きをよぉ!」


 あいつの太刀筋……?

 だれのことだ。

 しかし気にしてられない。


 こいつの槍、柄の部分まで金属なのか? 攻撃が防がれる度に、刃が削られる感じがする。金属ならとっくに感電しているはずだ。なぜこいつは倒れない。


「どうだ、どうだネシティ! 紙喰いの骨は硬いだろ! 刃がこぼれるほどになっ!」


 オロチは槍を大きく振った。壁が切り裂かれる。刃がひっかかってくれたらと期待したが、鋭さが異常だ。


 いったん距離をとる。

 左手はトリガーに。

 どう攻める。


「おまえがこねぇならこっちからいくだろうなぁ!」


 速い——、低い姿勢で体重すべてを前に預け、それでいて転ばすに走ってくるなんて、こいつの体幹はどうかしている。


 槍は水平に振られた。

 壁ごとおれを切り裂こうとする。

 壁に当たろうがドアに当たろうが、槍の刃先はなにもかも切り裂いて、滑るように振られている。

 通路の狭さなど無関係なのか。

 槍の欠点が完全に無視されている。

 この狭い空間じゃ、リーチに飛びこめない。

 人間の相手がこんなにめんどうなのか。

 広い場所で紙喰いと闘っていたほうがよほど楽だ。


「ネシティ!」うしろでリンジが叫んだ。「運動神経でオロチとやりあうのは無理だ!」

「ふざけんな! あいつも人間だろ!」

「その足を使うしかない、オロチを越えるには、それしかないよ!」

「簡単に言ってくれる……!」

「おおう、おおう、リンジ、裏切りやがって、裏切ったんだよなぁ! 七年前からきょうまでずっとずっとずっとだぁっ!」


 突きの連撃が来る。

 全部かわすなんて無理だ。

 たまらず、義足を使って距離をとる。

 それを見たリンジとイツマも慌てて離れた。こちらの戦闘に巻きこまれないようにしている。


 オロチは異常な速度で追ってくる。

 速い……、あいつの躰、どうなってる……!


 ——その足を使うしかない——


 リンジの言葉が頭で鳴る。

 あえて、オロチのほうへ飛んだ。

 どうせ詰められる距離なら、こちらから詰めてやる。

 方向はななめ上。

 天井に向かって飛んだ。

 見える世界が反転し、推進力に下半身が押しつけられる。

 洞窟にぶらさがるコウモリの視界はこんな感じか。

 一秒——二秒——重力が来る。

 落ちる。

 オロチの真上。

 やつは槍を突いた。予想どおり。

 身をひるがえしてかわす。

 槍は天井に刺さる。しかし刃先の鋭さがある。異常な鋭さが。

 当然のように天井を切り裂きながら、半円を描き、こちらに振られる。

 身を返してそれを刀で受ける。

 床に叩きつけられる。

 また突きがきた。

 床に穴が空く。

 ちょうど脇のあたりに刺さった。間一髪で避けられた。

 すぐに槍の柄をがしりと掴む。

 刀は投げた。

 オロチはそれを見ておどろいた。隙が生まれる。

 体幹を使って、義足の位置を相手の胴に合わせる。

 右手を腰にまわし、トリガーを掴み——


「わるく思うなよ!」


 引き金を弾く。

 義足のなかで破裂音。

 飛び出した金属の足は、オロチの腹を直撃。

 やつはぶっ飛んで、天井に叩きつけられ、床に落ちた。そのままうつぶせて動かない。骨のかぶりものだけが天井に刺さり、残っている。


 おれは立ち上がり、槍を遠くへ投げた。イツマがそれを拾った。

 呼吸を整え、オロチの様子を確認する。

 吸った息が鼻の奥をツンと責める。

 悲しくもないのに涙が出た。ストレスのせいだろう。

 加え、めまいがする。

 人間と闘うのは二度とごめんだ。


 ——うしろから、心配そうな顔でふたりが近づいてきた。


「やったのか……?」イツマが言った。

「死んでないよね……?」リンジが言った。


 イツマはオロチの躰を仰向けにして、脈を確認した。


「生きてるな……。でも、呼吸がかなり浅い」

「死んだってしらないからな……」おれは言った。「手を抜く余裕なんかなかった。気を抜いたら、こっちが死んでた」

「それは仕方ないよ、むしろ、オロチを止めてくれてありがとう」リンジが言った。

「——それよりもサキだ」イツマは顔を上げた。「リンジ、ネシティ、上に向かってくれ。オロチのことはこっちでどうにかする。こいつのことだ、これくらいじゃ死なない。躰の丈夫さは異常だからな」


 いったいいくつの異常を抱えているんだ、こいつは。


「ほんとうに、躰、大丈夫?」リンジがこっちを心配した。「オロチと闘って生きてる人、はじめて見たよ……」

「負けると思って見てたのか?」

「半分くらいは……」


 リンジは困った顔で笑った。


 おれは半ばあきれつつ「……どうでもいい。さっさと行くぞ」

「う、うん」


 オロチのそばでしゃがむイツマを一瞥すると、やつはこくりとうなずいた。ここはまかせろ、とその目は言っていた。おれとリンジはすぐに通路を走った。しばらくして、リンジは右を指差した。


「階段はこっちだ」


 従って階段を駆け上がる。どこもかしこも骨と松明、そしてちぎれた赤い布の装飾で気味がわるい。よくこんなところで生活できると思う。


「骨の飾り、ぜんぶオロチの趣味なのか?」おれは訊いた。

「うん。そんな感じ」

「どこからこんなに骨を拾ってきた? それにあいつは紙喰いの骨で槍を作ったようなことを言っていた。紙喰いは死んだら白灰になる。骨だけが残ったケースなんか聞いたことがない」


 おれが言うと、リンジの歩速がゆるんだ。しまいには階段の途中で足を止めてしまった。その目はどこか虚だ。


「……ネシティ。これから見るものを、どうか忘れてほしい。無理だと思うけれど……。でも、忘れてほしいんだ」


 そんな言い方をされたら、なおさら忘れられなくなるだろう。


「あえて言うか? おまえがそう言うと、むしろ印象に残るだろ」

「ごめん。それでも、そう言うしかないんだ」

「紙喰いのことか?」

「……そんなところ」


 これ以上リンジにたずねたところで意味はなさそうだ。百聞は一見にしかずともいう。


 気味のわるい階段をのぼり、おれたちは七階に来た。このフロアは、明らかに異臭がする。泥と鉄が混じったようなにおいは、まちがいなく紙喰いのものだ。それとなにか、甘いにおいもする。花か……?


「オロチの部屋はこのひとつ上の階なんだ」リンジが言った。「ぼくはすぐにサキのところへ行く。きみは——」

「この階にいる紙喰いを殺せばいいんだろ?」

「……すまない」リンジは申し訳なさそうに言った。

「白灰がでたら、すこしはもらうぞ。じゃないと割に合わない」

「そこは好きにしてほしい。どんな報酬を渡しても足りないくらいだ。——それじゃ、頼んだよ!」


 リンジは階段を慌ただしくのぼっていく。おれは刀を抜いて、先へ進んだ。このフロアの壁には花のリースばかりが飾られている。さきほどまでの骨の飾りは見当たらない。カラフルなペンキで壁じゅうに描かれているのは、マンガのワンシーンのようだ。


 いままでは死を連想させる装飾ばかりだった。しかしこの七階は、生を連想させるものばかりだ。壁掛けのリースはどれも枯れていない。マンガの壁絵もコマの一つひとつから躍動感が伝わってくる。現物を読んだことがないからわからないが、模写としての完成度は高そうだ。


 どこを見ても色鮮やかな空間。松明は燃えておらず、ここにきてカーテンがひとつもない。明るい日光が差しこんでいる。それにしても、得体の知れない気味わるさは尾を引いている。


 通路を進むと、すぐに広いスペースがあった。ドアも壁もなく、通路がそのまま多目的ホールの一部のようなつくりになっていた。少人数のサッカーくらいならできそうな、広い空間だ。


 紙喰いのすがたもあった。

 だが、それを見た瞬間、おれは紙喰いだと思えなかった。


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