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少年ヘイロー  作者: 泡夏生
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第5話 ボタン式に改修することをお勧めする

「私の名前はセム。人間を監視する天使の軍団『グリゴリ』の一員であり、神の使いであり――」


「――そして君のペットだ」


 待て待て待て。質問すべきことが多い。


「まず、本当に本物なのか!?」

「ンニャァ」

「おいこら!」

「……もし、私が喋ることで本物の天使だと僅かにでも信用できるなら、君にはそれで十分だろう」

 どういうことだ。置いてけぼりにされている感じがする。というか、一度猫のフリを挟んだのはなんなんだ。

「それ以上の証明は不可能だ。頭にヘイローがあり、そして人語を解して操る。私の特殊性はそれくらいで、他はグリゴリの一員という肩書くらい……」

 寝るな、寝るな。夜行性だろお前は。そもそもちゃんと本質が猫なのかも不明だが。

「飼い猫は飼い主の行動に合わせるのだよ。君が夜眠くなるのなら私も眠くなるのだ。そういう意味では、私の本質は、限りなく、猫……」

 そろそろ寝てしまうか、と言ったところで俺は声を張って問い詰めた。小動物に大声など、御法度なのは承知の上なんだが。

「そんなことより、グリゴリってなんなんだよ! 俺のペットって、何する気だ。まだ飼うなんて決めてないぞ。外は雨が降ってたから家に入れただけで――」

「あぁ仕方ない。神聖に乏しい無知蒙昧な榎本界人に、この私が基本的な説明をしてやろう」

 なんで名前を……と思ったがどうやら部屋のドアや表札を見た、と。識字も出来るだなんて。


「グリゴリとは天使団の名称で、活動内容は人間の監視。神の仰せに従って、君達が悪いことをしていないか見守っている訳だ。そして時には私のように、陰ながら人々を支える者もいる」

 天使だとカミングアウトすることが陰ながらとは言い難い。

 しかし『悪いこと』と言えば高校生の不良に絡まれたことを思い出したが、アレはその範疇にないのだろうか? 神のご加護など微塵も感じられない程、ボコボコにされた訳だけれども。

「神が守ろうとしたモノにだけ、ご加護は与えられるのだ。君の場合、あの三人相手に随分善戦していたようだからその必要はなかったのでは」

「あぁ、そう……」

 途端に神様というものに信用が置けなくなった。だが、それでは最後の『俺のペット』とはなんなのか。

「単純な話だ。君の家でさっきトイレを借りたのだが、使い心地が良かった。路上で糞尿を巻き散らすのは如何に猫といえど天使たる尊厳に似つかわしくない……だが、上手く世に紛れて人間の監視をせねばならん。そうして考えた結果、プライドと責務の折り合いが『君のペット』という訳だ」

 そりゃ大変なお仕事で……。家に入るなり人用トイレを貸せというからどういうつもりかと思ったが、このセムは便器に滑り落ちないよう脚をピンと張りながら、その穴に向かって用を足していたのだ。しかし自分では水を流せないので、人の手を借りなければいけない所が、なんとも情けない話だが。

「水を流せない問題に関しては、レバー式からボタン式に改修することをお勧めする」

「なんでお前に合わせるんだよ!」




 さて、俺はこの話を聞いた時点で馬鹿馬鹿しい、さっさと出ていけとも思ったのだが、最終的にはセムがペットになることを了承してしまった。

 そもそも喋る猫と会話をするこの状況こそが馬鹿馬鹿しく、思い切って拒否する気になれなかったということ。加えて「ふざけた理由だったが、そういえばこいつも一人なんだな」というシンパシーに近い憐憫のようなものが俺の中にもあったのだろう。


 俺だって寂しかったんだ。そんな子供らしい心情を普段から察してくれていたのか、白猫のセムを母親に見せると(天使の輪はオンオフできるらしいので、オフの状態で)、「まぁ、まぁまぁ!」と喜んで飼育を許可してくれた。

 後になって思えば、単純に母が猫好きだったのかもしれない。それとも不良が雨の中、猫を拾ってくるという典型的なエピソードに感動してくれたのか。

 しかしそんなことはどうでもよく、思春期という多感な時期に奇妙ながらマトモな話し相手が出来たということが、俺は嬉しかったのだ。

 とりあえず、レバー式で水を流す訓練をさせないとな。




 その日の晩。セムが俺の話を振り返って訊ねた。

「界人、君はその京介って奴と仲直りがしたいのか」

 当然、そのつもりだ。逆にこれまでの俺の話からそれ以外に何があるのか、と俺は脇腹でうずくまる白毛玉に問い返した。

「君自身も自覚していないだろうが、()()()()の関係を望んでいるのではないのか?」

「先……?」

 はっきりと理解は出来なかった。俺と京介は元々大親友で、その先というものは分からない。未来の話、大人になってからも……ということだろうか。「分からない」と一言だけ残して、俺は寝返りを打った。

「おい、おい。寒いから動くな」

「俺は暑い」

 主にお前のせいで。

「じゃあ脚に挟まってやるから、ガマンするんだ。全く我儘な寝床だ」

 蹴ってしまっても知らないぞ、と思いながら俺は身を任せた。

「ふぅ。良い寝心地だが……こうしてみると君はやけに受け身だな。あまり自分の思いをはっきりと言わない節があると見える。そんなことだから京介とやらの真意も伺えないままなのではないか?」

「な、なんだよ急に」

 予期しない性格診断に戸惑いつつ、俺はその意図を問う。図星を突かれたような気がしたからだ。

 少し考えるような間を挟んで、セムは唱えるようにして言った。

「……『求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出されん。門を叩け、さらば開かれん』」

「なに、それ」

「『全て求る者は得、尋ねぬる者は見出し、門を叩く者は開かるるなり』……聖なる言葉の一つだよ。要するに、もっと自分から動くことが肝要なのだ」

 要されてもいまいち理解ができなかった。京介には二度とも自分から声を掛け、それでも無視されているのに、何を今更。

「もしかして、まだ積極性が足りないと?」

「なのだよ」


 なのだよってなんだよ。そう思いながら少し落ち着いて、改めてさっきのセムの問い――京介とのその先の関係について考え直した。しかし、それでも答えは出てこない。だがかと言って思考を止める訳にはいかない。

 もっと積極的に、か。

 そういえば、この『形容しがたい感覚』は以前にも――それもかなり昔の、幼少の頃にあった。天使の輪を探す冒険の道すがら、俺たちの友情を確かめるための、秘密の合言葉に。

「いや、違う……」

「ンニャ……?」

 友情を確かめるだけじゃない。もっと別の意味を求めていた。

 でも思い出せない。

 思い出せないので、頭が冴えない。

「違う……」

 そうしてしばらく考えるうちに、やがて微睡が脳みそを支配した。

 抗いがたい眠気が押し寄せたので、俺は思考を諦めるよりも先に、いつの間にか水底へと意識を落としてしまった。

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