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救国のIMMORTALITY  作者: チビ大熊猫
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10節.鬼神、襲来


「お(かしら)は!?」

 息を切らし、声を荒げるはキリフェーレ首領リューヌルが懐刀、ガッチョウ。

「つい先程、目を離した隙に……っ」

「ったく! あんなに矢面に立ちたがる総大将がどこに居るってんだい!!」

 キリフェーレ軍はボンダート城の整地を終えた後、周辺の地をも植民地とするべく、範囲を広げているところだった。

 広範囲に及ぶ略奪。骨董品を持つキリフェーレの圧倒的優位は揺るがなかったが、万一の事を考え、慎重を期していたガッチョウ。彼は老獪でありながら、厚顔無恥なリューヌルの手綱を握る唯一の人物。

 リューヌルの父親が直属の上司であった為、幼少期の彼を知り、父親から信頼の厚かったガッチョウは、彼の父親から世話係を任されていた。リューヌルが言うことを聞くのは彼くらいのものである。

「ベントメイルとウォンドオが何やら揉めているなんて確証も無い噂だけでよくあれだけ嬉々としていられるもんだっ!」

 誰も手のつけられない王、リューヌル。王族ではないが、元々高い生まれであったリューヌルが五賢者の骨董品を手に入れたことで、“力”で実質的な支配をし、キリフェーレを暴力で淘汰する実力至上主義の世界へと生まれ変わらせたのだ。

(こちらが二十万の民に対し、ベントメイルが抱える民の数はおよそ百万……! いくら骨董品があるとは言え、事を構えれば犠牲者は万は下らん……!!)

「急がないと、大変なことになるぞ……!!」


「ほいっ」「ぐっ、俺も無理だーっ」「どれ、貸してみろ」「素質ねえんだよバカタレ」「俺が五賢者の末裔って嘘だったのかよ婆ちゃんー」

 何やら列の後方で浮かれた声が聞こえる。

「まさかウォンドオ王が骨董品を渡してくるとはな」

「流石に冗談だと思いましたね。でも旦那の手腕もあってのことじゃないですか?」

 嘘のような話であった。ウォンドオが渡した謝礼品の中には、なんとあの五賢者の骨董品である”剣豪の(つるぎ)”が含まれていたのだ。使い物にならない物を置いておく必要は無い、とウォンドオ王の怒りを買った骨董品はベントメイル王のご機嫌取りへと姿を変えた。

 これはカタストロフ騎士団にとって、とてつもなく大きな収穫となった。ウォンドオには偽物と疑う者もいたが、こちらにはそんな思いは一つたりとも無かった。

「抜けぬから偽物、使えぬからガラクタ。そういう考えに至ってくれて助かった」

「まあ、実際王だけじゃなく、オポロイの旦那もゴートの旦那も抜けなかったんですからあの国では望みは薄かったかと。宝の持ち腐れですよ。そんならベントメイルが持っておいた方が良い」

 そう言うモスケットも、試しに握ったが抜けなかったらしい。本当に本物か。戦力になるのか。そして、王が喜ぶのか甚だ疑問なタンクスであった。


 骨董品を回しながら一人一人適合しているかの確認をして遊んでいる団員達。

「俺は五賢者の生まれ変わりでもなかったかー」

 肩を落とすバミューダ。それを危なっかしそうな目で見ていた新入団員達を見つける。

「ダンテ! お前もやれ! 英雄かもしれんぞー」

 新入団員の一人であるダンテは恐る恐る骨董品に触れる。

「お、重……。んっ、くっ……俺も駄目ッス」

 皆、うんともすんとも言わない骨董品に早くも飽き始めていた。バミューダは前方に次なる獲物を見つけ、声をかける。

「リシアちゃ〜ん! これ、触ってみ? こんな機会滅多にないぜっ。“箔がつく”。金運だって上がるかもよ〜?」

「……あっそ」

 リシアは興味なさげに返事をし、進行方向へ向き直す。

「あら……なんでえ、金品に興味を示さねえ女なんて居るんだな」「だなー」


 リシアは列の先頭へと進む。途中のロッザが声をかける。

「鎧はもう脱いだんだな」

 リシアが変装の為に着ていた鎧はウォンドオとの食事の際にいち早く脱ぎ捨てた。

「あんなものいつまでも着てられないわ。交渉の少しの間、中に入るのに必要だっただけでしょ?」

 鎧を脱ぎ捨てたリシア。その姿は同時に、彼女を縛っていた楔をウォンドオに置いてきたようにも見えた。

「いい顔してるな。色々あったが、ベントメイルに来てくれる決心がついたようで良かったよ。あっちも過度な干渉が無くてすんなりいけた」

 ロッザはすっかり元の調子に戻っていた。ウライの娼館、道中のベントメイルが領土グランマルリア、そしてウォンドオ。彼の感情の起伏は大きく、この遠征で彼が気分屋であることは充分に伝わった。

「そう。随分私の動向が気になるのね。まだ私を口説く気?」

 冗談だった。少なくとも彼女は。

「ああ、もちろんだ。この俺を殺しにくる女なんてそうそう居ないからな」

 年齢はリシアの方が少し上だろう。だがその歳の差以上にロッザは幼い少年のような瞳を向けていた。

「……着てみて分かったけど、鎧なんて付けるものじゃないわね。重いったらありゃしない。暗殺者の私には足枷でしかないわ。スピードを強みとするならあなたも無い方がいいんじゃないの?」

(逸らされたな……こいつ、もしかしてあんまり”そういう”経験は多く無いのか……? いや、まあ、無理もないか)

「暗殺者と戦士じゃ役割がまるきり違うからな。戦場に出るにゃ鎧ってのは必須なんだ。そりゃ致命傷となるような一撃を防ぐことは出来ないかもしれないが、その他の攻撃なら耐えうる。戦場では少しの擦り傷が化膿して命を落とす、なんてことはざらにある。肌の露出一つが命取りになり得るんだ」

「ふ〜ん」

 死なずの兵団の副団長が言うのだ。これ以上の説得力はなかった。

 後方が未だ騒がしいままであった。後ろを向き大きく息を吐くロッザ。

「ちょっくら注意してくるわ。あれ以上盛り上がってタンクスに怒られても面倒だろうからな」

 そう言ってロッザは列を逆走していった。

「変な男。……痛っ。何? 縁起悪いわね」

 リシアの耳飾りが突然地面に落下する。金属疲労のようだった。


 一人、また一人と己の腕試しのように骨董品を触り、抜ける人間を探していく。

「はい、またハズレェ!」「あとやってないの誰だァ〜?」

 新入団員の面々も試したが徒労に終わった。そこで幹部の影に隠れていた男が見つかってしまう。

「おいマルコ! お前も試してみろ!」

 本人は隠れているつもりは無かったが、殿(しんがり)であるグーマンドとの話に耽っており、すっかり団員達の騒ぎに気づかなかったのだ。

「え? いやいや、そんな大事なもので遊んでていいんですか?」

「いいんだよ! ほら、お前も! ダンテ達だってやったんだからさ」

 マルコは目でグーマンドに判断を仰ぐ。グーマンドは常に周りの魔物への警戒を緩めず対話するため、その目が合う事はない。

「ど、どうしましょう?」

「やめておけ」

「グーマンドさんは?」

「俺は手に馴染んだ武器(モノ)以外は使わん」

(か、かっけえ……)

 とは言え、団員達の盛り上がりを無下にするわけにはいかない状況だった。

「じ、じゃあ一回だけ」マルコが骨董品を手に取ろうとしたその時だった。

 団員達の背後に恐ろしい影を見る。全員がその方向を見ると、ロッザが腰に手を当て立っていた。

「こら、大切な謝礼品をべたべた触るんじゃありません。中でも骨董品を触るなんて、タンクスに斬られても知らねえぞ?」

 まるで親に叱られたかのように散らばる団員達。

「えっ、あっ、えぇ……」

 取り残されてしまった。ロッザの注意にすっかりしょぼくれるマルコ。

「マルコ。お前もグーマンドに師事してもらってるなら、もっと色んな事を吸収しろよ?」

 釘を刺し、配置に戻るロッザ。

(そんな事、言われなくても頑張ってますよ、俺だって。……才能のある人は骨董品への憧れも無いのか……いいな)

 唇を噛み締め、マメやタコだらけの掌を見る。努力は嘘をつかない、そう信じてやってきたが、魔物一匹満足に倒せてはいない。そんな自分に無性に腹が立った。すると腰につんつん、と指先の感触。

「……師事してたのか? 俺」

「えっ」


 首を鳴らし、一息を吐くロッザ。

「あら、もういいの?」

「タンクスに見つからないようにしただけだ。骨董品を触る機会なんて無いからな。存分に楽しむのは大いに結構」

 大きな仕事を終えての帰路。気が緩むことを叱る、というよりは健闘を讃える気持ちの方が強いようだ。

「ん、髪……それ良いな」

 千切れた耳飾りを拾った際に、片耳に髪をかけたリシア。どうやらそれは、ロッザの琴線に触れたようだった。

「う、うるさいわね。殺すわよ」

「はっ、怖い怖い。耳飾りが取れたのか」

「そう……なんか不吉よね」


 大任を終え、腹を満たし、後は母国の称賛の声を待つばかり。ほんの少しの距離を辛抱するだけだ。仲間でじゃれ合い、他愛の無い話をする。いつもの戦終わりと何ら変わらない風景。誰もがそう思っていた。

 揺れ。

 それは決して大きくは無い、些細なもの。微弱な振動が全員に伝わる。重低音。その揺れは徐々に大きくなっていく。単に振動が強くなっているのではない。”近づいているのだ”。

 地震では無い。視界は良好。見渡す限り、地平線上に魔物や魔獣は確認出来ない。……そう楽観していた。

 警戒する幹部や一部の団員。

「おい、何だよ……」「分からん……」「地中か?」「ウォンドオの追手じゃないだろうな?」「にしても奇妙だぜ」

 得体の知れない恐怖が伝染する。それを払拭するようにタンクスの声が響き渡る。

「全員隊列を乱すな! 各自背中を守り合い警戒を強めろ!! トンディ! 敵影は!?」

 タンクスは素早い指示で団の全員を鼓舞する。同時に剣を構え、臨戦態勢に入る。

「さてさて、ベントメイルの千里眼とは俺のことよ……」

 トンディが目を細め、辺りを次々と見ていく。その最中、一つの点を見つける。それはまるで、”跳ねている”ように見えた。

「ん……!! 団長! 来た! あれは……!? ”一体”で、“跳んできてやがる”!!」

 トンディの指す北西の方向に視線が集まる。視線の先の蚤程の”それ”は、どんどんこちらに近づいてくる。言葉の通り、走ってくるでも飛んでくるでも無く、跳躍して来ている。とてつもない跳躍力。人か魔物か。

 やがて振動は騎士団の前に、重く響いた。

 轟音。

「ジェントルメ〜ン、アンドジェントルメ〜ン。

……狂宴を楽しもうぜ?」

 衝撃と共に大きく地面が裂けて割れる。

 身の丈は人二人分はあろう大男。全身に覆い散りばめられた尖った鎧は、他の追随を許さない程、禍々しい気を放っている。顔を隠したその兜は、まるで(オーガ)のような猛き2本の角をあしらえていた。

 騎士団全体に未だ嘗てない寒気がはしる。すぐそこには三途の川。死がこちらを手招いていた。

「———俺は好物は先に食べちまうタイプなんだ」


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