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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
それは、神でもなんでもない
21/74

ー8ー

それは、神でもなんでもない


「あのアパートは昔、企業が管理する社宅だったんだ。部屋の数は多いけれど、それぞれは最低限の住環境。狭いけれど、いちおうの利便性はあった」


 廃墟の物陰に隠れながらリンジが言った。数十メートル先に見えるアパートが、さながら魔王の城に見えてしまう。


「サキが寝ているのは最上階。ここから、向かって左端にその部屋がある。ただ、そこはオロチの部屋と隣接している。近づいたら彼との接触は避けられない」


 それよりも……、と口調をにごらせ、リンジはつづける。


「七階には多目的ホールがあるんだ。そこに小型の紙喰いがいる」

「は?」おれはリンジを見た。「飼っているのか?」

「《《魔王》》として崇め奉っているよ。プレギエラの信仰対象になっている」

「救いようがないな……。どんなやつだ?」

「全長三メートルくらい。二〇〇年前はカエリル? とかいわれていた生き物じゃないかな」

「カエルだろ」

「あ、それだ」

「なら倒すのは楽そうだ。両生類派生の紙喰いは増して電気に弱い」

「頼ってもいいかい?」

「殺してもいいのか?」

「もちろん。あんなものを拝んでいたって、ご利益はない」

「……人間は? 襲ってくるだろう?」


 こちらが言うと、リンジはすこし顔を沈めた。


「できれば殺さないでほしい。家庭環境に恵まれなかった者たちが、やっと居場所を見つけられたんだ。そういう側面もある……」

「そいつらの信仰心はゆらいでいるんじゃないか? 例の……、一三巻の存在で」

「もう見つかっているだろうね。ぼくの部屋は荒らされているはずだ」


 リンジは残念そうに息をついた。一三巻がほんとうに存在しているのかという疑念を、おれはすくなからず持っていた。が、彼の様子を見るに、実在はまちがいなさそうだ。


「ほんとうにあるんだな」

「一三巻かい? ——疑っていた?」

「すこしだけな」

「あれはかなり特殊なシリーズ作品だ。一二巻で終わったと見せかけて、実は一三巻まで存在している、という遊び心……。SNS時代だったからこその仕掛けだろうね。一度バッドエンドで世間を炎上させてから、予告なしに一三巻を発売する——」

「しかし純政府の娯楽書戒厳令をかいくぐって、よく全巻持っていたな。家宝かなにかだったのか?」


 問うと、リンジは薄く笑った。過去を懐かしむ顔だ。


「そんなとこ。家宝みたいなものだった」

「まぁ、その手の話はよくあるな……」

「ぼくの父は死んでいるんだけど。家の屋根裏部屋に絶対開けられない金庫があったんだ。そこにプレギエラ全巻が眠っていた。自分が死んだら、屋根裏部屋の梁の上を探せ。そこに鍵がある——父はそう言って、息を引きとった」


 その鍵が金庫を開けるためのものだった、というわけか。


「ただ……」リンジは顔を曇らせ、「失敗だったよ。オロチには一三巻まで全部渡すべきだった。まさか彼が宗教を開くまでに没入するとは……、想定していなかった」

「サキは? どういう関係だ?」

「オロチとおなじ、幼馴染だよ。彼女の両親は生きているけれど、あまり子育てが好きじゃないみたいでね……。家にいるよりは、ぼく——ぼくらといたい、って……」


 リンジの語調には、いかにもな三角関係がちらついていた。



 ・…………………………・

【同刻】


「おまえら部屋から出てろ!」


 オロチは怒鳴った。声を浴びた信者たちは慌てて出ていった。なかにはあきれて、ため息をついた者も。各々に不信感と疲労感が滲んでいる。


 ここはリンジの部屋。数人がかりで荒らされたせいで、服や家具がめちゃくちゃだ。


「じゅ、一三巻……」


 本を開こうとする手が震える。これまでの信条が全否定される気がしてならない。いつもの爪アクセサリーは両手から外した。頭に被った草食動物のガイコツもいま投げ捨てた。人生が変わるかもしれない瞬間に、余計な飾りはいらない。


 荒くなる呼吸、大きく上下する肩、暴れる心臓——

 緊張と興奮が入り混じり、めまいがしそうだ。


 本を開き、まずは巻頭を見た。


「ごめんなさい……?」


 でかでかと、大げさな字で、謝罪の言葉が書かれていた。ふざけているような字体にも見える。作者と出版社からの謝罪だ。まずは、一三巻の存在を黙っていたことを謝っている。


《週刊誌の連載も止まったので、読者の皆様には多大な不快感を与えたことと思います。魔王が支配する世界で終わる漫画——それはそれでひとつのストーリーラインを完結させたものでした。しかし作者は「メタ」を、とくに重要視していました。それは、一二巻までを読まれた方なら察するところかと存じます。シリーズの最後に、真の感情移入、没入体験を届けるため。読者の皆様には一度、現実世界におけるストレスを感じていただく必要がありました。それが炎上商法のように見えてしまったのは、こちらの力不足です。まことに申し訳ありません。ただ、当巻を読了されたとき。現実世界で起きたすべての事象含め、壮大な「メタ」を体験されていることを、お約束いたします》


「日常社会をも巻きこんだ渾身の一作。プレギエラを最後まで、どうぞ、お楽しみください……」


 ページをめくる。見慣れた描写、セリフの表現、コマの使い方——どれをとっても本物。まちがいなく一二巻のつづきだ。


 好奇心が満たされていく。展開があるたびに鳥肌が全身を駆けめぐる。しかし同時に信じていたものが破壊されていく。魔王こそが、従者王こそが正義だったはず。だが——


 満月の夜。

 逞しい腕に抱き寄せられた姫は、甘い声でささやいた。


《このときを待っていたのよ》


 ベッドの上で従者王は聖魔法の直撃を食らい、即死。

 勇者の一味を欺き、悪へと転じた裁きを受けた。

 ひとたび姫は自由になった。

 そこから急展開の連続がはじまる。


 牢に捕らえられていたパーティメンバーは姫に助けられ、力を取りもどし、次々に敵を薙ぎ倒していく。魔王の城は内側から崩壊していく。


 紅黒い空に、金の装飾を輝かせる飛空艇が見えた。


 砲弾が城に大穴を開ける。そこを目がけて反乱軍が一斉に降下する。ブリキの翼を羽ばたかせ、聖なる軍勢は敵地へ飛びこんだ。


 先導するのは姫の父——魔王の手によって谷底に投げ落とされたはずの国王。彼は城の中で、光る蝶を探した。その蝶は死んだ勇者の肉体そのもの——。


 とある森の深くに住む大賢者に与えられた魔法によって、勇者は絶命した瞬間に二色に別れる光の粒子となり、飛散する躰となっていた。


 緋色の粒子は肉体を司り、

 藍色の粒子は魂を司る。


 その事実を知っているのは勇者と姫。そして国王と、その命を救った側近の執事のみ。


 蛍のそれよりも細かい光は、一見するとほこりのようなものだ。緋色の粒子は時間をかけて聚合し、最後には蝶の形となり、魔王城の片隅で身を潜めていた。


「勇者の剣、ここにあり……」


 口を半開きながら、オロチはセリフを読んだ。


 機を見て、国王は装備していた剣を天高く掲げた。きっ先に吸い寄せられるように、緋色の蝶がやってくる。そして場面は急に切り替わった。


 緋色の蝶はたしかに勇者だが、その内容は肉体だけだ。

 では、勇者の魂——藍色の粒子はどこへ消えたのか。


 漫画のシーンは二〇二〇年の日本へ移る。


 夕刻のコンビニで、プレギエラの一二巻を購入したサラリーマンはアパートに帰った。ビールとナッツを片手に漫画を読了し、ため息をつく。


《なんだこれ。最悪だよ。バッドエンドじゃん》


 漫画をテーブルに投げて、テレビを点ける。ビールを喉に流しこみゲップをしても収まらない感情をスマホにぶつけていく。


《プレギエラ。あんなの打ち切りエンドじゃん。マジクソだわ。作者氏ね》


 SNSを閉じて、スマホをテーブルに置いた。ため息。

 しかし彼の胸に、ちいさな藍色の粒がひとつ飛びこんだ。


《ん? ほこりか……? 部屋掃除しなきゃか……。あぁめんどくせ》


 シーンはふたたび切り替わり、今度は小学生の女子。リビングで漫画を読み終えたが、その顔はとても険しい。


《ねぇママ、プレギエラってこれで終わり?》


 問われたママは、そーなんじゃないの? 連載も終わってたみたいだし、と返した。


《えぇ……。こんなのありぃ? つまんなぁい……》


 漫画を床に置いて、テレビゲームのコントローラーを握る。やりきれない心地を、インクが飛び散る対戦ゲームで発散しようとする。そんな少女の胸にも、ちいさな藍色の粒が……。


 シーンは三ヶ月後になった。プレギエラの一三巻が突如発売された日だ。サラリーマン、少女、SNS、朝のワイドショー、新宿の巨大スクリーン……。どこもかしこもプレギエラの話題に染められていく——。


《勇者が生きていた!》


 勇者の魂は、次元を超えて二〇二〇年の日本へと転生していた。


 彼のことを知る者たちの心を借りて、居所とし、魂の欠片を隠していた。とてもちいさな、目にもとまらないような粒となり、人々の心の中で、勇者はたしかに生きていた。


 魔王軍の大魔術師の索魂術をもってしても、とうてい見破れない策だった。まさか、憎き勇者の魂が、異世界にあるとは思うはずもない——


「そしていま、読者きみたちの心の中から、勇者は蘇る——」


 一度は終わったと、だれもが思った作品。

 魔王に世界は支配されてしまったと、だれもが落胆した。

 しかし勇者は生きていた。

 ほかのだれでもない、読者たちの心の中で——。


 緋色の蝶に、藍色の粒子が吸いこまれていく。

 光の蝶は完全なる勇者となり、そこに蘇る。

 魔王は剣の一閃に切り伏せられ。

 暗黒の世界に光がもどり。

 紅黒く染まった空に、金色の太陽が昇る。

 草木の枯れ果てた大地は、彩を取りもどし。

 奪われた王国は、繁栄に返り咲く。

 国王はふたりの手を取り、そこに重ねる。

 幾千の民が拳を上げて、喝采を叫ぶ。

 苦楽をともにした勇者と姫は結ばれ。

 世界の平和は約束された——。


「は、はは、ははは——」


 笑ってはいるが、オロチの目は死んでいる。


「これが結末ってか? あ? これが最後なのか? え?」


 一三巻を床に叩きつける。


「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!」


 何度も、何度も、踏みつけて、ページがぐしゃぐしゃになるまで痛めつけて。足のつけ根がしびれてもまだ、オロチは漫画を踏みつづけた。


「全然ちがう、全然ちがう、全然ちがう!」


 元の形がわからなくなるほどまで潰れた漫画をわし掴んで、オロチは壁に投げつけた。死体みたいに転がったボロボロの漫画は、ちょうど魔王が死んだページを開いている。


「それなら、いまの世界はなんだ! おれが生きている現実はなんだ! この世の中は永遠に枯れ果てたままだろうが! あ!? おれたちは、この腐った世界で一生、生まれ変わっても永遠に生きつづけるしかないんだよ!」


 落胆を越して、耐え難い絶望がオロチを襲う。膝が崩れて、勝手に涙が溢れる。救われない世界に生きている者が、救われた世界に嫉妬する——その様はひどく残酷だった。


 泣き崩れるオロチのもとへ声が飛んできた。ドア越しに信者が叫んでいる。


「オロチ! ふたりがもどってきた! どっちも——刀を抜いている!」


 苛立ちを堪え、絶望を堪え、奥歯をきしりながらオロチは立った。半壊したドアを開けて、そこにいる信者に声をぶつける。


「どこだ、どっちから来た、ぶっ殺してやる」

「そうだ。オロチ。きみはもう終わりだ」


 ふたりいた男性信者のうち、ひとりが槍を振る。

 振られた硬い長柄は、オロチの後頭部に直撃した。


 ・…………………………・


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