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救国のIMMORTALITY  作者: チビ大熊猫
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8節.舐めんなよ


「なんか流石に疲れてきたな」

 ロッザは最後の一体を一振りで斬り伏せる。

 道中、彼らを襲う魔物の手は緩むことを知らない。つい先程も人面獅子(マンティコア)の群れに襲われていたところだった。負傷も少なく、程なくして約二十頭は居た人面獅子を難なく殲滅することが出来た。

 ウォンドオ本国はすぐそこのところまで来ていた。

「ロッザ! 人数と怪我人の把握頼む」

「あいよ」

 剣についた血を持参の紙で拭き取るタンクス。

「タンクスの旦那」

 自分を呼ぶモスケットの声が聞こえた。たった今脅威が去ったというのになんだと言うのか。首を東に向けるモスケット。同じ方向を見る。遠くに豆粒程の人影が二つ確認出来た。

「斥候か?」

「ええ。暗殺なんてことやってのけたんだ、警戒網は広く敷いてるんですかね」

 いよいよ交渉相手と相対する。自然と団員達の意識も張り詰められていくのが分かる。

「褌締め直せよ。いつ攻撃されてもおかしくない覚悟でいろ」

 騎士団は残り少しの距離にある敵本陣に緊張を高めた。


 視界いっぱいに広がるウォンドオ外壁と門。兵達は思っていた程多くはなく、隠れ潜んでいるわけでもないようだった。

「その(ほう)ら! 名乗られよ! 身元を開示するのだ!」

 門の上に立つ指揮官らしき男が大声でそう叫んだ。

「もうお忘れか! 我らカタストロフ騎士団! ベントメイルが使者である! 此度は先日結んだ和平について、大切な話があり、馳せ参じた次第である!」

「馳せ参じたって……」

「……」無言でロッザを睨みつけるタンクス。

 指揮官らしき男が無言で一行を見つめたまま右手を上げると、ゆっくりと門が開かれていく。

「入られよ」

 ウォンドオの兵は、武器を携帯はしているが構えてはいない。ひとまずタンクスは案内に従い王の居城へと赴く。団も警戒したままタンクスの後に続いた。


「いやいや、遠くからご足労頂いて。和平を結んだばかりだというのに。ははっ」

 ウォンドオ王は白々しくそう言った。カタストロフ騎士団全員が胸中穏やかではない。

「こほん。単刀直入に言わせて頂く。……魔獣に女暗殺者。和平を反故にするつもりは無いと聞いてはいるが、最後まで無駄に足掻き、あわよくばこちらの王の首を狙うなど、英断とは思えません」

 明らかに自国を馬鹿にしている態度にタンクスの口調も自ずと強いものになる。

「はて、何のことやら。そのような事態に見舞われるとは災難でしたな。お互い、周辺列強には恨みを買っているでしょう」

「そうではありません。まず一つ目の魔獣、九頭龍(ヒュドラー)に関して。こちらはまず見る事の無いレベルの魔獣。我らベントメイル周辺の山々は魔物が跋扈する危険地帯ではあるが、“魔獣”の出現は珍しい。加えて九頭龍は水辺を拠点とする水陸両用生物。……この辺りのベントメイルに恨みがあり、海に面している国などウォンドオくらいのもの」

 ウォンドオ王は周りの兵達を次々に見る。

「それだけ? ……“弱いのう”。水辺にいようと、海とは限らん。川なり湖なりのある国は少なくないであろう」

 新入団員の皆の顔は固く強張っていた。グーマンドはマルコの肩に手を当て緊張を解す。タンクスの横にモスケットが出てくる。

「確かに証拠には薄いかもしれません。広い水辺ならどこでだって可能性はあります。しかし、もう一件の暗殺について、ウォンドオからの刺客だと本人が吐いています」

 ウォンドオ王の傍には二人の男が立っている。片方は秘書官のような男。そしてもう片方の全身に鎧を着た男が前に出てくる。

「それだって出任せだろう!」

 欲しかった答えが返ってきた。ロッザは欠伸をしながら僅かに列を離れ、タンクスの横にスペースを作る。

「……なら、証人を呼ぼう」

 ざわつく城内。カタストロフ騎士団の奥から、顔を兜で覆った者がタンクスの横に位置づく。兜を脱ぎ捨てたその顔は彼らが見知った人間であった。

「!」

「白を切るなよ? 彼女の脚部にはウォンドオの奴隷である焼印がある。納得しないなら、ここに居る、いやこの国に居る従者や奴隷全員の体を調べさせてもらう。和平を結んでるんだ、ベントメイル王の勅命ならそれくらい簡単だろう?」

 一般兵の格好で隠れていたリシア。

 いくら鎧を着ていようと女の体。それに、匂いだって男とは違う。簡単に見破られるだろうと思っていたリシアだったが、すんなりとウォンドオの門を抜けここまで来る事が出来た。どれだけ彼らが使い捨ての自分に興味が無かったか、嫌と言うほど思い知らされた。

 もう、未練はない。

「ぐっ……!」

 ウォンドオ王が玉座の肘掛けに置いた右手を上げると同時に周囲の兵達が一斉に抜剣し、弓や槍を構える。

「!!」

「長年争った国同士が、簡単な話し合いではいそうですかと和平を組むわけなかろう! 遺恨が消えるわけでもあるまい!」

 流石のカタストロフ騎士団と言えど、こうなっては袋の鼠だ。数で負けている上に退路を防がれ、地の利を奪われれば勝算は低くなる。

「これが貴殿らのやり方か! ウォンドオ!」

 怒気を増すタンクスに圧倒されるウォンドオ王。

「ええい! うるさいうるさい! 此奴らを一人残らず始末せよ!」

 じりじりと詰め寄るウォンドオの兵。

「よ、良いのですか? 国王」

 鎧の男が王に詰め寄る。

「良い良い! さっさとせよ!」

「しかし……そんなことをすれば今までの小競り合いどころか、ベントメイルとの“全面戦争”になりますぞ……? 民草にも被害が」

「徴兵でも何でもして、磐石の数を揃えれば良い! 理由はいくらでも作ってやる!」

 とうとうタンクスの堪忍袋の緒が切れる。

「誇りさえ捨てたか!! ……ゴート騎士団長! 貴公はもっと賢い男だと思っていたぞっ」

 ゴートは歯軋りをし、剣に手をかける。

「わ、私とてこんな騎士道にそぐわぬやり方、望んではいない! 第一、考えが足らぬのは貴様らだ! それほど全容が分かっていながら、何故ここに来た! 武装とて完全では無いだろう! まさか証人の一人で事が済むとでも思ったか! 浅はかなり!!」

 この状況で武器を構える様子を全く見せないカタストロフ騎士団。熱の籠るゴートにタンクスはまるでそれすらも読んでいたかのように得意げに笑う。先の表情が嘘のようだった。

「ええ。それ故、こちらには提案があります」

「……?」

 タンクスは左の鞘に手を当てる。

「前回の和平では我々カタストロフ騎士団が総出で武装をし、赴きました。お分かりのことと思いますが、死なずの兵団と称される我々の威厳を直に見せつけ、貴公らの戦意を無くす為です。ですがやはり、その程度では効果が見込めなかったと痛感しました。……どうです? ここは1つ、代表戦のような形で腕を競い、敗者の国が勝者の言い分で手を打つというのは。これなら、貴公らの面子も保たれましょう」

 荒くなっていたウォンドオ王の呼吸も徐々に落ち着きを取り戻していく。

「……ふぅ、良かろう。面白い。我が国の強者が相手してしんぜよう。ゴート」

(こちらにはいざとなればアレがある……どうとでもなるわい)

 ゴートはひとまずの折り合いがつき、一安心すると共に、タンクスの不敵な笑みに若干の恐怖を覚えるのであった。

(状況は特に好転したとは言えない……それに、最終手段で国王が強行策に出る可能性は未だ消えていない。何を考えてる? カタストロフ騎士団団長、タンクス……!)


 場所はそのまま、中心に大きく空間を作り、各代表の一人が選出され、戦う運びとなった。殺しは無し。一方が降参した時点で敗北となる。

 周りに配置されたお互いの兵達(ギャラリー)。戦場を這う犬共。その心根は既にこの戦いを余興として楽しんでいた。

「戦いを長引かせるつもりは無い。所詮は見せ物。一戦でカタをつける」

 ウォンドオ王がそう言うと、ゴートは剣を抜き、前へ進み出る。

「……いいのか? それで」

「不覚はとらん」タンクスの無粋な質問に眼光を鋭くするゴート。

「まあ、貴公の勇猛さは国を超えて伝わっています。平気でしょう。さて! “こちらは誰を出そう”?」

 タンクスが後ろを向くと騎士団の面々はニヤニヤと笑い、ふざけているようだ。

「!? 私が出たのだ、タンクス団長、貴様が出るべきではないのか!」

 ゴートの意見も聞き入れず騎士団は話し合いを続けている。想定外の事態にウォンドオ側は僅かな動揺をみせる。

「じゃあ、俺が……」

 手を挙げようとするロッザの頭をグーマンドが叩く。

「いでっ」

「段取り忘れたんですか? ロッザの旦那」

 モスケットの言葉にハッとするロッザ。あまりに固い話し合いが続き、ようやく体を動かせる機会の訪れに、手順を忘れ思わず口走ってしまった。

「むー……」

 作戦の変更を視線で要望するロッザ。当然タンクスは気にも留めていない。

「ちっ、融通の利かねえ」

 ロッザが団員達の方を見ると、一斉に主張しだす仲間達。

「お! 俺行くぜ?」「ロッザ副団長! 俺やりますぜ!」「お前にゃ無理だろ」「仕方ねえ俺が行くわ」「殺されんぞー」「んだとォ?」

 ロッザは顎に手を当て、あからさまに悩んでみせる。口々に好き勝手な物言いをするカタストロフ騎士団。すでにウォンドオの面子が丸潰れにされんばかりの勢いであった。

「なんと……っ。早う決めぬか!」

 痺れを切らしたゴートの叱責にロッザは頃合いと判断し、決断する。

「おい! ギットン! お前行ってやれ」

 ロッザの掛け声と共に、後方から金髪の長髪を結び顎髭をたくわえた男が出てくる。

「うぃーす」

 粗雑な見た目、その態度から、とても国をかけた聖戦にふさわしいとは思えない。

「ふざけているのか!? 其奴はそちらの最高戦力ではないだろう! 団長もしくは副団長を出すのが筋合いというものではないのか!」

「……あんた、負けんのが怖いのかい?」

 耳をほじりながら挑発するロッザ。

「なっ!」

(おー、怒ってる怒ってる)

 剣を抜くギットン、それに応じ迎え撃つゴート。

「ここまで侮辱されてはやむを得ん。生贄のような雑兵でも容赦はしない。格の違いを教えてやる」

 二人の間に沈黙が流れる。

「それでは……始めるが良い!」

 ウォンドオ王の声が途切れる寸前で助走をつけた一振りが襲いかかる。

「オラァッ!」

「!?」

 重い一撃。予想外の威力に思わず蹌踉くゴート。

(い、一体、何が起こった……!?)

 目の前に居るのは変わらずただの雑兵。ギットンなど聞きもしない名前。こんな隠し球を持っていたのか。少なくとも、一般の兵の打ち込みではない。

 続くギットンの追撃。

「オラオラオラオラオラオラッ!」

 パワー、スピード、テクニック。どれを取っても一級品だ。

(この奥の手が、強気に出て来た理由か……!)

 先手を取られ、精神的圧力すらも掛けられたゴートは立ち直しの為に力いっぱいの振り払いでギットンを吹き飛ばす。

「図に、乗るなっ!」

「ははっ、そうこなくちゃあ!」

 ゴートの剣戟。歴戦の重みを乗せた一撃一撃がギットンの剣に振り下ろされる。互角の攻防。右を狙い、大きく払わせたところで利き手逆の首を狙うギットン。片やその遠心力を使いそのまま剣を回し左を守るゴート。もはやお互い余興などという面持ちではなかった。

 激戦の末、一本の剣が宙に舞う。

「……これまでだ」

「はあっ、はあっ」

 息を切らし、負けを認めるはカタストロフ騎士団員のギットン。彼の喉元にはゴートの剣の鋒が鋭く突き付けられていた。

「あちゃー、負けちった。すまねえ副団長」

 隊列に戻るギットン。固唾を飲んで見守っていた周囲も、徐々に状況を飲み込み始める。ただの団員と思っていた男が正当な代表である騎士団長と五分の戦いを繰り広げたのだ、無理もない。

 しかし、終わって仕舞えば結果はウォンドオの勝利。冷や汗を書いていたウォンドオ王にも笑みが溢れてくる。

「猿芝居で油断させ、隠し球の実力者を出すとは……卑怯だぞ……!」

 ゴートの言い分に同調するウォンドオの兵達。

「そ、そうか! あれはわざと黙っていた隠し球! つまりゴート騎士団長が“正式に”勝ったのだ!!」

「うおおおおおおおお!!」

 ———ロッザ達カタストロフ騎士団はその言葉すらも想定していた。

「………やっぱり、“ウチの平均の実力じゃあこんなもんかー”」

 ロッザのふとした言葉が空に放たれた。歓声はぴたりと止み、静寂が訪れる。

「“平均”……だと……?」

「ああ。ウチの凡庸な団員の一人があんたに勝ったりでもしたら、圧倒的力の差が証明出来ると思ったんだがなー」

「凡庸って、そりゃ無いですぜロッザ副団長〜っ」

 その軽口はウォンドオ勢全員を震え上がらせた。

(嘘だと言ってくれ。あれが“ただの団員の一人”だと? 恐らく、ウォンドオの兵士が四人がかりで互角、五人がかりでやっと倒せるレベルだぞ!?)

 ゴートは、、ロッザが嘘をついているようには見えなかった。何故なら、ロッザを含めた数人の実力が、空気を伝って肌に染み込むような感覚に見舞われたからだ。

(旦那も人が悪い。ギットンは平均より少し上の腕利きだってのに。まあ、今のあちらさんの精神状態で、こんな些細なハッタリには気づかないか)

 ゴートは騎士道を重んじる人格者で、部下からも人望のある人間だった。相手方の真偽の程を判断出来る者は多くはなかった。だが、流石のウォンドオにも兵達の不安・疑念が伝染する。

 これで、果たして勝ちと言えるのだろうか——。

「再戦だ……」

 ウォンドオ兵の一人が呟く。

「そうだ……」「もう一回だ!」「やり直しだ!」「お前らの一番を出せ!」「誰が相手だろうと結果は変わらん!」「正当な戦いを!!」

 それに呼応するように周りが同調していく。

「再戦しろ!」「再戦しろ!」「再戦しろ!」

「や、やめんか! こちらは勝ったのだぞ!?」

 たじろぐウォンドオ王に側近の秘書官らしき男が助言する。

「これは戦士にしか分からぬ領域です。止めるのは不可能かと」

「ぐっ、ぬぬ……」

 もはや取り返しはつかなくなっていた。


 頭の混乱する中、ゴートは一つの異変に気づく。

(ん……? 此奴ら、そう言えば数が少なくやしないか……?)

 前回来た時と、あまりに数が合わない。

「おい…! 貴様ら以前の和平の際より人数が少ないのではないか? どういうことだ」

 ウォンドオの兵達が静まり返り、タンクスに視線が集まる。

「今回はこんな事をされたのでな。守りを薄めては危険だと“過半数”を国に置いてきた」

「なっ……!?」

 敵の強大さを再認識したところで、その母体の戦力が倍以上だと知る絶望。

(半数だと!? 全員では計り知れない強さだ! し、しかし理にはかなっている……“死なずの兵団”と言われるわけだ。たしかに、今まで小競り合いの戦績は五分だったが、こちらが勝利したのはいずれもカタストロフ騎士団以外の騎士団があてがわれている時くらいのものであった……。本当に半数以上を国の守備に残しているのか? 定石ならあれはハッタリで、ウォンドオを囲み、機を狙っているのでは? 伝令が殺されているか捉えられているなら情報が来る道理は無い。はたまた本当のカタストロフ騎士団の人数は? 前回の和平交渉が全員だと言い切れるか? そもそも、今この場で倒せるかすら怪しい……)

 頭の切れるゴートは瞬時に考えを巡らせた。


 ウォンドオ王、ゴート騎士団長どちらの性格も考慮し、極力、血の流れない作戦を考える。正面からの衝突は避け、舌戦の末、代表戦に持ち込む。

 こちらの無名の手駒を戦わせ、幹部は温存。勝利出来れば御の字。敗北しても互角の戦いを見せれば集団としての強さを再認識させることが出来る。他にも嘘と真実を混ぜることで相手に邪推させる余地をつくり、ベントメイルの層の厚さ、敵に回すべきではない相手と熟考させる。

 事の筋書きは、全てタンクスの目論見通りであった。


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