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救国のIMMORTALITY  作者: チビ大熊猫
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2節.勇者


 ベントメイルから終日歩いておよそ十日と少しの距離にある国、ベリーマルクゥ。貧富の激しい国ではあるが、多くの人間が職に就き、生活することが出来ている。

 国土拡大の為、鶴嘴片手に、奴隷まがいの仕事をやっている青年、アダムズ。彼は今日もいつも通りの仕事に勤しんでいた。

「ありがとうございますっ」

「おらよ」

 アダムズは報酬の銀貨一枚を手にし、活気付いた街の中を通りながら、家へと帰る。


「ミンツさん。おはようございます」

 ミンツは汚物でも見るかのような目で応える。

「……飯は部屋に置いてある」

 アダムズは軽く頭を下げ、入り口を抜ける。

 仕事は日が沈んでから始まり、日の出とともに終わりを迎える。朝方は腹を空かせて戻ってくるのが当たり前になっていた。

 三階に上がり、自室をノックする。

「ただいま。母さん」

 母、ヘリティアはベッドから上体を起こし、窓を眺めていた。アダムズに気づくや否や声を掛ける。

「あら、おかえり。早いのね、今日もお疲れ様」

 アダムズに笑顔を向けてくれる唯一の人間だ。

「今日はたくさん鍛錬出来るわね」

 木製のテーブルの上に、ミンツの言っていた通り穀物の粥が二皿置いてある。

「母さん。また食べてなかったのかい? 冷えたらもったいないのに」

「……気づかなかったわ。ごめんなさい」

 ふとアダムズは周りを見回す。臭う。最近は掃除を怠っているのだろうか。少しばかり気になる臭いが室内にこべり付いている。

「さ、食べよう」

 皿を渡し、自らもそれを口に運ぶ。お世辞にも味が良いとは言えないが、生きる為、再び夜に働く体力をつける為、その全てを胃に入れる。

 ヘリティアは三口ほど口にしたところでアダムズの皿に残りの全部を移し入れる。

「!? 母さん、もっと食べなきゃ」

「私はいいのよ。あなたには強くなってもらわなくちゃ困るから」

 またこれだ。

 母が向けている微笑みは自分を愛してこそのものなのだろうか。母は自分を”息子”として見てくれているのだろうか。

 ときどき、不安になる。


 ありきたりな話だ。

 アダムズの母ヘリティアはここ、ベリーマルクゥの人間ではない。ある国の小間使いとして働いていた。容姿に恵まれ、ある日を境に、国王の愛人として夜を共にすることが多くなった。

 王の愛人になったのだ。王族や貴族がお忍びで下の階級の者を抱くなど、なんら珍しいことではない。

 ヘリティアは王から”四番目”と呼ばれていた。

 ヘリティアはアダムズに毎日のように言い聞かせた。

「いい? あれは愛の序列なんかじゃないわ。愛人として取った、ただの順番なの。あの人、恥ずかしがり屋だから。……一番あの人が愛しているのは私なのに」


 その日は突然やってくる。

 王はヘリティアに姿を消せと命じた。他の愛人にも同様のことを言い、周りを一掃した。

 王は気分屋な一面があった。飽き飽きとしていたのだろう。ヘリティアは縋すがりついた。おかしい、世界で一番愛している人間を離すなどと。子供はどうするのと。無様にも王に纏わりついた。

 結果、殴り、叩かれ、兵に無理矢理城を出された。そして、国からも追放されることとなった。

 雨の日だった。途方にくれていたヘリティアは当てもなく別の国を求めて歩いた。三日三晩歩いた。疲れて四肢に力が入らなくなってきたところを野盗に狙われた。男達に抵抗の効かない一人の女など、格好の餌食でしかなかったのである。

 不幸中の幸い、すでにベリーマルクゥの近くに来ていた。民に寛容なベリーマルクゥ。国境を警備していた兵はすぐにその異変に気づき、急ぎ駆けつけ、野盗を追い払った。ヘリティアは笑っていた。自らが襲われているのにも拘らず。

 頭のおかしくなってしまった女。

 ヘリティアはベリーマルクゥに転がり込むこととなった。宿屋のミンツは快く彼女を迎え入れた。


 ほどなくしてアダムズが生まれた。

 ヘリティアは働くことが出来なかった。アダムズは六つの頃から生活費を稼ぐ為、働きに出された。

 以来、十余年、身を粉にして働いている。


 王は、かの五賢者のことを崇拝していたという。ヘリティアはアダムズに四人を率いた“勇者”と同じ、剣と盾の戦術を覚えるよう強要した。そして、勇者の生まれ変わりになるようにも。

 我が身を救ったベリーマルクゥよりも、過去の男の事が忘れられなかったのだ。

 憐れな女。


「母さん、じゃあ剣の稽古に行ってくるよ」

 アダムズに休む暇は無い。夜間から朝方にかけての仕事が終わり、飯を済ませれば、すぐに剣の腕を磨くことに尽力する。

 部屋を出ようとするアダムズの服の裾をヘリティアが掴む。

「休憩は最低限、日が沈み始める頃の一度だけよ」

「……わかってるよ」

 外出に関してミンツに何かを言われることはなかった。彼の横を会釈しながら通り、ひらけた場所に向かう。


 噴水のある広場。右を見れば子供が遊び回り、左を見れば老人や女達が談笑している。アダムズはそこに着くと、木の長椅子に座り一息をつく。

 右手には木剣とは言い難い、箒を折って出来た木の棒を持っている。左手にはいつだか、ミンツに無理を言ってもらった酒樽の蓋で作った不恰好な木の盾。

「ここは楽だなあ……」

 およそ不平不満とは無縁そうな人達ばかり。もちろん全員がそうなのではないのだろうが、この空間に流れる雰囲気が心地良かった。

 仕事が終わり、”母との時間も終わり”、解放された今での日差しは、ひどくアダムズの心に沁みいった。


 ほんの少しの休憩を終え、木の棒を構え、一心不乱に振るう。

 相手は居ない。演舞のようなもの。師は居ない。享受も受けていない。長年ひたすらに剣を我流で鍛えている。当然上達しよう筈がない。とても長い時間だけが過ぎ、やっと普通の兵より少しばかり強くなった程度のものだった。

「今日も、あの子来てるわよ」「いつもご苦労なことだ」「坊主! 儂が相手してやろうか!」

「お気になさらず!」

 素人目に、そして一人で棒を振るう姿など、人の目には滑稽にしか映らない。それでも、そのひたむきな姿故か、石を投げるような者は一人として居なかった。


 手の豆が潰れ切った頃、鍛錬は終わりを告げる。合間には噴水の水を飲んで飢えを凌いでいた。もちろん飲み水などではない。

 帰路に就く。体中の汗が引いていく。すれ違う人々からは嫌悪感の帯びた目を向けられる。部屋に染み付いた臭いの原因は自分だろう。アダムズは帰り道いつもそう思うのであった。


 夕焼け色に空が染まっている。宿に着く。腹を空かせたアダムズは真っ先に部屋を目指し突き進む。

 臭い。

「……?」

 今日は特別にだ。いつもはこんな階段まで臭うようなことは無かった。思わず、顔を顰める。アダムズは普段と少し違う臭いに戸惑いを覚えた。普段は頭がクラクラするような不思議な臭いが漂っていたが、今は違う。何か、錆さびのような、鉄臭いような。

 図らずしも腹の虫が鳴ってしまう。

「いけないいけない」

 今日の夜食がパンとスープだったことを思い出し、扉を開ける。

「あ」

 強烈な臭いが視界を歪める。鼻をつく刺激臭。

 そこには宿屋のミンツがいた。ミンツは下を下ろし、局部を露わにしていた。

「悪い、急に抵抗しやがるからよ」

 部屋の各所は濡れていた。何か液体が飛び散ったような形跡。母のいるベッドには白い液体のようなものも付着していた。そして、床一面には赤い液体が広がっていた。

「イクにイケなかったぜ、ちくしょう」

 赤い液体は母の後頭部から出ているのが分かった。ミンツは服を整え、舌打ちをしながらアダムズの横を通り階段を降りる。

 まるで、何も無かったように。


 こんなにも……。

 十何年も普通に暮らしていたじゃないか。些細な母の挙動一つで、こんなにも簡単に終わりを告げるのか。この人生は。

「母さん」

 母ヘリティアに声をかけるも返事は無い。

 日頃、情事に耽っていたことは知っていた。どこかで気づいていないふりをしていた。それが自分ら家族をここに置いている、真の理由ならば仕方あるまい。

 だが何故? 殺す必要があったのだろうか。必要以上に叫んだ? 途端に抑えきれなくなったのか。

 母は頭がおかしくなってしまっていた。予期は出来たのかもしれない。アダムズはゆっくりヘリティアの開いたままの目を閉じさせる。

「……ふぅ」

 呼吸をするのを少し忘れていた。アダムズは深呼吸をし、椅子に腰掛ける。手を付けていない二人分のパンとスープがあった。

 数秒見つめた後、パンを口にする。何も考えずに食べた。がつがつと全てを口に運んだ。すぐに完食した。二人分と言えど成長期の青年にはひどく少量だったからだ。

 木皿の上にはもう何も残されていなかった。何も、無かった。

 アダムズは鉄製のスプーンをもうひと舐めし、部屋を出た。宿にいる客とすれ違う。部屋の扉は開けたまま。アダムズは一階に降りていく。部屋の中を見たであろう客の悲鳴が後方から聞こえる。もう何も感じなかった。

 一階のエントランスには高いテーブルを挟み、太々しくミンツが座っていた。

「ん? ……お前も終わったな。まあ、運のツキだ。あんなイカレ女、居なくなってお前も清々するだろ。今まで面倒見てやっただけありがたいと思えよな。安心しろ、“お前の言うことを信じる奴なんていない”。殺されてお終い、だ」

 悪びれる様子などない。

「そう……だね……。感謝してるよ」

 アダムズは右手でミンツの髪の毛を掴み、テーブルに乗せるように引きつけ、スプーンを喉目掛け突き刺す。

 だが、ミンツの咄嗟に出た右手首に刺さり、大量の出血を齎した。

「お、おまっ何しやがんだ!」

 ミンツは後ろにある、宿の護身用の剣を手に取り、振り翳す。痛みで動揺している剣を躱すことなどアダムズには容易であった。

 振りかぶった左前腕を殴るようにして剣を滑らせる。落ちた剣はアダムズの手に。一切の躊躇などなく、心臓を一突きにする。体を貫き、後ろの壁に剣先が刺さる。

「ごっ、ぐふっ……お前、どう……なる……か……わかっ」

 表情を崩すことなく、アダムズは剣をもう一捻りする。剣を伝って、人が絶命するのが分かった。頬を、返り血が赤く染めていた。


 ひたすらに逃亡した。宿にあった衣類を持ち、騒ぎが大きくなる前に宿を出た。すでに日は沈んでいた。広場の噴水に行き全身を洗い、汚れや匂い、そして、血を落とす。

 幸い人目は無かった。暗がりの中、新しく着替えた服に身を包み、ミンツを突き殺した剣を見つめる。

「これからどうしようか」

 剣は応えてはくれない。

 だが、死んでしまった肉親の母よりも、ずっと頼もしい味方のように思えた。


 剣は良い。

 僕のような、栄養の足りない痩せ細ったガキでも、“大人を殺すことが出来るから”。


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