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風船

作者: 煌煌

 太陽に焼かれるような昼下がりのこと。母と喧嘩した俺は、一人で先を歩いていた。

 中学二年生。反抗期ってヤツなのかな? 自分でも何となくは気づいてるけど、母親の言ってることの方が正しいってね。けれど、ずっと我慢してた思いをぶつけられて気持ちが軽くなったのも事実。もうちょっとしたら追い付いてこれるくらい、ゆっくり歩こう。

 なんて考えると周りの景色が入ってくる。余裕が出てきたってコトかな。道は車一台が通るのでやっとという広さ。左右には古臭いのに二階建ての民家が並んでいて、空の太陽を小さくしてる。おかげで少し涼しいのか。




 記憶が正しいなら、しばらく歩けば大きな道に出るはず。自分の家から近い場所だって言うのに、あんまり通らないから自信ない。別に好きでも嫌いでもない、何一つ心に重りを与えない場所。だからかな。身体が軽い。




 違う。踏み出した足に地面の感触がない。目の前に広がる景色が一段下にズレる。左足が空振り、バランスを失って倒れ込む。痛みに怯えて、少しの間だけ目を瞑った。

 衝撃が来ない。受け身をとったとか、体が頑丈だとか。器用な条件はなく、前のめりに倒れただけ。だから痛みも覚悟した。走馬灯とかってヤツにしては何も浮かばないけど。

 目を開く。すると、すぐ前には地面。また急いで痛みに備える。何が起こるか分かっていると、時間の流れって進むのが遅い。何てレベルの問題じゃなくて、深呼吸するくらいの余裕があった。足元から寒気がするけど、心を決めて、もう一度。




 地面が遠ざかっている。今度は安堵のため息。ぶつかる心配はなさそう。けど、足元の寒気は止まらない。むしろ体の前面を埋めるくらい広がってる。だから気づいた。




 慣れ親しんだ硬い感触が見当たらないことに。ゆっくりと遠ざかる地面。浮いてる!

 漫画やアニメの登場人物に憧れはあって、空を飛びたいと考えたりもした。けど、思い描いたものとは違って、自由はない。目の前にある家の玄関。体は水平なのにさっきまでと同じ位置。俺の身長と変わらない高さ。




 状況への理解と対処を同時に進める。混乱してるのは間違いないけど、慌てながら前に平泳ぎで近づく。一階部分の屋根を掴めた。とりあえず時間は稼げるだろう。

 なんて考えはすぐに砕かれた。腰が誰かに持ち上げられるように浮かび、空中で前屈みになる。腕に力を込めても無駄。ゆっくりと足が引っ張られて逆立ち状態に。

 気持ち悪くなって手を放した。上昇速度は変わらず。焦らされてるような雰囲気。

 二階の窓柵にしがみついた。今度は足も。上に引っ張られる感覚は続き、肩から持ち上げられてるような、とにかく嫌な気分。




「アンタ何してるの! 大変。ウチの子が」


 俺以上に取り乱した声。母さんに見つかるのは必然。最後は親に見送られながらって、さっき喧嘩したばかりだから恥ずかしいな。

 お構いなしに背中は引っ張られる。柵の手すりに当たると、足を取られた。腰が浮く。


「何か浮くんだよ。自分じゃ止められない」


 焦りから、ちゃんと言えたか分からない。けど、母さんの顔色は悪くなった。辺りには野次馬もいる。別に他人に迷惑かけるつもりはないのに。何て思うと気が重い。




 同時に、身体の中にある何かが萎んだ。別に喧嘩をしたって母が嫌いって訳じゃない。眩暈かナンかで倒れた母を見ると、気が重くなる。心に引っ掛かる感覚。

 腰を引く力が消えた。腕は限界を迎えて、頭が白く濁る。気持ち悪い。




 落ちていくのが分かる。いつもと変わりのない薄い空気。背中に感じる太陽に焼かれた地面。今度は痛いんだろうか。嫌だなぁ。

 すると寒気を感じる背中を何かが包んだ。濁りが霞み、視界が戻る。三六〇度。全てに大人の顔。だけど、気持ち悪くない。みんな心配してくれてるって分かるから。




 何で浮いたのか。何が持ち上げた。誰が、俺を包んでくれたのだろう。分からないことばかり。心に重りを感じて、目を開く。数分前よりも軽く、優しく、そっと。




 お読みいただきありがとうございます。

 あなたの心に残り、少しでも何かのお役に立てれば幸いです。もしよろしければ、自分の長編小説もお読みいただけますと、幸甚に存じます。


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