セレエスタの奇跡
「ガアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
地竜の咆哮が轟く。
こんな頑強な魔物は初めてだった。
「行きます! 援護は任せました!」
途轍もない速さで駆け出すコルトさん。
あっという間に足元までたどり着き、剣を振るう。
ガキンという高い金属音が響き、
「くっ!! やはり通りませんかっ!」
コルトさんは再び距離をとる。
コルトさんに気を取られた地竜の隙をついて、今度はリステルが腹部に潜り込み、薄緑に輝く剣で斬りつけた。
ギィィン!!!
「ここも無理なの?!」
地竜はリステル目掛けて巨大な右足を蹴り出そうとする。
「させない!」
足を上げた瞬間、軸足になっている左足の方から土の槍を突き出す。
バランスを崩した地竜は蹴るのをやめて、倒れないように足をつく。
地竜。
この世界に存在する、属性竜の一種。
発達した後ろ脚と、長く太い尻尾、小さな手が特徴的だ。
鱗は黄土色の鉱石で出来ているかの如く、ぶ厚く硬い。
動きは鈍重だが、その巨体と頑強な鱗から繰り出される攻撃全てが圧倒的破壊力を持つ。
勿論、地竜も魔法を扱う事に長けていて、地属性魔法を上位下級まで巧みに操る。
ただでさえ何者をも通さない鉄壁の鱗に加え、ガイアヴェールという地属性上位下級の守護魔法を体に纏っているため、剣などの直接的な攻撃はほぼ通らないといわれている。
標高の高い山岳地帯のマナの濃い場所に住むといわれており、歴史的にもこのように麓まで降りてくることは珍しい。
危害を加えようとしない限りは襲ってこないという大人しい側面がありながら、一度暴れ出すと山が崩れ落ち平地になってしまうと言わているほどに、落差の激しい気性をしている。
「足を止めるな! 魔法を放たれるぞ!」
「この先に広場があるわ! そこへ行くわよ!」
私達は牽制に魔法を放つが、地竜は意に介していないようで、体を捻りその長く太い尻尾を振るおうとする。
それを私とルーリの氷と土の柱で受け止める。
薙ぎ払うように振るわれる尻尾は、そこにある建物諸共吹き飛ばす。
私とリステルとシルヴァさんは、私達に降り注ぐ瓦礫の対処に手を焼いていた。
その間も地竜は、私達に向かって尻尾を振るい、岩石をいくつも撃ち、土の槍を足元から出現させようとする。
建物に囲まれた狭い場所では中々攻撃に転じることが出来ず、私達は逃げ回るほかなかった。
私達を見失って別の所へ向かわないように、つかず離れずの距離を逃げ回り、私達はようやく広場へとたどり着いた。
「攻勢に出るぞ! 何としてでもここで討伐する!」
「了解!」
「シャトルーズバイト!」
シルヴァさんの魔法を合図に、一気に接近するリステルとハルル、そしてコルトさんとカルハさん。
私、ルーリ、サフィーア、シルヴァさんから注意をそらし、詠唱の時間を稼ぐ。
「万物よ、眠りの時が来た。我が声に誘われ、全てが生まれ出いずる揺り籠へ還るがいい。リクエファクション!」
サフィーアが地竜の左足の足元だけを液化させ、ズブンと地面に深く沈みこんだ。
再びバランスを崩し倒れる。
「カルハ!」
「まかせてシルヴァちゃん!」
「朱に染まりし焔よ! 今こそ吹き荒べ! その慈悲ある愛撫にて、塵へと帰れ! ヴァーミリオンカレス!」
「荒ぶる風よ! 全てを切り裂く竜となれ! さあ! 竜と共に天に散れ! トルネード!」
シルヴァさんとカルハさんが同時に詠唱を始め、同じタイミングで魔法を放つ。
目が眩むほどの眩い朱の炎が地竜の足元から噴き上がり、その炎を巻き込むように、竜巻が吹き荒れる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
「この魔法の連携なら!!」
「どうかしら!!」
その熱量に、地面諸共地竜は赤熱する。
だが……。
「――っ!! アイスウォール!!!!!!!!」
私は巨大な氷の壁を正面に作る。
次の瞬間には、氷の壁に巨大な岩石がいくつも打ち付けられていた。
「これでもダメなのか……」
苦虫をかみつぶしたような表情になるシルヴァさん。
「母なる大地よ、今ここに大いなる慈悲を与えたまえ。さあ、大地の深き愛を知れ! グランドインブレイス」
間髪入れずにルーリが拘束の魔法を放つ。
地竜の周囲から土の柱が伸び、拘束しようと押さえつけるも、地竜は気にも留めるそぶりすら見せず、悠々と足を踏み出す。
「さあ大地に還れ! 生ける者よ! 汝は今、我によって死地へと送られん! 彼の者の、死出の旅路が安らかなるものであるように、祈りを捧げん! デザートフューネラル!」
私は地竜の足元を流砂に変える。
徐々に流砂に足を取られ、沈んでいく地竜。
きっとこの魔法もダメージにはならない。
体全てが流砂に飲み込まれたと思った瞬間、膨大な圧力をものともせず、ゆっくりと這い上がって来た。
「やあああああああああああっ!!!!!! イグニッション!!!!!!!!」
完全に這い出てくる前に、ハルルが地竜の頭頂へ渾身の一撃を振り下ろす。
爆炎を上げ、地面に叩きつけられる地竜の頭。
「これならどうだ!!!!!!」
「せえええええええっ!!!!」
リステルとコルトさんがハルルが作った大きな隙を逃さず、地竜の眼に剣を突き立てた。
「エアスプラッシュ!!!!!」
リステルの突き刺した目が、弾け飛んだ。
「くそっ! 目しかもってけなかった!!!」
「ですがこれでもう何も見えない! 魔法は狙って放てない!」
地竜が頭を振り、二人を吹き飛ばそうとするのを寸前で回避する。
「ならば行く! 瑪瑙!!! あまり長く持たん!!! 頼んだのじゃ!!!!!」
サフィーアはそう叫ぶと、
「煌めけ、蒼玉の盾よ。我が紋章を示し、絶海の如く全てを阻め! エスカッシャン・サファイア!」
宝石魔法を発動させた。
蒼く煌めく巨大な結晶が現れる。
ただしそれは、私達を守るためではなく、地竜の身動きの一切を封じるため。
結晶は、地竜を内側にして現れたのだ。
地竜は必死にもがく。
「みんな離れて!」
私の声に、一斉に距離をとる。
「仄暗く揺蕩い死を呼ぶ青よ、我此処に贄を沈めん! 底知れぬ、陽光さえ届かぬ水の中、汝、喜びをもって絶え果てよ! その骸は悠久の時を経て、数多の命の拠り所となるだろう! さあ今こそ、深淵の底より湧き上がれ! アビスペラジック!」
最大限の力を持って、魔法を解き放つ。
暗い青色の水が渦を巻いて沸き上がり、巨大な蒼い結晶すらも飲み込むほどの水柱が起こる。
結晶内で暴れる地竜の力と、途方もない水圧による影響で、サフィーアの宝石魔法の結晶にひびが入り、さらに欠けたカ所から暗く重い水が浸入し、結晶内を満たす。
ギギギギギギギギ。
金属がひしゃげていくような音が響く。
地竜は必死にもがくが、結晶内を満たす重い水のせいで力が入らなくなっている。
さらに、サフィーアのエスカッシャン・サファイアは欠けこそはしているが、まだ健在。
その場から動けない地竜は、アビスペラジックからも逃れられない。
そして……。
地竜の腹部がべこんと突然凹んだ次の瞬間、口から真っ赤な血を大量に、内臓諸共吐き出した。
吐き出された内臓は、瞬く間に水圧の暴力により圧縮し潰される。
地竜は、身じろぎ一つすることは無くなった。
ギギギギ、ギギギギギギィ。
まだ金属がひしゃげるような音は続いている。
「フリージング!」
アビスペラジックで出来た水球を凍らせ、氷を砕き消滅させる。
残ったのは、地竜の死体ただ一つ。
「はあ……はあ……」
私達はみんな寄りそって、ぐったりと腰を下ろす。
「……終わった……?」
「終わった」
「は~~~~ぁ」
リステルが私の太ももに頭を乗せ、足を投げ出して横になる。
「お嬢様、見えてます。はしたないですよ」
「もう動けない……」
「ハルル大丈夫?」
「お腹すいた」
「魔力は?」
「ん。思ってたより平気?」
「ぐえ」
リステルのお腹に頭を乗せてハルルが横になる。
「とりあえず、先に治癒魔法を……」
運良く大きな負傷はしていないけれど、かすり傷や切り傷、打ち身など、私達全員それなりに怪我を負っている。
皆の体をくまなく探し、傷が残らないように丁寧に治癒魔法をかけていく。
「瑪瑙触り方やらしー」
リステルがそんな事を言うので、ガバっと上着を捲っておへそを露わにして、汗でしっとりしたわき腹を右手でこちょこちょこちょこちょ。
「あはははっ! あはははははは!! ごめんごめんって! ごーめーん!!! あははははは!!!!」
リステルは息も絶え絶えになった。
「いっぱい来る」
ハルルがそう言って視線を、地竜によって崩壊した街中へ向ける。
よく聞くと、大勢の足音と金属鎧と思しき音が聞こえて来た。
「これは……」
豪奢な鎧に身を包んだジェフロワさんが、大勢の人を連れて姿を現した。
「無事ですかっ?!」
私達の姿を確認したジェフロワさんは、こちらに向かって声をかける。
「団長! あそこに!!!」
鎧姿の男性が指を差す。
そこには息絶え横たわっている地竜。
あれが地竜……。
なんて巨大な……。
動かないぞ!!
死んでいるのか?!
警戒を怠るな!
ざわざわと騒ぎ立てる鎧姿の人達。
「静まれ!」
ジェフロワさんが声を張り上げて言うと、一瞬にして静まり返った。
そして、地竜にジェフロワさんと数名で近づき、生死の確認をする。
「英雄たちによって、地竜は打倒されたっ!!! 皆よ! 我々も後に続くぞ! セレエスタに残る全ての魔物を根絶やしにせよ!!!」
ジェフロワさんは、剣を掲げ声高らかに宣言する。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!
それに応えるように雄叫びが上がり、鎧姿の人達は、あちこちに散らばっていった。
ジェフロワさん達数名は残り、私達に近づいてくる。
慌てて身だしなみを整える。
「皆様、ご無事で何よりです」
そう言って左膝をつき、右手を左肩近くに添え、頭を深く下げた。
「そして、お見事です! 皆様のおかげでこのセレエスタは救われました!」
「何とかなりました。それよりも、街の状態はどうなっていますか?」
「はっ! 住民の避難は凡そ済んでおります。火災の方も先ほどの魔法の雨で火勢が削がれ、鎮火も容易になりました」
「まだ火災は残ってるんですね?」
「はい」
それじゃあもう一頑張りしよう。
左手首に右手を添え、祈るように詠唱を始める。
「水よ、恵みの水よ。水よ、荒ぶる破壊の水よ。天を覆う蒼白の衣となり、我が意を示せ。今ここに、豊穣の恵みを雨と降らせん。願わくば、襲い来る災いを慈悲を持って押し流せ。アバンダンスレイン」
青く輝く粒子が私から溢れ、空へと昇る。
程なくして、セレエスタの街を再び恵みの雨が濡らす。
今度はさっきのとは違って、強めの雨程度。
「少し長めに降らせますね」
「何と言う魔力だ……。感謝いたします」
また深々と頭を下げるジェフロワさん達。
「メノウ、ルーリ、まだいけそうですか?」
「はい!」
「私ももう少しなら」
コルトさんの呼びかけに、私とルーリは頷いて答える。
「ではジェフロワ。負傷したものが沢山いるでしょう? そこに私達を案内してください。この二人は、治癒魔法が使えます」
「なんと! それは助かります! 聖女様方は、既に魔力を使い果たしておりまして、怪我人の治療が思うように進んでいないのです」
私達はジェフロワさん達に連れられて、上流区の避難所へ。
途中、山ほどの魔物の死体と、守れなかった人達の姿を見た。
「瑪瑙、気に病んじゃダメだからね」
「……うん」
「そもそも、私達はセレエスタへ来る予定はなかった。タイミングがいいのか悪いのかはわからないけど、間違いなく私達が来たからこそ、この街は救われたんだよ」
「うん……、ありがとうリステル」
リステルの言いたい事はちゃんとわかってる。
それでも、もっと多くの人を助けられたんじゃないかと言う、罪悪感が私を襲う。
「瑪瑙。私もきっと瑪瑙と同じ。もっと助けられたんじゃないかって思っちゃう」
「ルーリ……」
「だから、もうちょっと頑張ろう。私達がいることで、まだ助けられる人は絶対いるはずだから」
「うん、そうだね! 一緒に頑張ろう、ルーリ!」
私の降らせている魔法の雨が降りしきる中、セレエスタの街を歩く。
沢山沢山、守れなかった人たちを見た。
ピシッ。
ごめんなさいと言う想いと、ご冥福を祈る事しかできなかった。
救出されている人を見つけたら、その都度治癒魔法で怪我の治癒をしながら、上流区へ向かう。
そうして足を止めつつも、できるだけ急いだ。
中流区と上流区を隔てる壁が見えて来たが、そこは人で溢れかえっていた。
「こちらです。ついて来てください」
ジェフロワさんを先頭に、私達は人をかき分けつつ中へと進む。
「ジェフロワさん、上流区の建物に、火災ってあったんですか?」
「はい、ほんの一部、壁沿いの建物の何件かに火を放たれました。ですが、既に鎮火しているはずです。それがどうかしましたか?」
「そうでしたか……」
私は、まだ雨を降らせている空に慌てて手をかざす。
ザーザーと音を立てていた雨がピタっと止み、空の一部から傾きかけた太陽が覗く。
「……え?!」
ジェフロワさんは、驚いた様子で外壁の向こう側、中流区の方を見る。
「あちらではまだ雨が降っている……。あなたはこんなこともできるのですか……」
「すみません。避難している人たちに寒い思いをさせてしまいました……」
「何をおっしゃるか! 魔物と戦いながら、火災にまで手を回す。そんなこと、常人にできるわけがありません。あなたは最善を尽くしてくださったんですよ」
「……ありがとうございます」
避難してきた人たちは、不思議そうに空を見上げていた。
私達はジェフロワさんの案内で、上流区中央広場へ到着する。
そこは広い円形の公園のような広場になっていた。
今はそこかしこに天幕が張られていて、白い服に身を包んだ人達が、ひっきりなしに天幕から出入りを繰り返している。
ジェフロワさんが一人の白い衣装の女性に声をかけた。
「忙しいところすまないが、この二人が治癒魔法を使えるというのでついて来てもらった」
「何と! では急ぎ聖女様の下へ案内します! こちらへ!」
「よろしくお願いします」
「私達は軽症の処置ならある程度できますので、そちらを手伝います」
「とても助かります! あなた!」
女性は通りかかった同じ衣装の女性を呼び止め、
「こちらの方々が、怪我人の治療の手伝いをしてくださるそうです。案内してください」
「本当ですか?! わかりました、こちらへ!」
そう言って私とルーリは別行動になった。
「瑪瑙、ルーリ! 頑張ってね!」
「うん! みんなも頑張ってね!」
そう言って、みんなと別れた。
速足で天幕の間を行く。
「セレスタ様! 治癒魔法を使えるという方二人を連れてきました!」
「それは本当ですか?!」
「このお二人です!」
私とルーリは小さく会釈をする。
「あなた方は!! 地竜と戦っていた……。ご無事だったのですね……。あのっ! 地竜は……?」
「安心してください、倒しましたよ」
「――っ! ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」
「そんな事より、今は」
「そっそうですね! お二人はどの程度治癒魔法を行使できるのでしょう?」
「私は痛みが伴うヒーリングしか使えません……」
「私は一応、傷跡を消せる程度のヒーリングを」
「傷跡が消せるヒーリング?」
首を傾げるセレスタさん。
「え、えーっと、そちらの方は、この者について行って、黄色の札を下げている天幕の怪我人を治療してください」
私の言葉に戸惑いつつも、側にいた女性に指示を出す。
「わかりました。瑪瑙、頑張ってね?」
「ルーリも!」
お互い励まし合って、ルーリと別れた。
「えっと……」
「あ、瑪瑙です」
「ありがとうございます。私はセレスタです。メノウさんは私について来てもらっても良いですか?」
「はい」
セレスタさんに連れられて、奥の方の天幕がある方へ行く。
さっきまでの天幕には黄色の札が下げてあったけど、この辺りから赤色の札が下がり始めた。
そして、空気が一層重くなった気がする。
黄色の札を下げていた天幕からは、人の呻き声が聞こえていたのだが、赤い札を下げている所からは、必死に処置をしている人の声だけが響いている。
「少し凄惨な所を見ることになりますが、無理そうなら行ってくださいね?」
「……はい」
セレスタさんは一言そう言うと、赤い札が下げられた天幕に入った。
私も後に続く。
セレスタ様!
聖女様!
「処置を続けてください! メノウさんこちらへ」
一番近くに横たえられた人の下へ行く。
その人は、全身に包帯を巻かれていたが、どこも血で真っ赤に染まっていた。
「魔法を使ってみてください」
セレスタさんは血濡れの包帯を解いてくる。
包帯の下は深い爪痕のような傷があり、とめどなく血が溢れていく。
怖くて呼吸が浅くなり、手足が震えていた。
「落ち着いて、ゆっくり呼吸をして」
セレスタさんに言われた通りに深呼吸。
そして、深い傷に右手をかざす。
「袂に集え、癒しの青光よ。水の加護の下、かの者に癒しを与えん。答えよ血よ。汝の主のもとある姿を。さあ祈れ、祝福せよ。清浄なる流れにより、主の傷は癒されん。ヒーリング」
私の右手が青く輝く光を放ち、傷があっという間に塞がっていく。
「なっ?!」
セレスタさんが驚いた様子で、目を見開くが、私はかまわずそのまま他の場所の治癒を開始する。
見た範囲でわかる傷跡は癒した。
「これでどうですか?」
「素晴らしいです! 急いで他の方の処置をしましょう!!」
凄い!
これで救われる命がぐっと増えます!
よかった……。
感嘆の声、歓喜の声、安堵の声、様々な声が天幕から溢れた。
私は、今いる天幕の人全員の治癒をし終えた。
「お疲れ様です。とんでもない魔力保有量をお持ちですね」
「ありがとうございます。次に行きましょう!」
「……えっ?! あれだけ治癒魔法を使って、まだ使えるのですか?」
「まだまだいけます!」
ぐっとこぶしを握って見せる。
「――っ! わかりました! よろしくお願いしますっ!!」
涙を浮かべて、頭を深く下げるセレスタさん。
私はセレスタさんに連れられて、赤色の札が下げられたいくつもの天幕へ入り、全力で治癒魔法を行使した。
私の治癒魔法でわかったことが少しあった。
千切れかけた手足でも、体にくっついているのだったら、私の治癒魔法で元通りにすることができた。
完全に千切れてしまっていても、そこに千切れたカ所が残っていたのなら、くっつけることも可能だった。
……私の左手は、魔法で斬り飛ばされて、雪に埋もれてしまって見つからなかったからしかたない。
次々と治癒魔法をかけていく。
その度に、その天幕からは歓声が上がった。
そして、最後の天幕、最後の負傷者を見て、私は絶句する。
そこには、長くて真っ白な髪の少女が横たえられていた。
「フルールで会った女の子……」
白髪の少女の眼は薄っすらと開いているが、虚ろに虚空を眺めていた。
呼吸も、ほとんどわからない程浅かった。
知っている人の死にかけている姿に、私は慌てて治癒魔法を行使しようとしたが、魔法のコントロールは乱れに乱れてしまった。
私から青い粒子が沸き上がり、白髪の少女の体全体が薄青色に輝く。
だが傷は塞がらず、血がどくどくと流れていく。
これは魔導具屋のお爺ちゃんの時と同じ現象だ。
落ち着け!
呼吸を整えろ!
この子の傷に意識を集中するんだ!
大きく深呼吸を繰り返す。
そしてお腹に力を入れて、詠唱する。
「袂に集え、癒しの青光よ。水の加護の下、かの者に癒しを与えん。答えよ血よ。汝の主のもとある姿を。さあ祈れ、祝福せよ。清浄なる流れにより、主の傷は癒されん。ヒーリング!」
青い光が天幕から溢れ、空に昇って行った。
白髪の少女の傷は瞬く間に塞がり、浅かった呼吸は穏やかなそれに代わった。
「メノウさん、お疲れ様でした。この人で最後ですよ」
そっと声をかけてくれるセレスタさん。
その瞬間、歓声が響いた。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
その歓声は天幕内部だけではなく、様子を覗いていた人達にも伝播し、赤い札が下げられた天幕の人達全員の命が助かったことを高らかに宣言した。
この日の出来事は『セレエスタの奇跡』と呼ばれ、生涯語り継がれることとなる。
八人の英雄がセレエスタを魔の手から守り、絶命の危機に瀕した人々も、英雄の二人が聖女と力を合わせ癒し救ったという、英雄譚が生まれた瞬間だった。




