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終わりと始まりは突然に  作者: 水無月 真珠
ハルモニカ王国編
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倒木蛇

 昼食と休憩を終え、私達は再度森へと向けて出発をする。

 フラジレットの森が近づいているせいか、みんなの口数はかなり少なくなり、食事の時の雰囲気とはうって変わり、ピリッとした空気に包まれている。


 みんなのオンとオフの切り替えの早さに感心しつつも、私も負けじと周囲の警戒に力を入れる。


 蛇種の魔物はその巨体のせいで、移動時に地面を擦るような音や、草花を揺らすガサガサと言った音を微かに立てる。

 ただし、油断をしているとあっさりと聞き逃してしまう程度でしか音を立てない。

 かと言って、周囲の音ばかりに気を取られていると、待ち伏せをしている蛇種の魔物もいるので、気をつけなければいけない。

 なんとも油断ならない魔物だ。


 途中何度か蛇種の魔物と遭遇するも魔法を使い、今の所危なげなく討伐することが出来ている。


「それにしても、ここまで戦闘が楽になるなんてね。改めて魔法の凄さを実感するわ」


 魔物との戦闘が終わり一息つく私達に、ユークレースさんが言う。


「魔法を使えるだけではないですね。威力や精度が、私達が今まで出会った魔法使いのそれとは比べ物にならない程強力です」


「ユークレースさんも魔法を使えるんですよね?」


 確か最初に会った時に、ちょっとだけ魔法が使えるって言っていたような……?


「使えるけれど、本当にちょっとだけ。メノウさんと比べたら全然よ? それに私の場合は、気安く使えないからね。私達のパーティーが危険に陥った時に使う最後の手段なの」


「師匠もハルルと一緒。魔力(まりょく)纏繞症(てんじょうしょう)だから気軽に魔法が使えない」


 魔力(まりょく)纏繞症(てんじょうしょう)は、自分の意志とは関係なく魔力を体に纏い、常に魔力を消耗してしまう病。


 帯びる魔力の属性によって色々な恩恵を受けられる反面、魔力が枯渇してしまうと衰弱し、死に至る。


 食事や睡眠、または特殊な飲み薬で魔力の回復はできるものの、魔力(まりょく)纏繞症(てんじょうしょう)を患っている人にとって、魔力の消耗を抑える事は生きる上では欠かせない事。


 下手に魔法を使って魔力を消耗してしまうと、枯渇状態になって意識を失い、そのまま死んでしまう事もあるのだそうだ。


 その割にハルルは結構魔法を使ってる気がするけど。


 そう言えば私、魔力がなくなったことってまだ一度もないなー。

 私の魔力保有量はかなり多いらしいんだけど、限界がどこにあるのかわからないのは、ちょっと不便かも。


「一応水の下位中級までの魔法なら使えるわ。得意なのはウォーターカッター。ただ、あまり連続しては使えないわね」


 ウォーターカッターは下位中級の水属性魔法で、下位中級では威力が高い部類の魔法。


 元の世界に、凄い勢いで水を噴射して金属とかを切断する機械があったけど、それと同じことができる魔法。

 木でも岩でもスパっといっちゃうよ。

 ただ、至近距離でしか使えないのが難点かな?


「ウォーターカッターか。悪くないな。ユークレースは近接戦ができるから、距離も問題にならないだろう」


「まあでも、五回で限界かしら。六回目を使ったら立っていられなくなるもの。狼種の魔物とか見たいに、多数で群れる魔物がいないから、危なくなっても二~三回でなんとか切り抜けて来たわ」


「ふむ。ウォーターカッターは消耗する魔力も下位中級の中では多いほうだからな。下位中級までの水魔法が使えるんだったら、他の水魔法も上手く使えば魔力の消耗も抑えられて、効率よく立ち回れるようになるかもしれないな。水属性の魔法はどちらかと言えば、攻撃より守りの方が優れているしな」


「なるほど、私は攻撃の事しか頭になかったわ。私、魔法はほとんど独学なのよね」


「じゃあ帰ったらその事も含めてレクチャーするか。メノウ達にはある程度時間をかけて行き先を選んで欲しいしな」


 ユークレースさんと話をしていたシルヴァさんが私達に目線を向け、にっと笑った。



 しばらくして獣や魔物との遭遇が無くなり、フラジレットの森へ足を踏み込もうとした時だった。


「誰か来る! 二人!」


 ハルルが声を上げた。


 私達は武器を構えて、臨戦態勢を取る。


 すると程なくして、男性が一人こちらに向けて走ってくる姿を確認した。

 そのもう少し後ろにも一人。

 同じくこちらに向かって走ってきている。


 ……あれ?

 あの二人、確か先に捜索に出たパーティーにいたような?


 私達が気づいたのと同じく、こちらに向かってる二人も私達に気づいたようで、


「ユークレースかっ! 助けてくれっ!!」


 前を走る男性が大声で叫ぶ。


 良く見ると男性は誰かを背負っている。


「何があったの?!」


「はあ……はあ……。……ゆっ行方不明のパーティーを見つけたは良いんだが、助ける時にタイミング悪く、魔物同士がやり合う所に巻き込まれてな……。かなりマズい状態だったのを、辛うじて俺達だけ逃がしてもらえたんだ。アンタ達が近くにいるはずだから、助けを呼んできてくれってな」


 その場でへたり込み、息も絶え絶えに話す男性は、話しながら背中に背負っていた女性をそっとおろし、横たえた。


「わかった。私達は行くけど、あなた達は大丈夫?」


「すまんが水が欲しい。こいつかなり衰弱してるみたいなんだ」


 そう言われて私はすぐさま空間収納から革袋に入った水を取り出し、手渡した。


「助かる」


 男性の一言に私は頷いて、森の奥へと意識を向ける。


「ユークレース、先導を任せます! みんな気を引きしめて!! 全力で行きますよ!!!」


 コルトさんの掛け声と共に、全速力で森の中へと突っ込んでいくユークレースさん。

 そのすぐ後ろをハルルとニグリさんが続く。

 私達も三人の背を追う。


 森の中を走るが道がある訳がなく、足元も舗装なんてされていない。

 大木、倒木、藪、ありとあらゆるものが私達の行く手を邪魔をする。

 それでも先頭を走る三人は、それらをものともせず駆けていく。


 逃げて来た二人の方向から、凡その方向はわかっているんだろう。

 それくらい走りに迷いがなかった。


 藪を飛び越え、倒木をくぐり抜け、何とか遅れずについて行く。


「エンゲージ!」


 ユークレースさんの掛け声と共に、視界が少し開ける。


 その開けた先には、壁を背にして大蛇と対峙している人達が見えた。


 壁にもたれてぐったりして見える人と……。


 ……地面にうつ伏せで倒れて動かない人もいた。


 鼓動が早くなって、背筋に嫌な汗が流れて体が冷たくなるような感覚に陥る。


「コルト! 私達はこのまま突っ込むわ! ニグリ! ハルル!」


「了解!」


「んっ!」


 ユークレースさん達三人は、走ってきた勢いのまま大蛇の群れに斬りこんだ。


 静かに接近していたわけではないので、既に大蛇達も私達に気づいている。


 大蛇達は三人の突撃を阻止しようと頭を伸ばし、尻尾を薙ぎ、太い体で体当たりを試みるが、それをいとも容易く躱し、大蛇の体を鎌と剣で斬り払った。


 ハルルの放った一振りは、大蛇の胴体を真っ二つに切り裂き、ユークレースさんの鎌は、噛みつこうと開けた大口を真横に切り裂き、そのまま上顎ごと頭部を斬り飛ばした。


 ニグリさんは横薙ぎにされた尻尾を体を低くして躱し、体勢を大きく崩している大蛇に向かって剣を数度振るう。

 斬られた大蛇は倒れ伏すが、辛うじて生きているようでまだ少し動いている。


 三人はそのまま追い詰められていた人達の前まで突き進み、庇うように反転する。


「ユークレースっ!」


 囲まれていたパーティーの一人が声を上げる。


「後は任せて!」


 ユークレースさんは一言返事を返し、大鎌を構える。

 すぐ後ろにいた私達も、足を止めずそのままの勢いで強襲し、戦闘に入った。


 私達の目の前にいる蛇の魔物。

 まるで木が動いているかのように錯覚してしまいそうなほど、木にそっくりな姿をしている大蛇。

 恐らく、倒木蛇(トレントスネイク)


 倒木に擬態をして獲物を待ち伏せる、森林に生息する蛇の魔物。

 他の蛇の魔物は、視認し辛くする程度の模様に比べて、倒木蛇(トレントスネイク)は朽ちて倒れた木にそっくりな見た目をしてる。


 こいつの特徴は、その見た目ともう一つ。

 集団で行動すること。

 うっかり倒木蛇(トレントスネイク)の近くを通りかかってしまうと、周りの倒木の大半が倒木蛇(トレントスネイク)だった、なんてことが稀にあるらしい。


「瑪瑙! こいつら硬いから気をつけて!」


「わかった!」


 リステルの助言を受けて私はフリーズランスを発動する。

 氷の槍が地面から突き出し、目の前の二体の倒木蛇(トレントスネイク)を串刺しにする。


 恐らくすぐには死なないだろうけど、今は出来るだけ多くの倒木蛇(トレントスネイク)を行動不能にして、追いつめられていた人達の安全を確保したい。


 倒木蛇(トレントスネイク)が逃げるなら、逃がしてしまっても良いだろう。


 倒れている人が何人かいる。

 治癒魔法で助かる人がいるかもしれない。


 焦る気持ちをぐっとこらえて、戦闘に集中する。


 氷の槍に貫かれた二体の間を縫うように、もう二体が近づいてくる。


 一匹が私目掛けて、大口を開けて頭を伸ばし、それに合わせるように、もう一匹が飛びかかってきた。


 私は頭を伸ばしてきた倒木蛇(トレントスネイク)を左に躱し、すれ違いざまに剣を抜き放つ。

 薄緑に輝く刀身が振り抜かれたと同時に、大蛇の首は刎ねられて弧を描いた。


 すぐに残った胴体にアースバインドをかけて、最後の大暴れを防ぐ。


 私目掛けて飛びかかってきたもう一匹は、ルーリが放った岩の槍に串刺しにされ、既に行動不能になっている。


 次! と思い周囲を見渡した時には、残りの倒木蛇(トレントスネイク)は全て倒された後だった。


 剣を鞘に納めつつ、私は倒れている人に急いで近づき声をかける。


「大丈夫ですか!」


「ぐっううう……」


 うつ伏せで倒れていた男性は、小さく呻き声をあげた。

 死んでいる可能性も考えていたので、少しホッとする。

 ただ、毒を受けていたら私には何もできない。

 不安を押し殺し、出来るだけ優しく話しかける。


「私は治癒魔法が使えます。痛む場所を教えてもらえますか?」


「左腕と、あばらをやられたみたいだ……」


 動かさなくて良かった。

 念の為にとそのままの状態で話しかけたけど、無理に動かしていたら激痛が走っていただろう。


「わかりました」


 左手首から肩へと向けて、ゆっくりと撫でる様に治癒魔法のヒーリングをかけていく。


 切り傷や擦り傷みたいな傷は見た目でわかるので、治癒魔法をかけやすい。

 逆に、骨折なのど見た目で判断し辛い怪我に関しては、患部に手をかざさなくてはいけない理由から、特定するまでに少しの時間と魔力を多く使ってしまう。


「すみません。うつ伏せだと折れている場所がわかり辛いので、体勢を仰向けにします。痛むと思いますが、少し我慢してください」


「……わかった」


 一言断りを入れて、男性の体勢を変えようとすると、


「手伝うよ」


 一人の男性が近づいて来て、私に声をかけた。


「っ! は、はい、お願いします」


 いきなりで少しびっくりしてしまったけど、そんな私を男性は気にしていないのか、すぐにうつ伏せになっている男性の左腕をまっすぐ伸ばした。


「ぐっ!!」


「少し我慢しろ。お嬢ちゃんは腰と足を掴んでくれ。せーので態勢を変えるぞ」


「はい」


 そう言って男性はうつ伏せの男性の右わきに手を差し込み、


「せーの!」


 と、自分が後ろに下がりながら、男性を仰向けの体勢にした。


 態勢を変えられた男性は苦痛に顔を歪めているが、今度はうめき声一つ上げなかった。


「では治癒魔法かけます。痛む所はどの辺りですか?」


 私がそう尋ねると、男性は私の手をがっと掴んで、


「この辺りだ」


 と、私の手をお腹に押し付けた。


「――ひっ」


 一瞬の出来事だったので、小さな悲鳴が漏れてしまった。


「すまん! 痛かったか?」


「い、いえ! 少しびっくりしただけです。ごめんなさい、すぐに魔法をかけますね」


 私は慌てて魔法をかける。

 ただ、かなり動揺してしまったせいか、魔法の制御を少し失敗してしまった。


 私の手からは、青い光がかなり強く溢れ出てしまった。

 すぐに慌てて光を抑え込むことには成功したけど、驚かせてしまったんじゃないかと思い、男性の顔を見る。


 男性は少しポカンとした顔をしていたけど、すぐさま体を起こして自分の体を触り出した。


「凄いな。こんな一瞬で治るのか……。ありがとう、助かった」


「どういたしまして」


 この男性はもう大丈夫。

 私は次に治癒魔法が必要な人を探す。


「他にケガをした人はいませんか?」


 私が周囲に問いかけると、


「瑪瑙。その人が一番重症だったみたい。後は私が治癒魔法をかけておいたから、怪我人はもういないわよ」


 と、ルーリが教えてくれた。


「え、でもまだ……」


 ルーリはそう言ってるけど、まだ何人かぐったりしている人がいる。


「軽い怪我はしていましたが、彼らがぐったりしている理由は怪我ではありません」


 そう話すのは、冒険者ギルドでユークレースさんに話しかけていた男性。


「お話は後よー。ここでのんびりお話しているわけにもいかないでしょー? 私達が先導するから、すぐに森を出るわよー。弱っている人たちは任せていいかしら―?」


「わかりました。よろしくお願いします」


 カルハさんの言葉に、すぐに頷いて他の人達に指示を出す。


 すぐに撤収の準備が整い、ぐったりしている人達は背負われたり、二人がかりで担がれたりしながら運ばれている。


 さっきの人が言っていたように、怪我で動けない訳じゃなくて、どうにも衰弱しているように見えた。

 そう言えば、森の入り口付近で出会った逃げてきた人の背中にも、ぐったりしている女性がいた。


 確か、行方不明になっていたパーティーは七人で、今私達が連れ帰っているのは六人。

 逃げてきた人に背負われていた女性を含めると七人になる。


 どうやら行方不明のパーティー全員は衰弱はしているけれど、全員無事だったようだ。


 その事に気づいた私は、小さくほっと溜息をつくのだった。



 無事に森の外まで戻ってきた私達は、入り口付近で出会った三人とも合流できた。


 ぐったりしていた女性は、今は木にもたれるように座っていた。


「全員無事でよかった……」


「ユークレースさん達が来ていなかったら、ダメだったでしょうがね。油断をしていた訳ではないのですが、不覚を取りました。隙を見てあなた達二人を逃がすことができたのは、運が良かった」


 そんな会話を聞きながら、私は木にもたれかかって座っている女性に声をかける。


「具合はどうですか?」


「水を飲ませてもらって少しマシにはなったかしら。……その声、水をくれた女の子ね? ありがとう、ホント助かったわ」


 女性はそう言って、ほんの少し微笑んでくれた。


「メノウ、ちょっといいですか?」


「どうしました? コルトさん」


「今持っている材料で、消化の良い物ですぐに作れる物ってありますか?」


「消化の良い物ですか……?」


 女性と話をしていると、コルトさんが急いで私の所まできて話しかけてきた。


「……んーっと。パン粥で良ければ作れますよ?」


「お願いできますか?」


「もちろん。すぐに準備にかかりますね」


 返事を返し、すぐに準備に取り掛かる。


 先ずは焚き火の準備をと思い、開けた場所を探そうとキョロキョロしていると、


「瑪瑙! こっちこっち! 火の準備はできてるよ!」


 リステルが手を振って、私を呼んだ。


「ありがとうリステル。手間が省けたよ」


「コルトに言われたからね、準備しておいてって。もうちょっとしたらカルハが手伝いに来てくれると思うよ」


「リステルはどうするの?」


「私は警戒。他のみんなも周囲の警戒か、具合の悪い人の看病かな?」


「見た感じ、毒とかじゃないみたいだよね?」


「うん。倒木蛇(トレントスネイク)は毒持ってないしね。どうも飲まず食わずのせいで衰弱してるみたいだね。それじゃ私は周囲の警戒に戻るよ」


「わかった。気をつけてねリステル」


「はーい! 行ってくるー!」


 リステルは私に手を振りながら、持ち場に戻っていった。


 さて、私は私のできることをしよう。


 お鍋を空間収納から取り出し、牛乳を注ぎ火にかける。


「メノウちゃん、お手伝いに来たわよー」


「お疲れ様ですカルハさん。皆さんの容態の方はどうですか?」


「安心して。衰弱はしているけど、命に別状はないわね」


「そうですか、それは良かった。あ、パンを小さく切ってもらっていいですか?」


「りょーかい」


 衰弱している人は七人。

 ハルルみたいにいっぱい食べる人がいるわけじゃないから、そんなに量は作らなくてもいい。


 本当なら鍋を火にかけた時に、野菜やお肉を入れて旨味を足したり、チーズを沢山いれたりするんだけど、今回それはなし。


 シンプルに、牛乳とパンと塩胡椒だけのパン粥を作る。


 カルハさんにレシピの説明をしつつ、お鍋をゆっくり混ぜる。


 その間にカルハさんが、大体のあらましを聞いて来たらしく、私にも簡単に説明してくれた。


 行方不明になっていたパーティーは、早いうちから森の中の調査を行っていたらしい。

 森の奥まで侵入した時に、見たことが無い鳥種の魔物に奇襲を受けたそうだ。

 その時に、食料を含めた荷物の大半を失ってしまった。


 慌てて森からの脱出を試みるも、運悪く倒木蛇(トレントスネイク)の群れと鉢合わせになった。

 近くに小さな洞窟があることを知っていたパーティーはそこに逃げ込み、籠城策を取り、何とかギリギリで難を逃れることが出来た。


「結局は、倒木蛇(トレントスネイク)の監視が酷くて、洞窟から出るに出れなくなったみたいねー」


「それで飲まず食わずだったんですね」


 捜索を依頼されて森へ入ったパーティーが、森の奥で荷物の残骸を発見し、もう一つのパーティーと合流、周辺の捜索にあたった。

 一日ほど時間を費やし、洞窟内で倒れているパーティーを発見。

 救出しようと洞窟から連れ出してしばらくした時、倒木蛇(トレントスネイク)の群れに奇襲を受けてしまう。

 倒木蛇(トレントスネイク)の群れの数がかなり多く、弱っている冒険者だけでも逃がそうとしたが、狙ったかのように鳥の魔物も襲い掛かって来た。


 防戦一方でほぼ身動きがとれなかったが、一瞬の隙をついて三人を逃がすことができた。

 時間的に私達がそろそろ森の近くに来ている可能性が高いという考えはあったけど、最悪その三人だけでも生き延びてくれればと言う最後の手段だった。


 私達が思っていたよりも近くまで来ていたことは、不幸中の幸いだったみたいだ。


 鳥の魔物に関しては、私達が近づいた時点でさっさと姿をくらませたそうだ。


「皆さん無事でよかったですね」


「ほんと良かったわねー」


 話しを聞いて割とギリギリだったんじゃないかと思い、少し背筋が寒くなった。


 お鍋の中は、いれたパンの形が無くなり、十分トロトロになっていた。


「これくらいでいいでしょう。できましたよ」


「わかったわー。メノウちゃんありがとー」


 頷いたカルハさんは、すぐに大きな声で人を呼ぶ。


「できたわよー! 器によそうから取りに来てちょうだい!」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、何人かが急いでやって来た。


 パン粥を器によそって手渡す。


「熱いのでしっかり冷まして、ゆっくり食べさせてください」


「わかった。嬢ちゃんありがとな!」


 そう言って器を受け取った人たちは、衰弱している人たちへ介助をするべく散っていく。


 あっつ!

 あんたが食べてどうすんのよっ!

 いやー、甘くて良い匂いだったからつい。

 ちょっとだけだってちょっとだけ!

 あ、めっちゃうめー。

 ほんと、優しい味だわ。

 お前らなー。


 そんな話が聞こえてきて、危険な状態から脱している事がわかって、心の底からホッとすることができた。


 気が緩んだ私は、すぐ真後ろに人が近づいている事なんて気づいてなかった。


 トントンと肩を叩かれ、ビクっとして慌てて振り向くと、ハルルちゃんがお鍋の中をじーっと見ていました。


「……」


「……瑪瑙お姉ちゃん」


 ううっ!

 この声と顔に私は弱い!!


「一口だけね。おかわりする人がいるかもしれないから、その人優先だからね」


「わーい!」


「私もちょっともらおー」


 カルハさんはそう言うや否や、ささっと自分の分をよそって確保していた。


「もー。はいハルル。ちょっとだけだからね!」


「ありがとう瑪瑙お姉ちゃん!」


 嬉しそうにパン粥を食べる二人。


「あまーい!」


「え? こんなに甘いのー? お砂糖入れてないわよねー?」


「パンと牛乳、塩胡椒だけでも十分甘くなるんですよ。少し塩味を入れることで、甘さって引き立つんです」


「はー、なるほどねー。勉強になるわー」



 日が傾き始め、周囲がほんの少し暗くなってきた。


 あれから2~3人がパン粥のおかわりを取りに来て、お鍋の中は綺麗に空っぽになった。


「これからどうするんでしょう?」


「そうねー。今、コルトとユークレースちゃんが他パーティーのリーダーたちと話し合いをしてるけどー……」


 カルハさんは少し考える間をおいて、


「たぶん軽く移動をすると思うわー。ここからもうちょっと森から離れたところで一休みって所かしらー。その後は行方不明だった人たちの容態を見ながらゆっくりと帰還ねー。私達も一緒にクラネットに戻る流れになると思うわー」


「あれ? 私達もですか?」


「そうよー。他のパーティーには魔法使いがいないのー。多分戦力的には私達がいなくてもクラネットに戻ることはできると思うのー。ただ、弱っている人達を連れながらだから、かなりスローペースになるわー。そこで問題になってくるのが残りの水と食料よー。ある程度多くは準備しているでしょうけど―、七人分、ましてや衰弱している人に出せるような準備をしているわけがないもの―」


「なるほど……」


 流石はカルハさんといったところか。

 相変らずのほほーんとした口調で話してはいるけれど、しっかりと先の事を予想している。


 私は言われたことしかできないなーと、少し反省するのであった。


 この厳しい世界で旅を続けるには、もっとしっかり自身で考えないとダメなんだ。


 そんな事を考えていると、コルトさんとユークレースさん、それにさっきその二人と話し合っていた男性二人がこちらに向かってきた。


「二人ともお疲れー。やっぱり私達も帰還することになったかしらー?」


「ええ、その通りです。私達が受けた依頼の最大の目標は達成しました。ここは一度クラネットに帰還しましょう。鳥の魔物の情報も手に入りましたしね。それはそうとメノウ。ちょっといいですか?」


 コルトさんに急に話を振られた。


「何でしょう?」


「このまま二~三日かけてクラネットに帰るとして、他の人に振舞えるほど、食料はありますか?」


「んーっと。ハルルみたいに凄く食べる人が二~三人いるとちょっと厳しいですけど、そんな人っていませんよね?」


「そうね。私とハルルみたいに食べる人はいないわね」


「だったら大丈夫です。お腹いっぱい食べてもらえる分はあるかと」


 私が笑顔で頷くと、


「流石に水はないよな……?」


 と、男性の一人が困り顔で聞く。


「安心してください。水も十分に備蓄してありますので、必要だったら言ってください」


 私の言葉がよっぽど嬉しかったのか、もう一人の男性も嬉しそうな表情に変わった。


 まあ水に関しては、私の魔法があるから、魔力が続く限りいくらでも出せる。

 そうじゃなくても、旅に水は必須。

 私、リステル、ルーリ、サフィーア、シルヴァさん、カルハさんが革袋に入れた水を、常に空間収納にしまっておくように決めている。


 万が一私の魔力が尽きて、魔法で水を使えなくなっても良いようにね。


「あなたのおかげで安全に帰還できそうです。ありがとうございます」


「いえいえ。お役に立てたのなら何よりです」


 男性二人は深くお辞儀をすると、各々のパーティーの場所に戻っていった。


「さて、私達も移動の準備を始めましょう。まだ日が出ている内に、移動と野営の準備を済ましてしまわないと! 集合っ!」


 コルトさんの声で、みんながささっと集まってくる。


「森から少し離れた所まで移動を開始します。視界が悪くなるので注意してください!」


『了解!』


 こうして私達は、一度クラネットへ帰還することになったのだった。

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