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カルタ・ネシティ  作者: 燈海 空
パンを食べたいだけだった
13/41

ー13ー

パンを食べたいだけだった


「部隊のやつってだれです?」

「名前はわからない、おれがネシティだから、協力するように言われたんだ」

「えぇ……」メガネのぼんやり隊員はすこし悩んだ。「まぁ、いいですよぉ。このままってわけにもいかないでしょうし……」

「すまない、頼らせてもらう」

「それで、どうしたらいいんです?」


 うまくいってくれ、成功してくれ、と内心に強くねがいながら隊員に作戦を説明をした。


「——あなたを撃てばいいんです?」

「そうだ。射出と放電は、合図まで待ってくれ」

「合図って?」

「左手を挙げる。それで撃ってくれ。右手を挙げたら放電。電槍の巻き取りは、おれがあいつから離れたらすぐにしてくれ。そこは合図に関係なく、やってほしい」

「左手で射出……。右手で放電……。あなたが紙喰いから離れたら、合図がなくとも巻き取り……。なんだかややこしいですが了解しましたぁ。ああ、ぼくは視力が弱いので、射撃は別の隊員にまかせます」


 どう会話をしようと、この男から安心を得られることはなさそうだ。作戦がスムーズに進むことを祈るしかなかった。


 ハッチは閉じられ、戦車は進む。おれはひとまず車体の上に乗ったまま、心拍の上昇を感じていた。


 大通りに出て、左へ旋回。

 紙喰いの背後。

 距離は三〇メートルほど。

 キャタピラが地面に跡をつくる。

 じりじりと近づく。


 搭載されている電槍の尖端は、魚を突くモリに似ている。逆三角形の刃をふたつ重ねたような形になっている。


 射出された槍は有線(ホースリール式)で戦車に繋がっている。標的に刺さってから、車内でなんらかの操作をすると、高電圧をお見舞いできる仕掛け——のはずだ。車内を詳しく見たことがないから断言はできないが、紙喰いに対抗する兵器の大半は、刺してから電撃を浴びせるのが一般的だ。


 メガネの隊員に放電の話をしたときも、会話の流れがスムーズだった。放電の機能はまちがいなくある。その電圧が、やつを絶命させられるものであってほしいが……。


 機を見て、おれはハッチを叩いた。


「行くぞ! 頼む!」

「了」車内からこもった返事が聞こえた。


 幸い、紙喰いは正面に展開する部隊に気を取られていた。こちらはキレイに背後をとったかたちになる。おれはまっすぐに相手を目指し、全力疾走をする。


 でたらめな銃撃は止まない。流れ弾がこっちに当たらないか不安だ。しかし全部隊に指図している時間などなかった。純政府がおれの指図を受けつけるとも思えなかった。しかし——


「おい! むこうに民間人がいる! 撃つのをやめろ!」


 ユヅキが叫んだ。気が利く。

 銃撃の嵐がいったん止んだ。

 相手に届く距離になり、ここぞとトリガーを引く。

 義足から破裂音。

 ふくらはぎの排気口が息をつく。

 風の音。

 鳥のように高く、速く。

 そして落ちる。


 紙喰いの頭に着地したが、その滑らかさにおどろいた。足が滑るほど平坦な金属質。当然だが、相手が生き物である以上は常に動いている。


「ほらよ! エサだ!」


 おれはショルダーバッグから取り出した本を、紙喰いの前方に投げた。

 ユヅキにもらったやつだ。

 惜しいが、しかたない。


 紙喰いは息を荒くして、目の前に落ちた、ちいさなちいさな、こいつの巨体からしたら豆つぶのようなエサに食らいついた。すこしうつむいた頭の上で、おれはバランスを保とうとする。大丈夫、落ちるほどの角度ではない。


 気味のわるい口から、赤く長い舌を伸ばし、その舌からさらに細い舌が段階的に生えて、砂まみれの本にからみつき、まるでロープを電動で巻きもどすように舌は口のなかへと消えていく——


 光悦の声が、気味のわるい声が本の内容を読み鳴らしていく。

 文字数が多いせいか、読む声は幾重にも重なっていく。

 早口の坊さんが何人もいて、別々の経を同時に読んでいるかのようだ。


 紙喰いの全身が白く変わる。

 無数の黒文字が躰じゅうを駆けめぐる。

 この文字を本のまま、読みたかった——

 雑念をすぐに消して、おれは左手を挙げた。


 独特の射出音が遠くから鳴った。ケーブルを鞭のようにはためかせ、すさまじい風切り音を纏いながら、電槍は軽い放物線でこちらへ飛んでくる。


 目を凝らす。

 着弾点を読む。

 瞬間を待って、身をかわす。

 ——重厚な金属音。

 振動。

 肋骨の圧迫感。

 服が裂けるほどの摩擦。

 腕がもげそうな衝撃。

 耐えきれず、躰が倒れる。

 しかしケーブルを掴むことはできた。直径四〇センチほどの太いケーブルを脇の下で抱えることができた。

 動け。

 立て。

 衝撃に怯んでいる暇はない。

 急げ。

 こいつが本のすべてを読み切って、ふたたび動きだす前に。


 両腕の腕力をすべて使って、ケーブルの尖端《電槍》を、紙喰いの目玉に刺す。黒水晶のようなやつの大目玉は思ったよりも柔らかかった。おれの腕力だけでも、槍の刃は半分ほど埋まった。さすがに、相手は無反応ではいられない。


 凄まじい足場のゆれ。

 耳が壊れそうな咆哮。

 まだだ。

 刺した槍の刃元を義足で強く踏む。

 左手でトリガーを引く。

 破裂音。

 排気のにおい。

 血の味。くちびるを噛んでしまった。よほど焦っている自分に気づく。


 それでも人力を超えた脚力で蹴られた槍は、眼球のさらに深くまで沈んでくれた。刃の部分が丸ごと眼の中に入った。そこからケーブルが伸びているようにすら見える。


 激痛に悶える紙喰いは頭を左右に振り——


「セト、危ねぇ!」


 ユヅキの声が聞こえた。

 同時に察する危険。


 紙喰いの下半身が大きく反り返った。ぐわりと持ち上げられたハンマー型の尻尾は、あろうことかそいつ自身の頭部に向かって振り下ろされた。それくらいに、頭の上にいるおれが気に食わなかったらしい。


 すぐにトリガーを引いた。横に飛んで、大ぶりのハンマーを避ける。

 きょういちばんの金属音が鳴った。

 うちわ型の頭部に大きな亀裂が入った。

 砕け散るまでは、いかない。


 ケーブルは——無事だ。いまの一撃でちぎれていたら、と肝が冷えた。むしろ槍がさらに奥深くまで刺さった感すらある。やつの尻尾が斧じゃなくてよかった。


 おれが地上に降りて三秒後。

 戦車はぎゅるぎゅると機関を鳴らし、

 ケーブルを力強く巻き取っていく。


 釣り糸の要領でひっぱられ、紙喰いの全身はみるみるうしろに反った。鱗がひとつもない腹が丸見えになった。八本の足がうねうねと波打つようにうごめいている。大袈裟な腹芸を見ている気分だ。こいつの全身はまだ白くて、まだ文字が流れている。


 本の内容を読む紙喰いの《《どす低い声》》がずっと、みぞおちをゆらしてくる。重なる声、重なる声、重なる声——気が狂いそうになる! 


 遠くを見ると、純政府の隊員たちは銃を置いて耳をふさいでいた。うずくまって胃液を落としている者も見えた。


 おれは右手を挙げた。電槍は放電を開始。バリ! と聞いたこともないような音がした。高電圧を受けた紙喰いは全身を痙攣させる。だが、それだけで倒れる保証はない。ここで終わってくれたら、とねがう自分がいる……。


 そのうちに戦車のほうがオーバーヒートを起こした。ハッチからメガネの男がすがたを見せて、両腕で大きなバツを作っている。ダメだ、これ以上は——そう言っているのがわかる。


 ケーブルから伝わる電撃はみるみる弱まっていく。

 やつは生きている。

 まだ足りない——

 なら、どうする。

 状況によって最適の行動。

 先に動いたのはユヅキだった。


「ここでやらないわけに、いかねぇだろ!」


 槍投げとおなじ方法でユヅキは剣を投げる。

 紙喰いの胸の中心に、剣は深々と刺さった。


 地上から六メートルはあろう高さに突き刺さったそれは、おれにとっては絶好のホールド(ウォールクライムなどで掴む突起物の名称)だった。


 ダメ押しでユヅキは腰の電極グレネードを投げつける。

 紙喰いの腹に当たり、破裂し、高電圧が皮膚を貫く。

 動きだそうとしていた紙喰いの動きが、いま一度にぶくなった。


「セト!」

「わかってる!」


 右手で剣を抜く。

 すかさず紙喰いの正面に移動。

 駆けながら左手のトリガーを引く。

 飛ぶ。

 なにもせずに落ちたら、大怪我は避けられない高さ。

 ユヅキの剣、高級そうな柄を掴む、横向きで刺さっていた、まずは片手でぶらさがる。

 次に、逆手に持った自分の剣を突き立てる。

 腕力だけで躰を持ち上げ、足裏を相手に当てて体勢を決める。

 そして祈った。

 この部分が、

 この場所が、

 ユヅキが狙って刺したここが、こいつの弱点であれと。


 思わず声が漏れるほど、両腕が激痛を訴えた。腕の筋組織がちぎれる感じがする。さっき電槍のケーブルを持ち上げるのに、かなり力を使ってしまったらしい。自分の筋力のなさを恨んだ。


 しかし、キヅキにもっと食えと言われつづけた体重の軽さに、どうにか救われそうだ。あと一〇キロ重かったら、おれはここで落ちていただろう。


 剣、二本分のアクセルレバーをたしかに握った。

 健に力をこめる。

 柄に備えられた超小型エンジンが唸る。

 手首に排気熱が伝わる。

 おかしな握り方をしているから、火傷しても言い訳はできない。

 ほとばしる電撃の音。二刀流だから、音も倍だ。

 漂うガソリンのにおい。

 連続して鳴る、湿った破裂音。

 血が溢れる。

 肉の焦げたにおい。

 銃声はひとつも聞こえない。

 ほぼ全員の視線が、おれに集中しているんだろう。


 重なる声が止んだ。一本の流れ星みたいな咆哮には、ゴボゴボと、粘ったらしい水が泡立つ音が混じっている。おれもなにか叫んでいた。


「セト! 尻尾が白灰になっている! もういい降りろ!」


 ユヅキの声がはっきりと聞こえた。とっさに着地用エアバッグを地面に放った。重力に落とされる感覚がして、ぼふっ、という音に全身が包まれたあと——視界は真っ白になった。


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