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救国のIMMORTALITY  作者: チビ大熊猫
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24節.先王の負債


 国に謀反を起こした集団の先導者であるイクシオは、ボルツァリオン王城の大広間へと連れてこられた。

「放せっ、放しなさいっ!」

 抵抗を試みるも、屈強なカタストロフ騎士団二人に抑えつけられれば意味を為さない。

 王の眼前へと跪く。大きな幕を境に、一般市民と王が相対する。

「布切れなんぞ挟みおって……民に直接顔を見せぬ気か! イーレモート!!」

 イクシオの怒号が響き渡る。口調も荒くなっていた。

「黙れ。貴様のような罪人が、王のご尊顔を拝謁出来ると思うな。お声を聞けるだけありがたいと思え」カラッソは淡々と続ける。

 この場に、王とカラッソ、そしてカタストロフ騎士団の面々が揃っている。皆が、ことの顛末を見届ける必要があった。

「さて、これだけのことをしでかした目的とその経緯(いきさつ)を洗いざらい話してもらおうか。……何故、王とその忠臣を狙ったのか」

 まるで鬼のような形相のイクシオ。その(まなこ)には憎悪が宿っているようにすら見える。教団の代表はゆっくりとその口を開き始めた。

「目的だと……? ふっ……貴様らはあの暗黒の時代、傍観していた……! 何人もの人間が奴隷として、屈辱を受け、虐げられ、犠牲になったことか! 当事者の貴様らは、制裁されてしかるべき罪人(つみびと)なのだ!!」

 民の総意と言わんばかりの気迫だった。ロッザをはじめとする騎士達は皆、静観している。

「———逆恨みか」

 王の、心臓に重たく響く澄み渡った声が耳に触れる。

 あまりにも、無情なその一言。薄く確認出来る王の姿が、イクシオにはひどく恨めしく映った。

「なん……だと……? 貴様の父オルゼバーンだけの所為とでも思っているのか? あの惨状を前にし、我関せずと言い逃れをする気か? ふざけるなっ!!」

 イクシオの憤りに、全く動揺する様子の見せない王、イーレモート。

 先王である父、オルゼバーン。

 彼は独裁的な政治を展開したことで、悪名高い王として知られている。

 その最たる例が、奴隷制度。

 ベントメイルは国として成り立ってから、“有用な人間”と“そうでない人間”を区別した。それは、時の流れと共に“生まれの差”を大きく広げ、不変のものへと変えていった。深い(ひず)み。その根底を更に強めたのがこの男、オルゼバーンであった。

 明確な“下”を作ることで有用な人間の向上心を煽り、競争社会を生み出すことで、国の発展を促した。

 労働力は多ければ多い程良い。使い途はたくさんあるからだ。最大で国民の七割にも上のぼった。必死な人間を維持する為、“下”はなるだけ“最悪”が望ましい。

 肉体的・精神的な苦痛を与え、環境は劣悪、食事は生き長らえるのに最低限。人としての尊厳を考慮することは、政策には入っていなかった。

 結果として彼は、上流階級からは崇められ、奴隷達からは憎まれる対象となった。ベントメイルが大国として力を強めたのはこの頃が最盛だったというのは、現に事実として残っている。

「……確かに、先王父は見誤った。だが、その奴隷制度を廃したのは誰だと?」

「な……」

「あの頃余は王ではなかった。故に、父が死んでから、事を成した。それだけのことだ。敢えて言おう……過去に苛まれた反乱分子など、“下らぬ”」

 一貫して自らの主張を曲げない王。イクシオは強く歯軋りをし、その眼光で殺しかねない程、苛立つ。

「レイシストめが……!!」

 広間内がざわつく。カラッソは顔を顰め、イクシオを抑えつけていた団員は剣を引き抜く。首元に添えられた剣は、ロッザのハンドサインに因よって憚られた。

差別主義者(レイシスト)? 笑わせる。そういうのなら、余は権謀術数主義者(マキャベリスト)だ。差別にも、博愛にも、さして興味は無い。“より良い国を、永く、維持し続ける”。それが余の理想であり、使命だ」

 最早、議論の余地は無い。そう判断したカラッソが告げる。

「貴様の愚行によって多くの人間が犠牲になった。直接的にも、間接的にもな」

 先王と親交のあった古株の人間達、マールーテン教団の人間、そして雇った傭兵。この男に唆され、その命を終えた者は数多くいた。

「いわれのない謗りを受ける理由が分からない! 正当な怒りである筈だ!」

 タンクスやロッザはその様子を見ながら、険しい顔をしていた。腰の得物に手をかけることこそ無かったが、旧友の死が、二人の心に深い影を落としていた。

「……勝手だな」

「ああ。同調圧力だけで押し切ろうとしている」

 過ぎた人の死より、自らの弁を優先するイクシオに、王は訊ねる。

「よく回る舌だな。それで、これだけのことをして、最後は王族を殺して。その後どうする? キリフェーレの件を知らぬわけではあるまい」

 キリフェーレが王の血族の全てを無くし、紆余曲折を経て、事実上の消滅。ベントメイルの領土となったのは記憶に新しい。

「ふっ、簡単だ。———“王制を撤廃する”」

 あまりにも突飛な発言に場の空気が固まる。かのリューヌルのように衝動で言っているのではない。本心で、そう口にしている。

「……そして、ベントメイル国民を真なる平等にし、我々で新しい国家を創るのだ!! 特権階級の奴等も、貧民も……皆が等しい権利を持ち、民が主体となる新体制の国を築く。零から創り直すのだこの国を!」

 素人の戯言。イクシオの言う平等で、“ヒト”という生物の集団が機能するわけがない。

「国民の数を考慮しているのか?総意を全て汲むなど不可能。ましてや、多数で決を取ろうにも、政治ともなれば限度があるぞ」

 平行線。どれだけの熱情を持とうと、悉くが否定される。

「それでも、格差は許されぬ…!! 個人の意見の全てが反映されるべきだ……!!」

 イクシオは周りの騎士達に投げかける。

「言うは易し……だな」王は変わらぬ様子で吐き捨てる。

「貴様ら騎士とて、徒に消費されているだけだ! 目を覚ませ! この二人を殺すだけでいい! たったそれだけで輝かしい未来が待っているというのに!」

 悲痛な叫びがタンクスに届く。最高戦力である騎士団の団長はゆっくりと口を開いた。

「……王は必ず守る。それが俺達の仕事だ」

 目を見開くイクシオ。

「何故!?」

「単純だ。この方以上の王は居ない。先王は確かに悪政を敷いたかもしれない。だが、この方は違う。“最上の良政”だ。奴隷制度を廃止し、物流や生活基盤の安定した形成、更にはそれに伴ともなう国交の活発化。この方は、恐らく歴史上で一番、ベントメイルの発展に貢献している。……今のこの国があるのは王のおかげだ。言い換えれば、王に何かあれば、この国は途端に滅びの一途を辿るだろう。……故に、俺は、カタストロフ騎士団は、生涯、王の剣となり、御恩を返し続ける。悪いな、理解は出来るが、共感はしてやれねえ」

 取り入れられる。そう考えていた王の手下に、こうもきっぱりと断られるとは。放心状態になるイクシオ。可能性は潰えた。

「過去を清算したい気持ちは分からぬわけでもないが、完成された世界に遺恨を持ち込むのは……“悪”だ」

 王は氷のような眼で告げる。

「此度の一件はこれをもって収束。首謀者、マールーテン教団代表イクシオに関しては———事の一切を“不問とする”」

「!?」

 カラッソは予期せぬ王の言葉にひどく動揺する。それはここに居る全ての人間も同じだった。タンクスとロッザも顔を見合わせる。幹部の誰も想定していない事態であった。

 ただ一人、リシアだけは驚いた様子を見せずにいた。

(首を狙った私を生かしてるくらいの人間よ。今回もこんなことだろうと思ったわ)

「陛下!」

「二度は言わぬ。……殺しも追放もせぬ。お前が国を出るのは自由だがな」

 王の決定に意を唱えるものは居なかった。こうして事態は幕を閉ざすこととなった。


 広間を、イクシオを始め騎士団の全員が順に出ていく。リシアはロッザの近くへ駆け寄る。

「私の時と似たような結果になったわね。私の時より実害があった気がするけど、王サマはどれだけ寛大なのかしら」

 ロッザは伏し目がちに言い放つ。

「さあな。おそらくだが、今回は城内の人間を狙われただけで民草に被害が出てねえからだろう。教団の人間に関しては自業自得、そう判断した。無関係な民が殺されてなければ、この事態が公になることは無い。サンムと教団の戦いを見た少数の目撃者には、金を払い口止めする。……問題が大きくなることも、無い」

 闇に葬る。

 言ってしまえばそう表現出来る、王のやり方。

 これはロッザの憶測に過ぎないが、身近で仕えてきたという経験の元、大きく間違ってはいないだろうとリシアは考えた。

「……そう。そういうものなのね。この国の“在り方”って」

 皮肉めいた言い方で、ベントメイルを認識する。その後ろからタンクスがリシアの肩を掴む。

「馬鹿なこと話してないで、さっさと出るっ」

「やんっ」

 そのまま、すれ違いざまにロッザに囁く。

「……あまり変なことを言うんじゃないぞ」

「分かってる」

 ロッザは最後尾として、皆の背中を眺めて呟いた。

「王様は悪人じゃねえ。……けど、“善人かどうかは、俺達の知ったこっちゃねえ”」


 深く溜息を吐つくカラッソ。そんな臣下を余所に、王は、いつものように玉座に座り直す。

「………政に暗部はつきものだ。後ろめたさを気にかけたままでは、大義は為せぬ」


「……?」

 リシアは胸にあった重苦しさのようなものが消えたのを感じ取る。

「なにか……空気が良くなったかしら」

 騎士団会議室でリシアが独りごちた。

(気のせいかしら。けど随分と“違う”ように感じる……まるで、“ついさっきまで”その違和感に気づかなかったよう)


 去った後に認識する残り香。

 それは吉兆か凶兆か。


 夜。

 国境へ辿り着いたイクシオ。無罪となった身だが、ここに留まるのは賢い判断とは言えない。当然の帰結だろう。

 憔悴した貌。その瞳は、“徐々に鋭いものになっていく”。

 か細い声で呟いた。

「———蛇皇(バシリスク)———」

 イクシオから伸びた影。その中から、蛇のような、蜥蜴のような、細長い魔獣が出現し、イクシオの周りに塒を巻く。

 蛇皇は大きな口から黒い煙を吐き出す。煙はイクシオの全身を包んだ。

 長い胴体、硬い鱗、獰猛な気性。蛇皇は、その特徴と強さから、ひどく恐れられている魔獣の一体である。そして、ある特性から、“惑わしの魔獣”という変わった二つ名を持つ。

 煙が消え、“中身”が露になる。そこには、髪を2つに高く結び、顔に紋様を描いた、奇抜な格好の男が立っていた。音を立てながら舌を出し入れする蛇皇。

「ふう……。危うく、“イクシオ本人から戻れなくなるところでしたね”……」

 男は口角を上げ、法悦の表情を浮かべる。

「とても、とても愉しい経験をさせてもらいました……彼も本望でしょう。……詰めが甘い。ベントメイルの皆さんに、“赤獅子さん”」

 さらに続ける。

「やはりお前の息は凄いよ……”自分”を忘れかけた……それ程に、完璧だった」

 魔獣の額に口付けをし、その能力を評価する。


 やがて男は、ベントメイルを背に、あてもなく荒野を進み始めた。


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