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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
それは、神でもなんでもない
15/42

ー2ー

それは、神でもなんでもない


「おれたちを疑っているのか?」ユヅキが反応する。

「接点。あるのかと思って」

「犯人と、か?」

「ええ」

「あると思うか?」

「例えば、こういう作業が得意な人物と接触している、とか」

「セトは昨日ここに来たばかりだ。おれの交友関係については、そちらさまのほうがよく知ってんじゃないか? どうせ監視対象かなにかになってんだろ、いまだに」


 わざとらしくユヅキは言った。


「あら、ご心配なく」カナデはくすりと笑った。「いつまでも前科者の尻尾を追いかけていられるほど、こちらも暇ではありませんので」

「忙しそうでなによりだわ」

「ええ。おかげさまで」


 カナデは帽子のつばをさげた。

 ふたたび、紅いくちびるしか見えなくなった。


「なにか心当たりがあったら、こちらの番号まで連絡ください」


 胸ポケットから名刺を二枚取り出し、こちらに渡してきた。そこに書いてあるのは、まったく知らない名前と、まったく知らない企業だ。050からはじまる数字の列と、英数字の列も書いてある。


「なんの冗談だ?」ユヅキは怪訝に言う。「電話なんか使えない時代に、嫌味かよ」

「ええもちろん冗談です。それ、二〇二〇年当時の名刺です。骨董コレクターのあいだでは高値で取引されています。宇宙まで行ったどっかの社長の持ち物だったみたいですよ。レアものです」

「報酬代わりってか……」ユヅキが言う。

「ほんの良心です」

「あんたに良心があるなら、おれはいますぐ空を飛べるだろうよ」

「あら、つまらない冗談」


 それからなにを言うでもなく、カナデは背中をむけて去っていった。自信たっぷり、こわいものなし——背中全体でそう語っているような、凛とした歩調だった。


 隊員たちは去る彼女に敬礼をし、規律正しく見送る。純政府の中でカナデという存在がいかに強いのかを物語っていた。


 あらかた痛めつけられた元軍曹は、そこにただ倒れており、服は破れ、片目は青く凹み、頭のどこからか流れた血が、頬に赤い筋を作っていた。


 さらに隊員たちは白灰の山にもむらがりはじめた。


 脱いだ服で包め、袋があるなら詰めろ、換金すればすごい金になる、掃除班が来るまでに採れるだけ採っておけ……。口々に欲言を垂れ流しながら、まるで何日ぶりの食事にありついたハイエナみたいだった。


 おなじ人間のはずなのに、さっきからこいつらは獣みたいだ。


「行こうぜ……」見かねたような顔で、ユヅキは言った。

「ああ……」


 すぐにミカを探さなければならない。

 それだけを考えることにした。



 ユヅキとは、いったん別れた。おれは閑散とした商店街でミカの行方を探した。街の人はまだ避難しているようで、あたりは妙に静まり返っている。さっきまでの喧騒がうそみたいだ。


 けれど、ミカがどこに行ったのか検討がつかない。でたらめに大声をあげたとて、徒労に終わる気がした。彼女のことをあまりに知らなすぎる。


 ただ、さっきパンを食べた公園の景色がずっと頭をよぎっては消え、よぎっては消え……、繰り返していた。なにかに導かれるように公園に行った。ここから歩いて一〇分くらいの場所だ。


 到着し、ぐるりと見渡したが、ミカはいなかった。まさかゾウさんのすべり台の中や、ドカンの中にでもいるんじゃないかと思ったが……。その線も外れていた。そんなところまで探そうとした自分に、気恥ずかしさを覚えてしまう。


 ——ふと、考えいたるところがあった。

 いまにも倒れてしまいそうな彼女の歩きすがたが思い出される。

 もし、ミカがあの精神状態で行き着く場所があるとすれば……。


「まさか……」


 来た道をすぐにもどった。

 迷いなどなかった。

 ある種、確信のようなものさえあった。


 ——左足が急に痛みだした。

 たまに起こる幻肢痛だ。


 それでもミカのことが最優先だ。いつもならその場で休むほどの痛みだ。しかし堪えて、他人のために必死に走る自分がすこし不思議に感じた。



「ミカ、いるのか?」


 パン屋のドアを開けて、声を投げた。返事はない。


「入るぞ」


 カウンターの裏にまわり、店の奥へと行く。ミカの父親がまだ倒れているであろう部屋に入る。


「やっぱりか……」


 遺体の手を握り、うずくまっているミカがいた。父親の体格もあってか、岩に躰を寄せる人魚みたいに見える。


「逃げろと言ったのに」

「セト……」ミカはまるで気力のない顔をこちらにむけた。

「今回はなんともなかったけど、こっちが紙喰いを食い止められなかったら、店ごと死んでかもしれないんだぞ……」


 答えるでもなく、ミカは顔を父親のほうへもどした。そしてうずくまる。部屋に入ったときと光景は変わらない。


「わたし、これからどうしたらいい」

「どうって……。生きていくしかない」

「どうやって?」

「パンを焼けるだろ……?」

「まだお父さんほど、いろんな種類を焼けない」

「レシピはあるんだろ? 覚えたらいい……」

「お父さんの味なんか、すぐにだせないよ」

  このまま会話をしていても埒が明かない。先のことよりもいまをどうするか、ミカに問うことにした。


「なぁ……、まずは遺体をどうにかしないと……。葬儀をして、そのあとのことは、そのあと考えたらいい」


 ミカは黙ってしまった。

 こういう場合、腕を引いてでも躰を起こしてやるべきなのか?

 いや、それはちがう。そんなことは暴力と変わらない。

 優しい言葉……。

 励ます言葉……。

 ああ、わからない、どうすれば……。


「ねぇ、セト」

「ん?」

「わたしも死にたい」

「ばか言うな」

「その剣で殺して」

「これは人を殺すためのものじゃない」

「殺して、おねがい、おねがいってば!」


 急にミカはこちらに飛びこんできた。どう対処すればいいか考える暇もなく、おれは押し倒された。その拍子で、鞘が腰から外れてしまった。さっきの戦闘で、腰に巻いている紐が緩んでいたのかもしれない。そうでなければ、これくらいの衝撃で外れるわけがない。


 床に転がる剣を最初に拾ったのはミカだった。危なっかしい手つきで抜刀し、刃を首に当てようとする。


 おれはすぐに彼女の腕を掴んだ。


「やめろっ! いますぐ離せ!」

「ほっといて!」


 ミカを突き倒すような格好になりながら、半ば無理やり、刀を取り上げた。遠慮をしていられる場合ではなかった。この刀は、人間の骨身など豆腐のように切ってしまう。切られたことにも気づかないくらいだろう。それくらいの鋭さがある。


 アクセルレバーに触れでもすれば、さらには感電死の危険を考えなければならない。


「ば、ばかか……! ほんとに死ぬぞ、人間に向けていいものじゃない!」


 床に両手をついてうずくまるミカに、怒鳴ってしまった。


「わ、わるい……。大丈夫か……?」


 ミカはその場で動かなくなった。しかし、床にぽたぽたと落ちる雫が彼女の感情を表していた。震える声で、彼女はなにかを言った。けれど聞こえない。


「ん?」おれは耳を寄せた。

「……なった……」

「なった?」

「みんな……、いなくなった……」


 察するに家族のことだろう。


「みんな、わたしを残して、いなくなった」

「みんな……」


 言葉を考える自分の目が、勝手に泳いでしまう。こんなにも次に放つひとことを重く感じたことはない。


「おれは……。最初からいない」


 どうにか言葉を選んでいく。


「おれは赤子のとき、廃墟のビルに捨てられていた。捨てたのはたぶん母さんだ。そのとき紙喰いに襲われて、この足になった。でもキヅキっていう、兄貴みたいな親みたいな師匠みたいなやつに拾われて、どうにか命は取り留めた。でも……、おれは家族を知らない。そんなものは最初からなかったし、いまもいない。これからもいない。でも……、ミカにはいる。まだ、母さんが生きているだろう? ——だから死んじゃいけない」


 伝えたいことはひとつなのに、セリフは長くなってしまう。ああ、とか、いや……、とか。そんな最低限の会話ばかりしてきた人生では、人を励ますだけの語彙力など育つものか。自分の無力さがひしひしと湧いてくる。


「お母さんだって、死んでいるのとおなじだよ」

「……その人がまったく動かなくたって、ずっとベッドに寝ていたって、心臓が動いていれば生きているんだ。耳が聞こえなくても、目が見えなくても、触れれば指の温かさは伝わる。こっちが勝手にあきらめちゃいけない。反応できないだけで、心はずっと、ずっと、ありがとうって言っているかもしれないだろ」


 おれが言うと、ミカはくすりと笑った。


「お母さん、そこまでじゃないよ。ばかになっているだけで、寝たきりとかではないから」

「……そう、だよな。ごめん」

「いいの。謝らないで。セトの言いたいこと、よくわかった」


 ミカは袖で涙を拭った。

 その手は固く握られていた。

 まるで自分を奮い立たせようとしているようで——。


「ありがとう。まずは向き合う。お父さんの、最期に」

「あ、ああ……」おれは後頭部を掻いた。「手伝いたいんだが……、きょうにもここを離れないといけないんだ……」

「大丈夫だよ。なんとかする」

「……ちょっと待っててくれ」


 さっきから背後で聞き耳を立てている人物に気づかれないよう、おれは部屋の入り口にそっと近づく。


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