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少年ヘイロー  作者: 泡夏生
3/12

第3話 良いわけあるか!

 後日、学校で薊京介と出会った。夜のコンビニ前で見かけた時と同様で、しかし今度は校内だというのに帽子を被っていた。ただその種類はつばナシのニット帽だ。重い病気らしいので御咎めは無いのかもしれない。


「京介、なぁ!」

「……なに、界人」

 伊達に不良をしている訳でもなかったからか、親友を呼び止める声は無意識に大きく、厳つくなってしまった。喧しい大声が廊下に響き渡り、周囲の生徒の注目を一身に浴びてしまう。

「あれ、薊くんじゃない?」

「あいつ榎本じゃね」

「喧嘩?」

「ちょっと、先生呼んだ方がいいかなぁ」

 あいつはあんななりだから、他の生徒からもモテていたんだろう。

 あぁ、もう。俺は親友として、京介と話がしたいだけなのに。ギャラリーが集まり、不安を駆り立てる空気を形成している。実際は大したことじゃないのに、彼らのせいで大ごとになりそうだった。

「京介、なんで昨日……」

 合言葉のことは人前では言えなかった。昨日、なんで帰ったのか。あれを忘れたのか。ヘイロー探しはどうなったのか。また一緒に――


()()、頼むからもう付きまとわないでくれないか。迷惑なんだ」

「なっ……!」

「僕、教室戻るから」

 そう言って、なんのためらいもなく京介は俺に背中を見せた。あっさり、後腐れの無さそうな歩みで。顔すらもまともに見れず、俺が衝撃で固まっている間にその姿は廊下から消えてしまう。

 いやいや、もう少しこう、何かあるだろう。数年間一緒に遊んだ親友に対してそこまで他人の振りができるものか、普通。もうちょっと申し訳なさそうに言うでもすれば、周りの誤解の視線も、俺の気持ちも、少しは落ち着くだろうに。

「やっぱり喧嘩?」

「流石ヤンキーだな……」

 有象無象の囁き声に囲まれていた俺の形相は、きっと穏やかなものじゃなかったんだろう。

 ふるふると握り拳を作り、怒りに耐える俺を群衆が避ける。そんな中教育指導の先生が俺の肩を叩いたことで、その場はようやく収まった。




「くそ、くそ……!」

 俺はぐちぐちと小さく暴言を吐きながら、地面を蹴って帰路についていた。最も空はまだ明るい黄金で、時刻は十二時を回ったばかり。つまりはあの後、不良らしく学校を抜け出して帰ってしまった訳だ。

 足元に良いサイズの小石があったので、つま先で弄びながら先の事件を反省する。

 確かに、大きな事件は起こしていないにしても、それなりに不良少年だと自負するぐらいには俺は周りから怖がられている。それは自覚していることだ。

 そんな俺が一見して付き合いのなさそうな京介にあんな勢いを見せれば、誰だって『病弱ないじめられっ子と、それに絡むいじめっ子の不良』の構図を想起するだろう。でも――だからこそ京介の言葉が必要だったのだ。俺を庇い、それまでのわだかまりを解消するあいつの言葉が。

「あぁ、くそったれ!」

 ますます沸き上がるやるせない気持ちを、つま先と小石の激しい衝突が作り出す気持ちよさで吹き飛ばそうとする。しかしそれでも気持ちは晴れず、頭上に浮かぶ黄金の曇天のように、複雑怪奇な心持ちだった。


「いって~」

「……え?」

「危ないやん、ガキ」

 小石がつま先とちょうどよく衝突し、ナイスキックで吹き飛んだその先。平日の昼間だというのに制服を着た――いや正しく着れてはおらず、かなりだらしなく着崩した高校生三人が、俺の方を睨んでいた。

 まさかとは思うが、その小石が当たったというのか?

「ほんま危ないやん。頭に当たったんやけど、ここ!」

「うおっ、ちょっと、やめろ!」

 ここ、と指をさしたところは頬の上の擦り傷で、確かに怪我はしていた。だがしかし、どう考えてもたった今できた傷がカサブタになる筈がない。明らかに別の傷だ。絡む理由にしては無茶苦茶すぎる。

 どうせ小石もぶつかっておらず、ただ不愉快だからといちゃもんをつけに来ただけなのだろう。

 二つや三つ歳が離れているというのは、少年の枠内では大きな差である。事実自分よりも彼らは十センチ程大きく見え、ガタイも大人らしく感じた。

「謝れや、おい、オラ」

 ハッキリ言って途轍もなく怖い。今は持ち合わせはないし、それならばと腹いせにいくらか殴られるのだろう。加えて近くに仲間も居らず、自分一人だけ――

「あぁ、いや……そっか」

「あん?」

 

 ふと冷静になった。そして自分は一人だった。そう再認識した時、今さっきまで身に迫っていたはずの恐怖が、何故か大したことがないように思えた。

 そうなると反抗の為に手が出るのも時間の問題で。胸倉をつかまれた拍子に自分の口から出た言葉は、少なくとも相手が聞きたがるような言葉ではなかった。




「ほんっま最悪やわこのガキ、死んどけ!」

「ぐあっ!」

 しばしの抵抗のあと、俺の身体は小さな路地の一角に捨てられた。結構善戦したほうだろう。高校生の不良三人に中学二年生が一人で立ち向かい、結果向こうは俺と同じくらい目や鼻が青くなっていた。

 もう関わりたくない、という嫌悪千万の捨て台詞と共に、彼らは逃げるようにして去ってしまう。

「くそ、ざまあみろ」

 口ではそう言いつつ、あぁ、これでまた一つ不良らしさに箔がついたかな。なんて心配をしてみる。

 こうして望んでも無いのに、投げやりに振る舞うあまり堕ちるところまで堕ちてしまうのだ。全く自分にはほとほと呆れる。

 放り投げられた姿勢のまましばらく天を仰いでると、ばち、びた、ぴち、と肌を打つ感触が走る。

 眼鏡をかけ直すと、レンズの上で雨粒がはじけたので、ようやくここで天気のことに気付けた。しかし、そんな雨から逃れる気はもうあまりない。このまま頭を冷やすのもいいかもしれない。

 親友に拒絶され、周りからは不良というレッテルから勘違いをされ、不良に絡まれ、路地に捨てられ、雨に濡れ――ここまで悪いこと尽くしなら、もう少しくらい自暴自棄になっても許されるだろう。

 頬に当たる度、ぴくりと顔の筋肉が動くのを気に留めながら。俺はもうすぐ強まりそうな雨脚を受け入れていた。


「なぁ」

 そうしてぐったりと手を広げたままでいると、すぐ傍で野良猫の鳴く声が聞こえてくる。うるさいなぁ、近寄るな。猫はそんなに好きじゃないんだ。

「なぁ」

 まだ鳴くか。こっちだってセンチメンタルで忙しいんだぞ。

「帰ってくれ、野良猫」


「なぁ?」

「……は!?」

 その調子の変化に、思わず起き上がった。

 いやまさか。しかし、明らかに違った。そのイントネーションは人間の「なぁ」だった。訊ねるように、窺うように、少し距離を取った人間の疑問形。それはテレビやインターネットで見聞きするような偶然の産物とは一線を画す、確実な意味を含んだ「なぁ」だった。

 俺はその猫を見た。それは野良猫らしからぬ、純白の毛並みとアクアの双眸を携えた、生後一年も経っているか怪しい小さな白猫。そいつは起き上がった俺を見上げるなり、しっぽをくねっと動かしてこう言った。


「なぁ、君の顔面にウンコしても良いか?」


「良いわけあるか!」

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