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救国のIMMORTALITY  作者: チビ大熊猫
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1節.死なずの兵団


 太古の昔。大陸を、世界を、恐怖に陥れ破壊し尽くさんとした一体の竜がいた。

 どこから現れたのか、はたまた有史以前から存在していたのか。絶大でその圧倒的な力に、文明を築き上げ食物連鎖においても高い位置にいた人類という種は、恐れ慄いた。

 あらゆる生物が死滅しかねないその状況で、声を上げ、立ち上がった者達がいた。各々が特異な力を持ち、その勇敢さで竜に立ち向かい、激戦の末、彼らは竜を退けることに成功した。

 世界に平和を齎した五人の英雄は、後に”五賢者”として崇められた——。




 大国ベントメイルが王都、ボルツァリオン。豊かで平和なこの地が、今、大きな混乱に陥っている。兵士達は総出で魔物と交戦中にあった。

「くそっ、増援はまだなのか!」

 持ち堪えるのに精一杯の兵士達。連戦に次ぐ連戦。体力も限界を迎えていたが、休む(いとま)も無いほど、襲いかかる魔の手は止むことが無かった。

「なんだって、”飛竜(ワイバーン)”がこんなとこまで降りてきてんだよ……!」

 兵士の意見は尤もだった。飛竜は元来、山奥で過ごす生き物。凶暴ではあるがこちらから手を出さなければ、どうという事は無い魔物なのだ。

 ベントメイルは周辺を山々に囲まれた盆地。地形上、多勢に多方向から攻められれば不利な場所ではあるが、今まで敵国に攻められることは殆ど無かった。

 というのも、魔物の多く住まう山々を抜けなければベントメイルには辿り着けない為、敵国は攻めにくく、こちらからは他国への外交や貿易の輸出入以外では進軍することは無い為、非常に平和慣れのしていた国なのである。

 飛竜は一般兵が四、五人がかりでやっと足止めできる魔物。現在、それに止めを刺すような実力のある者は居なかった。

「もう、後が無いぞ……!」

 兵士の1人が足を滑らせ、その眼前に大きく口を開けた飛竜が迫る。

「うわああ!」

 刹那、飛竜の頭部を横から一本の矢が串刺しにする。飛竜は悲鳴を上げる暇も無く力尽きる。

 矢が放たれた先には髪を逆立たせた、腰近くの長髪に片目を隠した男。

「城は無事か。これは間に合った、って事で良いよな?」

「シ、シールズ!」


 城の入り口には大きな戦斧を持った体格の良い男。男の一撃は飛竜の二、三匹など、ものともしない程の勢いで辺りを薙ぎ払う。

「……ふんっ」


 逃げ遅れた侍女の一人を目掛けて飛竜が突撃する。目を瞑る。しかし、痛みは来ない。眼前には、幾度も信頼を置かれ、国から絶対の強さを讃えられた“騎士団長”のマントが広がっていた。

 飛竜の爪と男の剣が激しく音を鳴らす。

「ほお! 活きがいいな! だが、暴れられるのもここまでだっ!」

 男は飛竜の鉤爪の攻撃を弾き返し、強烈な一太刀を浴びせた。振り返り、侍女に優しく手を差し伸べる。

「お嬢さん、お怪我は?」

「〜っっ! 怪我なんて何ともありませんわ! タンクス団長殿、なんと感謝を申したらよいのか」

 感極まった様子の侍女に団長のタンクスは笑顔で応える。

「はは。お気持ちだけで充分です。ささっ、早く兵士達の後ろへ隠れて。ここは……我らカタストロフ騎士団にお任せを」


 全身傷だらけの兵士達。城の後方を守っていた兵士達は死を覚悟し始めたところだった。後方には割ける人員が少なく、対して飛竜は他より多くが集まってきていた。飛竜が充分に勢いをつけ、鉤爪を前に蹴りを繰り出す。

 間一髪、身の丈程の大きな盾を持った男が現れる。男は飛竜が到達する前に大盾を地面に突き刺した。

「来おおい!!」

 大きな金属音。しかし男は一歩も退いてはいなかった。腰に挿さった剣を抜き、盾を必死に傷つけようとしている飛竜の首を一突きする。

「ふーっ」

 未だ別の飛竜は空を巡回して飛んでいた。すると遠くから全速力で走ってくる男。それも、“こちらに向かって”。

「え? え?」

 戸惑う兵士をよそに盾の男はどっしりと構える。向かう男が叫んだ。

「モスケットぉ!」

「あいよ!」

 仲間であるモスケット目掛けて走る男。そのまま盾に飛び乗り、モスケットは勢いをつけ空高く盾を突き出す。

「オラァ!!」

 その反動を使い、高い連携で跳び上がる。男は二本の剣で一体の飛竜を切り刻む。実に鮮やかな手際であった。

「お前ら! 一匹たりとも城に触れさせんなよ!」

「おおおおお!!」

 願っても無い増援。双剣の男と盾の男に続くように歴戦の騎士がなだれ込んでくる。

「ロ、ロッザ副団長……! 助かりました!」兵の一人が謝意を示す。

「ったくよお、飛んできたぜ……飛竜だけにな!」

「……え?」

 その場の兵士、団員、そして飛竜さえもが刹那の間、時を止めた気がした。


 ボルツァリオン王城内、大広間。王を前に騎士団の面々が整列している。同様に城内の要人達も集まっていた。

「此度は貴殿らがいなければどうなっていたことやら」

 宰相のカラッソが騎士団へ感謝を述べる。

「いえいえ、ウォンドオから帰ってくる直前で運が良かっただけです」

 王都ボルツァリオン直属、カタストロフ騎士団。

 高貴な生まれの者をかき集めたこの騎士団は初めこそ拙い団であったが、団長副団長の二人により、今や、どんな戦場に赴いても生きて帰り、勝ち星を上げる、”死なずの兵団”として名を馳せる程になった。特に二人以外に決まった役職は無かったが、幹部のような立ち位置にいる三人を含めた五人は相当な手練れで他の敵を寄せ付けない強さを誇った。

 団長のタンクスが一歩前に出て膝をつく。

「王よ。御身に何も無かったのであればそれ以上の幸せはありません」

 少しの段の上の玉座に座するはこのベントメイルの王。

「よい。顔を上げよ。良き働きであった。今回の遠征の報酬に上乗せさせておこう」

 騎士団の団員から歓喜の声が漏れ出る。

「有り難き」

 王が持つ圧力は相当なものだと言われているが、この騎士団だけが、リラックスし、まるで普通な道端にいるかのような振る舞いで居られた。


「いやーっ、ウォンドオでは話し合いでの交渉だけだったからな、体動かせてすっきりしたぜ」

 褐色肌で長髪を結んだ男は、カタストロフ騎士団副団長のロッザ。団員を連れて街の酒場に来ていた。

 今回のウォンドオへの遠征は和平を結ぶ為に赴いた。元々激しく争っているような国では無かったが、昔から土地の奪い合いでの小競り合いが絶えなかった。物事の大抵は、得てして集団のトップの見栄の張り合いというもの。どちらかが道を譲れば通れる道というのは幾らでもある。

 今回は痺れを切らしたウォンドオの王が折れ、お互いの特産品を持ち寄ろうということで和平に申し出た。

 ベントメイルは鉱業や織物業、ウォンドオは海に面している為、漁業が盛んだった。利害は一致し、停戦。和平へと事は進んだ。提案したウォンドオではなく何故ベントメイルが赴いたかは、山を通り抜ける最善ルートをベントメイル側が知っている、というのもあるが、1番はカタストロフ騎士団という”力”の誇示に他ならない。

 今後はウォンドオへの貿易ルートを整備し、ならしていく必要がある。数々の土地の利権が浮いた今、他の隣国が邪魔をしてくる可能性は充分にある。もちろん、村々や里が黙ったままでいる、というわけではないが。

 故に、暴れ好きな騎士団の面々は帰り道、身をうずうずとさせていたのだ。

「てっきりあっちで待ち伏せでもくらって斬り合いが始まると思ってたんだけどな」

「俺らの居ない王国本土が狙われるって話もありましたけど、襲ったのはウォンドオじゃなくて飛竜とは。誰も想像出来ませんよ」

 団員達のがさつな笑い声が酒場に響く。貴族や上流階級の人間達とはとても思えない。

「まあウチに正面から喧嘩を売る国も、もう少ないからなあ」

 ロッザがカタストロフ騎士団の力を心から信用しているのがわかる。

「そうですねえ、ましてやこんな場所にまで足を運ぶ奴なんて居ませんよ。国に辿り着く前に山の魔物に兵力を削られる」

「たしかに」

 団員の一人が酒を置き、真剣な表情で話す。

「国力的にはある程度そう思ってもいいかもしれませんが、もし可能性があるならキリフェーレですよ。なんたってあそこにはあの”五賢者の骨董品”の一つがあるんですからね」

 同じテーブルで話していた団員達の顔が少しだけ引き締まる。ロッザは変わらない様子で干し肉を口にする。

「五賢者の骨董品、ねえ……。たしかあそこが急に領土を広げたのはそれが要因だったか? 見たことは無えが、どれほどのモンなんかねえ」

 五賢者の骨董品。かつての英雄が残した遺物。

 たった一つを所有するだけで、百人力の力を得る、とも、軍一つと同等の戦力を得る、とも、国を動かす、とも言われている。事の詳細は知られてはいないが、それぞれが五人の力に起因する特異な能力を持つ物だという。

「キリフェーレがなんだ。いざというときゃあ、俺が叩っ斬る。いや、俺らカタストロフ騎士団に敵は居ねえだろ!?」

「おー!!」

 ますます酒の進む一行。


「にしても、飛竜が人里まで降りてくるとはな。それに群れでだぞ?」

 今度はまた別の話題に花を咲かせる。それはロッザも疑問に思っていたところだった。

「うーん、山の餌どもがいなくなったわけじゃねえし、元来魔物は人を襲う習性があるとしても、飛竜がわざわざこんな低い場所に来ることがあったか?」

 ロッザの問いに首を振る団員達。

「だよなあ」

「副団長は知らねえんですかい?」

「知らね。お前らの方がそういう情報集めるの上手いだろ」

 ぷっ、と団員達が笑う。

「俺らの情報網なんて、せいぜいが女や剣や賭け事、そんなんばっかですよ。政治関係だったり、情勢みたいな難しいことは考えるだけ無駄です。それに、副団長が知らないことを俺らが知るわけねえでしょうよ」

「……違いねえ」

 噂話の好きな輩であること以外はただの騎士ということだ。

「俺だって入ってくる情報はお前らとさして変わんねえよ」

「それはロッザの旦那が団長にばっかり仕事を押し付けてるからでしょ」

 遠くの席から酒樽を担いだモスケットが嫌味を言いながらやってくる。

「う、うるせえなあ! 小難しいことはアイツの方が向いてるんだよ」

 そう言って空の木製ジョッキを差し出す。モスケットはやれやれといった様子で仕方なくビールを注ぐ。

「にしても、飲みすぎないで下さいよ、旦那? 団長だって『騎士たる者、いついかなる時も戦える状態にしておけ。酒に呑まれるなど言語道断!』って心得を言ってるくらいですし」

「わーってるよ!」

 言葉の信憑性など全くないように、注がれた量を一気飲みするロッザ。ふと、辺りを見回す。弓使いで酒豪のシールズは団員と飲み勝負をし、その全てに勝っている。斧使いで下戸のグーマンドは酒こそ一滴も口にしていないが、団員と賭け事に耽っていた。

「……タンクスは?」

 モスケットが団員とふざけ合いながら片手間に答える。

「今回の遠征の報告書作りですよ」

「ふーん」


 翌朝、酒場に仕事を終えたタンクスがやってきた。扉を開くと団員のほぼ全てが飲み潰れていた。

「はあ……お前ら! 起きろ起きろ! ほらほらほらほら!」

 タンクスが一人一人の頭を、肩を、尻を叩いて回る。シールズ、グーマンド、モスケットを除く全員が全身から酒の匂いを充満させている。

「ロッザ〜?」

 テーブルに伏したロッザが顔を上げると鬼の形相のタンクスがどっしりと構えていた。

「……すまん」

 捨て台詞を最後に全力で酒場を駆け回る。

「お前が居ておきながら! なんたる様だ!」

 その後をタンクスが追う。

「うるせー! 頑固ゴリラ!」

 シールズは壁にもたれて、グーマンドは座り、腕を組んだまま、未だ眠っていた。唯一しっかりと早くに起き、水を飲んでいたモスケットがその様子を肴に再び水を口にする。

「疲れ知らず。朝から元気だねえ」


 カタストロフ騎士団は遠征から帰った翌日には、通常業務である城の警護に務めていた。弓兵であるシールズは城の高所に、ロッザ・グーマンド・モスケットを含む他の団員は各員散らばって同一間隔で城の各所に、タンクスは王室の守りに居た。

「うぷっ」

 酒の抜けきっていないロッザは顔色を悪くしながら入り口前に立ち、外を眺めている。

「なあ、やっぱり一日考えだんだけどよォ、餌にありつけなくなるなんて事は考えにくい。ってーことは“縄張りを出なきゃいけない理由”が出来たってことだ」

 隣の団員にロッザが話しかける。

「というと? ってか何の話です?」

「飛竜だよ。……山に新しい支配者でも現れたんじゃねえかってか思ってな」

 信じがたい話に冗談半分で聞き返す。

「飛竜は気性が荒く、山でも連鎖の上位にいる魔物ですよ? 尻尾を巻いて逃げるようなヤツらじゃないでしょう。それを群れごとを追い払うのが出てきたと?」

(杞憂だといいんだがな……)ロッザは自分の胸の奥がざわついているのを感じていた。



 ふと、ロッザは遠くからふらついた足取りで逃げてくる男を見つける。

「おい……ありゃなんだ?」

「あれは……飛脚ですぜ! 確か、さっそくウォンドオへの貿易ルートを記した書簡を持っていくとかって話を昨日聞きましたが」

「へえ、もう出来てたのか。仕事が速いな」

「ってボサッとしてる場合ですか! 怪我してますよ!」

 団員がすかさず駆け寄る。飛脚の男が倒れる寸前に間に合い、体を支える。

「大丈夫か!? お前!」

 ロッザが後から小走りで近づく。

「何があった?」

「山に見たこともない魔物がいて……私の他に飛脚がもう一人、護衛の兵士が八人居たのですが、助かったのは私だけで……」

 やはり勘が当たったのだろうかとロッザは鋭い視線を山に向けた。


「何? ……そうなると事は急を要するな」


 タンクスは召集した団員全員の前でロッザの報告した内容を話し始める。知り得た情報は当日中に全員に共有するのが決まっている。

「遠征から帰ってきたばかりですまないが、早速明日、調査に向かってもらう。なに、全員じゃないから安心しろ。俺含めたいつもの五人と、……そうだな、十人くらいだ」

 たった二日の休みの後、ロッザ達は山に潜む“新しき支配者”の元へ向かうこととなった。


 山道を進む一行。カタストロフ騎士団の精鋭十五人が警戒しながら草木を掻き分けていく。すでに山の中腹まで来ていた。

「第一、飛竜の群れが逃げ出した敵に疲れ気味の十五人は分が悪いんじゃあないですかね?」

 モスケットが不安を吐露する。

「むう……。俺達以外まともに動けそうな奴は居なかったしなあ。相手が飛竜を超える群れだとしたら、その時は諦めろ」

 笑顔でそう言うタンクス。

「んな無茶な」

 モスケットを押しのけるようにロッザが声高に叫ぶ。

「俺達に、いや! 俺に勝るものなど居ない! いざとなったら俺が助けてやるよ、モスケットちゃん♡」

 二日酔いなど無かったかのような快活さを見せる。一行は呆れを通り越して感心した。


 グーマンドの横の草むらから物音がした。ロッザを含めた五人はすぐに音の先を睨みつける。茂った草から現れたのは小さな野兎だった。武器に手を掛けていた全員の緊張が緩まる。

「ビビらせやがって……」

「怖気付いているのか?」シールズは悪気の無い顔でロッザに訊ねる。

「なわけ! 鬼が出ようが蛇が出ようが、竜が出ようが! 俺は退かねえよ」

 一貫した態度。それは団員の皆が知っている周知の事実。

「ふっ、お前って奴は」

 タンクスは友の純然たる姿勢に常に刺激を受けている。ロッザは腰に刺さった二本の内一本を抜き、空に掲げる。

「カタストロフ騎士団に敵無し! ってな!」

 皆が、掲げた剣の鋒を見つめる。

 剣の方向が太陽と重なる。その後ろ、逆光の中、やたらと大きく黒い影がこちらを見ている。

「え?」

「グルルル……グアアアアアアアアア!!!!」

「うわあああ!!」皆が叫んだ。


 カラッソが王に現況を報告していたところだった。

「飛竜の原因……あやつらが事を仕損じることは無いとは思いますが、あれだけの飛竜が逃げ出すなど、やはり本当に食物連鎖の”上”が現れた、ということなのでしょうか」

 それを聞いた王はあくびをしながら、全く気にしていないような姿勢を見せていた。


 地面に落ちた枝や葉を踏みしめる音が響く。辺りが一瞬で暗くなったと勘違いしたほどの巨体。

 全員が一斉に武器を構える。恐らく、遥かに想像を上回る度合いの危険な魔物——いや、“魔獣”。大蛇、大トカゲ、そのどちらにも似ているようでどちらとも違う。

「んだこのバケモンはよお!?」

 “首の一つ”がロッザ向けて攻撃を仕掛ける。横に転がり、避けるロッザ。丸々とした大きい胴体、長く強靭な尻尾。そして一番目を引く、大きく畝っている”九つの首”。

 こちら人間側の唯一のアドバンテージ、”数の利”を無くすように多方向から攻撃が飛んでくる。首の一つが素早い動きでロッザの背後を取る。しかしその牙はロッザに届く事なく、大きな盾に遮られる。

「大丈夫ですか? ロッザの旦那」

「お、おう。別に反応出来たけどな。……サンキュ」

 モスケットは大きな声で団員全員に伝える。

「タンクスの旦那ァ! こいつ、”九頭龍(ヒュドラー)”ですぜ!!!」

 全員が攻撃を凌ぎながら耳を傾ける。

「何だあ? そりゃあ」

 ロッザがモスケットと背中合わせに九頭龍の牙を受け止めている。

「そういやお前、本読みだったな」

「こいつは九頭龍。図体のデカさも相当のモンですが、特徴はなんと言ってもあの頭! 九つの頭がそれぞれ独立した意識を持っていて、蛇腹上に畳まれた首は各自かなりの長さまで伸縮可能だったはず!」

 恐ろしい情報に戦いながら冷や汗をかく団員達。

「中々に手強いな」

 シールズが距離を取り、矢を放つ。九頭龍の頭の一つ、その左目を正確に狙い当てる。

「ギャオアアア!」

 魔獣が苦しんでいるのは明らかだった。三本の首を伸ばし団員を薙ぎ払う。致命傷ではないがもう戦える状態では無いだろう。暴れ狂う九頭龍はとても、人の手に負えるものなどではない。

「ひーっ、おっかねえ。けど、倒せない相手じゃあねえな」

 ロッザが懐を目指し、駆け抜ける。九頭龍は到達させんが為に噛みつきで多数の首を突進させた。走り、剣で払い、その野生の攻撃の嵐の中を臆することなく進む。最後、九つ目の首を、体を宙に浮かせ飛び跳ねて避ける。

 辿り着いた胴体に大きく切り込みを入れる。その中には確かに自分達人間と同じ赤い血が流れていた。

「へっ。どうってことねえぜ。なあ?」

「危ない!」

 ロッザの体が突き飛ばされる。

 通常の魔物なら絶命に至っているような攻撃でも、その巨体、ましてや目の前のイレギュラーな魔獣にその考えは通用しなかった。団員の一人がロッザを庇い、九頭龍の口から放たれた紫色の息を全身に浴びる。

「ヘラクレス!」

 ヘラクレスは倒れ、体を痙攣させる。

「ふ……くだ、んちょ……う。ご、ぶじで……」

 泡を吹き、顔色の無くなった体はそのまま息を引き取った。

「くっ……」

 九つの口から空振のような咆哮が響き渡る。

(あれは、確か書物にも載っていなかったはず……)

 モスケットは心を乱さずに冷静に考えた。

(考えろ! 考えろ! どこがで似たような文献を見た記憶が……)

 ふと、記憶の引き出しに気掛かりな点を見つける。魔物の本ではなく、化学の本。魔獣本体ではなく、あの息そのものの性質を思い出す。

(あれは恐らく劇毒……。毒の息、酸性の唾、全てを焼き尽くす炎の息吹、——(つい)の火球)

「! 思い出した!」

 今は、暴れ回る九つの長い首をなんとか全員で牽制している。

「奴が吐いたのは猛毒の息です! 一度かかれば、絶命は免れませんっ」

「そんなの分かってる! あんなのどうやって攻略すれば……一人としてくらうんじゃないぞ! ロッザ! お前もだ!」

 仲間を殺され、憤っているであろうロッザを宥めるタンクス。

「毒の息は質量が重い! つまり、”避けれる”ってことです! 首の多さやコイツ自身の筋力は脅威ですが、動きはそんなに速くない! 現に今だってなんとか凌げてる! 活路はあります!」

 混戦の中、シールズの矢が再び九頭龍の瞳を貫く。

「ならさっさと仕留めろ!」

 ロッザが立ち上がり二本目の剣を抜き、構える。

「……グーマンド、行くぞ」

 低い声でロッザが呟く。

「心得た」

 二人が九頭龍目掛けて武器を振るう。戦いながら翻弄・撹乱に専念する二人。その間、タンクスは考えを巡らせた。

(あれだけの図体に伸縮の効く首の薙ぎ。それが九つも。それだけ考えば勝てる相手ではないが、モスケットの言う通り、動きはトロい。恐らく独立した意識が裏目に出て、あれだけの長い首、各々がぶつかり絡まるのを防いでいるのだろう。……とすれば)

「タンクス! 指示を!」

 ロッザが双剣を振りながら叫ぶ。

「……各自歩兵はそのまま牽制しつつ撹乱せよ! シールズと弩の四人は引き続きヤツの目を狙え! モスケット! お前は唯一あの息を防ぐだけの大盾を持っている! 動きは速くないんだろう? 必ず守り、誰一人死なせるな!」

「了解!!!」

 各団員がそれぞれの役割を全うする。九頭龍の十八の瞳はすでに二つが機能を停止しており、遠距離からの攻撃はさらにもう三つの瞳に矢を突き刺した。

 魔獣の呻き声が耳に響く。残り十三の瞳は四方に散らばり俊敏に動き回る獲物をうまく捉えられずにいた。さらに一段と動きが鈍るのがわかる。タンクスは全員に合図する。

「今だ! ロッザ!」

 ロッザが傍の大木を駆け上がり宙に舞う。九頭龍はその視界を補うかのようにロッザ一人に負傷した三つの首で襲いかかる。

 しかし、拙い視界をさらに狭める激しい逆光。刹那、怯んだその一瞬が命取りになった。首の一つに遠くからの四本の矢が勢いよく刺さる。そして太陽を背に、残り二つの首を双剣で跳ね上げるロッザ。

 痛みに身を震わせる魔獣。長い首の根本を膨らませ、その膨らみは口元まで移動し、毒の息を吹きかける。だがそれもモスケットの盾によって防がれた。

「通すかよっ」

 もう一つの首がモスケットの傍から顔を覗かせ口を広げる。

「なっ……」

 窮地の中、モスケットの後ろからグーマンドが大きな斧を、刃ではなく面を上にし、そのまま大振りをする。それは、大きな風を生み、毒の息を相手にそのまま返す。

「ぬんっ!」

 反撃の暇を与えずに首の一つをグーマンドが両断する。大量の血が辺りに飛散する。

 残り五つの首は激しい痛み、動揺、混乱の中、ただ目につく獲物の方向を追う。計算された動きで逃げ回る団員。木々の合間を縫うように走っていく。五つの首は簡単に、複雑に絡み合った。

「……観念しろ。仕事なんだ」

 タンクスはその手に握られた剣を力強く振り下ろした。


 一行は山を降り、ボルツァリオンに帰ってきた。

 十五人で送り迎えた筈の仲間が一人減っていることに質問を投げかける団員はいなかった。遺体を持ち帰りたいとロッザは頼んだが、未知の毒に汚染された体を王都に持ち帰るわけにはいかない、とタンクス・モスケットに止められ、山火事にならないよう慎重に火葬する運びになった。

「九頭龍……あんな魔獣が突如発生したというのか? そんなわけはない。かといって眠っていたわけでもあるまい」

 タンクスは団主力の四人と会合を開き、事の真相を話し合っていた。

「書物には海の近くに住んでいると記述があったのを覚えてます。ああいった魔物より上位の存在である魔獣は不規則な動き、合理的でない動きをすると言いますからね、遠出をしたんでしょう」

 モスケットが持論を展開する。ロッザは黙って四人の話し合いを聞いていた。

(意味はない、か……だが、その意味のない行動・習性が誰かに”利用”されてるとしたら……)

 ロッザは窓から果てしなく続く空の暗闇に目を向ける。

「海……ねえ……」




 渡鳥は飛ぶ。どこまでも高く、遠く、そしてしなやかに。

 その瞳に幾百の国、幾千の人、幾万の戦いを映しながら。


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